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俺は幸せだった。
最近では父も母も沙織といることを黙認してくれているし、学校は三年生に進級できた。
学校では由美子と瞳はもちろん、相原ともうまくやっていた。
帰る前にアパートに寄ることもすっかり慣れて、クローゼットの中の半分くらいは俺の服で占めていた。
三年生になってかわったことといえば、由美子に彼氏ができたことだった。
由美子の彼氏は同級生で、いつものろけ話を聞かされた。
でも、それは全く嫌なことではなく、むしろ嬉しいことだった。
ある日、由美子の彼氏が一緒にカラオケに行こうと言い出して、その日のうちに行くことが決まった。
瞳と二人で、どんな人なんだろうね?と話をしつつカラオケに向かった。
やがてついたのは、五階建てのカラオケボックス。
受付でしばらく待っていると、由美子が彼氏を連れて――彼氏の友達らしき人も連れてやって来た。
「ちょっ……合コン?聞いてないよー。私、メイクおかしいところとかある?」
瞳はやる気満々だ。
俺は一人、少し距離をとった。
連れて来たのは勇治と、イケメンなのにKYな博人だった。
博人はなんとなく近寄りがたい雰囲気をかもしだしていて、俺もそれならついてくるなよ、と思ったりした。
瞳は一目みて勇治のことを好きになり、ラブラブアタックをかましていた。
俺はなんとなく博人と一緒にいないといけない雰囲気になり、困惑した。
ノリノリでタンバリンを叩く由美子。それを横で嬉しそうに見ている彼氏、竜。
横にはなんだかいい雰囲気になってきた瞳と勇治がいる。
これは自分から話を振るしかない、と覚悟して、博人に話しかけた。
「博人くんは、彼女とか、いないの?」
「いねーよ。いたらこんなとこ来るかよ」
冷たい一言に心が凍る。
一応彼女には律儀だということはわかった。
一向に歌わない博人に歌うよう勧めてみる。
「俺、歌うの苦手なんだよ」
じゃあ、なぜここにいる??
「仕方ないな、沙織のために一曲歌ってやる。何がいい?」
「エクサイルの、この曲知ってる?」
「おぅ、知ってる知ってる。じゃあ、それ予約入れて」
このとき博人は初めて笑顔を見せた。
ドキッとする俺。
この人、こんな顔も出来るんだ……
歌が回ってくるまで、しばらく無言で過ごした。
俺は横でドキドキしていた。なんでだろう?わかんない。ただ、博人が眩しく感じた。
やがて順番が回ってきて、博人はマイクを握った。
歌が苦手なんて嘘だ。
こんなに低く甘いボイスで歌う人なんて初めて見た。
というか、男の人とは沙織以外カラオケに来たことがなかったし、その前も忘年会のあととかにカラオケに行ったりしたけど、みんな酔っぱらってひどいものだった。
だから、こんな風に歌う人なんて初めてだった。
甘く、低く。やがてサビでは、高く、優しい感じで一曲歌いあげた。
拍手が起きる。当然だ。拍手がないほうがおかしいほど、彼の歌はうまかった。
「博人くん、すごい!!」
俺は躊躇せず博人を褒めまくった。
「すげー緊張した……」
放心状態で言う博人。
「すごいうまかったよ!!」
「女の前で歌うとか、俺ありえねーし」
まだ放心している。
俺は思わず博人の手を握って言った。
「ほんっとにうまかったよ!」
博人が笑顔になる。子供のような、無邪気な笑顔だ。
ギャップがありすぎる。
笑顔のあとはまた無愛想な表情に戻ったけれど、笑顔は俺の胸に焼き付いて離れなかった。
帰り際、
「メールかラインか、教えて?」
と言われ、慌ててメールアドレスを交換した。
アドレス交換すると、また子供のような笑顔を見せて博人は言った。
「また、集まろうぜ!」
俺はくらくら来て、気絶するんじゃないかと思ったのだった。