10
気合いをいれて通学をした俺は、校門の近くで声をかけられた。
「おっはよ〜沙織〜!風邪、もう大丈夫なん?」
「あ……えぇ、大丈夫です」
これは誰だろう?やたら親しげに話しかけてくる。友達の名前くらい聞いておくべきだった。後悔先に立たず。彼女が誰なのかもわからないまま、俺は会話を続けることになった。
「――でさ、困って瞳に相談したんだわ。そしたら――って、沙織、聞いてる?」
「えっ?なんでしたっけ?」
「どうかあるの?今日はやけによそよそしいし……」
「そんなことないですよ!いつもの俺です!」
そのセリフに彼女が怪訝な顔をする。
「……俺?」
焦る俺はすぐに言い直した。
「私。私!」
「な〜んか、怪しい……」
その時、他の友達から声がかかった。
「おはよー。由美子、沙織!」
「おはよー」
「おはようございます」
そうか、彼女は由美子と言うんだな。それがわかっただけでも大収穫だ。
「由美子さん」
「え?」
「今挨拶した彼女は、名前なんていうのかな?」
「え?……瞳だけど、どうしたの?なんか変だよ?」
「ううん、大丈夫。なんでもないです」
二階へあがると、俺は由美子の後ろへついて、教室に入っていった。
「沙織?自分の教室に行かなくて大丈夫なの?」
「あ、あぁ、今から行く。教室どこでしたっけ?」
「C組だけど……あんた、ホントに大丈夫?」
「はいはい、大丈夫です」
ありがとう、とお礼をいうと俺は改めて教室に入っていった。
だが、席がどこだかわからない。
ふと見ると、さっき声をかけてくれた瞳がいた。
「瞳さん」
「え?」
「俺の席がどこかわかりますか?」
「俺?」
「席どこか忘れちゃって……」
「席ならあそこだけど」
一番窓際の一番後ろの席を指差した。
ありがとう、と俺は言うと席に座った。
俺が席に座ると同時に鐘が鳴った。
俺は席につけたことですっかり安心していた。
ホームルームが終わり、授業まで少しだけ時間があったが、ボーッと座って過ごした。
その過ごし方も沙織とは全く真逆だとは知らずに。
「な〜んか、おかしくない?」
「うん、おかしい」
休み時間、俺はなおも席に座り続けていた。
そんな俺に由美子と瞳が話しかけてきた。
「沙織ー」
「今日カラオケ行かない?」
「え……今日?」
「うん」
今日は帰りにアパートに寄って帰りたかった。
俺は断る口実を探してしばし口ごもった。
「今日は……今日はちょっとダメです」
「えー?なんでよ?行こうよー」
「っていうか、なんで敬語なわけ?」
「そ……それは……」
うはぁ、女子高生、こわっ。
「お、親からね、厳しく言われたんだ。だから……」
「えー?嘘だぁー。沙織ん家放任っぽかったじゃん」
「そ、そ、それがダメですっていうことになって……」
「せめて敬語はやめよーよー」
「他人って感じがして感じ悪っ」
「わ、わかった。敬語は使わないようにするから」
汗が吹き出る。
全身から。
「……で、今日は何の用事があるわけ?」
「よ、用事というか……そ、そうだ!体調がよくなくって……」
「まだ風邪なん?」
「う、うん。本調子じゃなくって……」
なら仕方ないか、ということで、由美子と瞳は退散していった。
俺はこの場を乗り切ったのだ。
……そう思った。
風邪がまだ酷いことをアピールすべく、咳こんでみたり、そんなことを繰り返しながら1日をなんとか過ごした。
由美子と瞳は、もう諦めた、そう思っていた。