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一月後、デパート地下にて――俺はあるイベントの買い物に来ていた。
あるイベントとは、そう、バレンタインデーである。
小学生の頃、一個か二個もらうだけだったのだが、中学に行き、全くそういうイベントとは関係ない存在になっていった。
空気のような存在を目指していたので、そういう意味では成功していた。
友達?のような人がたまに話しかけて来るだけで、あとはホントに空気のような存在だった。
社会人になってからは、平野さんから義理チョコをもらえたくらいで、あとは何もなかった。
そんな俺が、今回は渡す側になってしまった。
だから、どんなチョコがあるかも知らない。今日は由美子と瞳とは別行動だった。由美子と瞳は、もっと安いチョコを買うといってショッピングモールへ行ってしまった。これは一人で決めるしかない。
初めてのバレンタインだから、豪華に劇的に決めたい。そう思っていた。
各店舗で試食を行っている。
俺はあんまり甘いものは得意じゃなかったのに、今は平気。やっぱり女の子の身体だからだろう。
いくつか試食して、ゴジバのショコラにするか、北海道生チョコにするか、さんざん悩んだ。
金額は構わないのだ。あとは味なのだが、さっぱりとしたショコラに、まったりとした生チョコ。どちらも捨てがたかった。
散々悩んだ末、行きついた答えは、
「両方とも買ってしまえ!」
だった。
私はその二つを包装してもらい、バッグへと押し込んだ。
出会ってから、既に十ヶ月たっていた。
初めてのバレンタイン、しかも貰ったことがほぼゼロだから、渡し方とか全くわからない。いつのタイミングで出せばいいのか……
これらは、明日にでも由美子と瞳に聞いてみることにした。
◇
バレンタイン当日、俺は渡す計画をたてた。その日がやってきた。
沙織に電話する。
「今日ご飯食べにいこうよ!」
『いいよ』
「やったぁ!並木坂のフレンチいきたいな」
『お任せするよ』
俺はすぐに予約を入れた。
「遅い……」
もうすぐ予約の時間だというのに、沙織は帰ってこない。予約を一時間遅めてもらう。
それでも沙織は帰ってこず、俺は沙織に電話を入れた。
『ごめん、ちょっと急な仕事が入って』
「予約何時ごろにすればいいの?」
『八時かな。八時までには家に帰るよ』
「……わかった」
仕方がないので、八時に予約を入れ直す。
そして俺は待った。もうお腹はペコペコである。
八時ギリギリに沙織は帰ってきた。
急いでタクシーをよび、並木坂までとばしてもらう。店についたのは八時半だった。
「すみません。遅くなりました……」
店のウェイターにそう謝ると、
「いえいえ、大丈夫ですよ」
と言ってもらえた。
早速席についた。
コースはもう頼んであるので、店側に持ってきてもらうだけだった。
早速前菜がくる。俺はこの前菜がなんなのか、いつも楽しみにしている。
なぜか今日の前菜は格別に美味しい。
それはバレンタイン効果なのか、それとも店が美味しいのか。どちらかわからない。
二つ目の前菜も美味しかった。
スープは甘いコーンポタージュ。身体が温まる。
次に肉料理だ。ヒレ肉のステーキ。程よく火が通っていて、とても美味しい。
口直しのシャーベットをはさんで、魚料理。
スズキとムール貝の酒蒸しだった。
ちょうどパンも食べ終わって、デザートを待った。
その間にチョコを差し出す。
「えっ?これ、私に?」
「うん。気に入ってくれるといいんだけど」
「二つもいいの?」
「どっちも美味しかったから、買うの凄く迷っちゃって……」
「試食したんだ?」
笑いながら沙織が聞く。
「そうなんだよ。俺、あんな花園、行ったことがないから、超ビビったよ!」
俺はそうして懸命に店の様子などを語ったのであった。