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すみれは半泣きで仕事に取りかかった。


私はそれ以上責めることはせず、ただただすみれを見守った。

やがて終業時間となり、私はすみれに声をかけた。

「どのくらい進んだ?」

「三日分くらいです」

私はすみれの肩を叩くと、今日は帰っていい、と言った。

すみれは

「いえ、残業します」

と言ったが、

「この不景気で残業代はカットなんだ。帰ってくれ」

と言った。

「それなら、残業代はカットでいいですから、続きを」

と言うすみれに

「電気代もカットなんだ、帰ってくれ」

と言った。

すみれは大人しく従うしかなく、人のいなくなったフロアで私はため息をついた。

二週間分とか、どれだけあるんだろう。かなりの量がありそうだ。

しかも、ドットからコンマにうち変えたかどうか、確認する人材も必要だ。これは安野一人では抱えきれない。毎日伝票は上がってくる。誰に頼むか……悩んだ末、私は結論を出した。


帰宅してシャワーを浴びると、ふと誠一郎が来ていないことを疑問に思ってメールした。

メールはすぐに返ってきて、今友達とカラオケに行っていると返信があった。あんなに苦手だったカラオケに自主的に参加出来るようになった。たいした進歩だ。

私はビールの缶を開けると、ごくごくと飲み干した。





桜が満開な中で、新入社員の歓迎会が開かれた。

会社ぐるみの大きい飲み会なので、すみれまでが少し遠かった。


あの日決めた通り、すみれの入力予定だった伝票は安野と平野さんにお願いした。

平野さんに話しかけるのは、実に正月以来、全く接触していなかった。


そんな私が頼み事をするなんて、平野さんも思ってもみなかっただろう。

私はすみれのために頭を下げた。


すみれの知らないところで、だ。だから、すみれは今本来入力すべきものがどこに行っているか知らない。ましてや、毎日の修正に追われていて、そんなものがあるかどうか気にする余裕もなかったようだ。


私はグラスを持ってすみれに近づく。

すみれはジュースを飲んでいた。そうか、まだ未成年か。私の半分くらいしか年を取っていないのだ。そりゃあそうだな。高卒で入って来たんだもんな。


私はふと懐かしい気持ちになった。


「係長、ビールでよかったですか?」

気がつくとすみれが瓶ビールを持って立っていた。

「あ……あぁ、うん」

「じゃあどうぞどうぞ」

まだおぼつかない手でビールを注いでくれる。

そんなすみれを見ていると、なんだか懐かしい気持ちになった。


私もよく、お父さんに注いであげたっけ……


自分が注がれる方になるなんて、思いもしなかったけど。


「仕事の方はどう?慣れてきた?」

「まだ入力ミスの分が終わってないのでなんとも……」

「そっか、そうだね。」

私としたことが、気のきいた一言が言えない……

安野がやって来た。

ビール瓶片手に、いい感じに酔ってきているようだ。

「倉橋ちゃん、頑張ってよねー。俺たちに仕事いつまでも持たせないでよ」

瞬間、すみれの顔色が変わった。

「私の……フォローをしていただいてるんですよね」

「そうだよー。俺と平野さん、真面目に余裕ないからさ」

そこで、私は安野の袖をピッと引っ張った。

「余計なプレッシャーを与えないでよ!」

こそこそ言う私に逆らうかのように大きな声で

「早いとこ、修正終わらせてねー」

と言ってふらふらとどこかへ行ってしまった。

すみれの顔色が真っ青だ。

「倉橋くん、今のは気にしないで。ほら、飲もうよ、食べてる?」

と促す私の声が届かないようだった。

「ひ、平野さんのとこ行かなきゃ……」

ビール瓶を片手にすみれはふらふらと移動していった。

私は忘れていたのだ。安野が割りとずけずけ言う方だということを。

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