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無事バレンタインも終え、私はのどかな毎日を過ごしていた。
もうすぐ誠一郎は三年生になる。受験の年だ。できるだけいい大学に行ってほしいと思うのは私のわがままだろうか?
最近ではお父さんもお母さんも、私がいることに慣れたようで、ホントに毎日充実していた。
ジムにもまた行きはじめて、もうお腹ぽっこりだなんて言わせない身体になってきた。
会社も係がうまく機能しており、順風満帆だった。
やがて四月になり、誠一郎は三年生になった。
私のところには、高卒の新人さんがやって来た。
高卒の新人さんは倉橋すみれさんと言って、ちょっぴりポッチャリ目の癒し系な子だった。
誠一郎と一歳違うだけでこんなに仕事ができるなんて、驚いた。
すみれは最初は私のものの言い方に慣れない様子だった。
私のしゃべりかた、そんなに女っぽい?
でも、社会人だから自分のことを私って言うのはおかしくはないし、私も一年男をしてきたんだ、そんなに違和感はないと思うんだけど……
すみれが一人でご飯を食べに行こうとしていたので、声をかけた。
たまには部下に奢ってやったりするのも上司の勤めだ。
すみれは声をかけると、
「なに食べにいきます?」
と聞いてきた。
「倉橋くんがすきなものでいいよ」
と言うと、
「じゃあ、あげたて屋で」
と串あげの店を指定してきた。なかなか渋い趣味だ。
私はすみれと店に入ると、適当に本日のオススメを頼んだ。
すみれは悩んだあげくA定食にした。A定食は私がこの店で一番頼むことが多いメニューだ。
「倉橋くん、仕事のほうはどう?慣れた?」
「まあ、ぼちぼちです……」
「苦手なものとか、こととかあったりする?」
「パソコンがちょっと……」
うちの係はパソコンを扱う係だ。それなのにパソコンが苦手だとは。上の采配を恨むしかないな。
「パソコン苦手なの?入力作業とかは大丈夫?」
「はい、入力作業は安野さんにしっかり教わりましたから」
「なんでも安野に聞くといいよ。彼は私が最も信頼している人間だからね」
「はい、そうします」
そんな会話をしていると、料理が運ばれてきた。
この店では、ご飯と漬物、味噌汁が運ばれてきて、あとは順番にあげたてのおかずを運んでくれるというシステムだ。
今日はお任せのメニューにしたけど、何が運ばれてくるかな、ちょっと楽しみだ。
最初に来たのはおくらだった。
すみれに来たのはイカ天。
この店ではA定食には必ず最初にイカ天が出る。
B定食ではどうなのかはしらないが、A定食では最初だけ必ずイカ天が出る。なぜだろう?
「美味しいですね!このお店!」
すみれは楽しそうに食べる。
私もつられて笑顔になる。
そう、すみれの笑顔はなんともほっこりした、のんびりとした笑顔で、私を安心させてくれた。
支払いは二人分とも払った。
すみれは
「いいです!払います!」
と最後まで粘っていたが、私のスムーズなやり取りにはついていけなかったようである。
昼休み終わるギリギリまで、食べたぶんは払います、と言って聞かなかったが、私が、
「部下にしてやれるのはこの位のことばかりだから」
と言うと、しぶしぶ財布を引っ込めた。
いつもは誠一郎が出してくれるので、なんだか新鮮で気持ちよかった。
今度安野にも奢ってやろう。
私はそう思いつつ仕事に戻った。
仕事に戻るとすみれが安野から怒られていた。
「なに?どうしたの?」
「あ、係長……実は倉橋さんが入力していた分の伝票、すべてがドットで入力されていたんです。俺はコンマで、と指示したのに」
「いつからの分がそうなっているの?」
「それが、入社時からの分で、やく二週間分です」
安野を落ち着けると、私は言った。
「そこまで遡ってコンマに打ち直そうか、倉橋くん?」
すみれは
「はい!」
と半泣きで作業に取りかかったのだった。