1 召喚された少女
彼女が、俺の前に現れたのは、偶然か必然か。
彼女は、多分必然だというのだろう。
彼女は偶然という運に左右されることを嫌うから。
彼女は、微笑んでくれた。
弱い俺であるにも拘らず。
「弱いなんて、誰が決めたのですか?
弱いなんて心次第で幾らでも強くなれるんですよ。
まあ、私は未だにトラウマを克服出来ていませんけどねぇ・・・」
なんてはははと乾いた笑いを漏らすけれど、彼女は前を向いていた。
ーー ーー
だれもが待ち望んでいなかったあの日。
召喚の儀という、異世界から使い魔を召喚する儀式は、3年になったら必ずしなければならないことであった。
周りを見ると、皆緊張で顔が強張っている。
その一方で、この学年の成績上位陣は、笑みさえも浮かべている。
この差は無理もない。
この儀式で召喚される使い魔は、召喚した者の潜在能力を見極め、その能力に見合った者の前に姿を現すのだ。
そりゃあ、使い魔が強い方がこれからの成績UPにつながるから強い方に来て欲しいのは皆同じだ。
しかし、現在潜在能力が成績に現れている上位陣は、強い使い魔が現れる。
何故なら、今でも俺ら庶民とは既に能力が桁違いだから。
まあ、どちらにせよ万年最下位の俺には、現れないだろうな。
既に諦めていたやつもいるには居るが、少数派だ。
仕方ないことだ。
始め、の教師の合図で俺は習ったとおりの呪文を唱え始める。
他の奴らの前が光り輝くのを見て焦って何度も間違えてしまう。
先生に見られていなくて良かったが、早くしないとばれてしまう。
「我が前に現れよ、我に従う者よ」
何とか最後まで言い切り、一息ついたところで、目の前に魔法陣が現れ光り始める。
気が付いたらその真上に少女が立っていた。
赤縁の眼鏡をかけた彼女は、長い真紅の布の袋を抱えながら不思議そうに辺りを見渡して、俺を見た。
「え、えと、・・・・・どちら様ですか?」
吸い込まれそうな黒い瞳をぱちくりさせ首を傾げた。
ーー ーー
少女の名前は、林恵と言った。
友達からはケイと呼ばれていたようなので、俺もそうする。
「あ、あのですね、私、何でここにいるんでしょう?」
ここは俺の部屋。
学内の寮に住んでいる俺は、相部屋する人がいないので、一人で使うことが出来るわけだが。
女の子を連れ込んだと噂がたったら絶対吊るし上げられるだろうな。
相部屋に誰もならなくてよかった。切実に。
「あの、聞いていますか?」
「ん?ああ、聞いている。だから、さっき説明した通りだと・・・・・」
彼女が、この世界のことを知らないというので、ちゃんと説明をした。
あちらの世界のことはよく知らないので、中々通じなかったが、分かってもらえたと思う。
「いや、ですから、私はまだ未熟者なのに、こんなところに来て・・・・あれ、何を質問しているんでしょう?」
首をかしげる彼女に、俺は溜め息をついた。
「要するに、自分がまだ修行中のみなのに突然ここに連れてこられたのはなぜか?と言いたいのか?」
彼女は、俺のその言葉に納得したようにうなずいた。
「俺が知るわけないだろう?まず、人型が召喚されたなんて前代未聞なんだぜ?」
大抵が獣か妖精か。
人間であるらしい彼女が、このようにこの世界に来られるなんて、今までの仮説を根本からひっくり返すようなものである。
事実、議論が始まっているらしいしざまあみやがれって感じだが。
今回成功したのは40人中上位陣10名と中堅3名と下位9名。
ちなみに、俺の友人は1人成功している。
「しかし、どうするかな」
「どうする・・・・って?」
「上位陣以外で召喚できた奴が多過ぎるんだ。
俺も含めて12人なんて、今まで無かった」
「それも・・・」
「ああ、前代未聞なんだよ。
嫌な予感がするんだよな」
「嫌な予感?」
「イジメだよ。それも、誰か一人が集中砲火にあいそうな」
「そうですか・・・・?この世界は、よく分かりませんねー」
首を傾げる彼女を見てわざとか。そう思った。
恐らく、これから俺らに向けていじめが始まるだろう。
まあ、それは諦めるしかない。
今までとそれほど変わりはしないと思うけど。
ただなー・・・・・ボケーっとしているこいつが耐えられるかどうかなんだよなー。
次の日、水をかけられた。
ケイは、女子ということで、女子寮に泊まった次の日である。
彼女を迎えに行き、その足で学校に向かっていたときだった。
反射神経が人並みしかない俺には、回避するなんて不可能。
目の端でこの間のテストが13位だったやつが、したり顔でこちらを見ていた。
汚れ役は女子にやらせて自分は見ているだけか。
大層な御身分なことで。
そういえば、お前は確か召喚出来なかった上位陣の一人だったか。
数秒の間に奴をバカにしていると、目の前に何がが現れた。
ケイだ。
完全に俺狙いだった水は、突然目の前に飛び出してきた彼女に当たる。
「・・・・・しまった!これ一着しか無いんでしたっ」
艶やかな髪から水がぼたりと落ちる中、彼女は何故か服の心配をした。
「バカか⁉︎」
俺は、ケイの肩を掴み、揺らす。
何故俺の前に出た?
俺も人を心配できるのかと、頭の隅でそんな事を思った。
「い、痛いですっ。ハルさん!何をそんなに慌てているんですか?」
不思議そうに首を傾げる彼女に、俺はイライラが募る。
「今のは俺に向けられた悪意だろうが。
何故お前が・・・」
「この世界には助け合い精神というのは存在しないんですか?
私は今、あなたを助けたくて助けたんです。これでも理由になりませんか?」
はにかんだ笑みに、やはりこいつのネジは抜けてんだな、と。
俺の頬が熱いのは気の所為だと信じたい。
気付くと、13位の姿は消えていた。