第一章⑧
「あなた、何者?」
突然現れた侵入者をスズは睨みつけた。
雪中遊禽連盟、花升エナガ。
彼女はそう名乗った。
スズは素早く目を動かして彼女を分析する。
氷の魔女。髪の色は白。着ているワンピースも白。瞳の色はゴールド。顔つきは幼い。学校で素敵な出会いをしたいタイプ。一緒にクリスマスを過ごしたいタイプ。しかし今は、早く巣に帰ってもらいたい。
「何度も言わせないで下さいっ、私は雪中遊禽連盟、花升エナガ、」エナガは超音波のような高音でもう一度名乗った。「世界の平和と未来のために、」
「そんなこたぁ聞いてないんだよっ」
スズは魔法を編み込みながら一、二歩進み出た。戦闘態勢に移行する。右手の中に風を集める。
「はああう、」エナガは奇声を上げてたじろぐ。しかしすぐに戦う覚悟を決めた目をしてぎこちなく笑う。そういう一連の表情の変化は、素人。「や、やるっていうんですか? やるのか? おおう、やろうじゃないの?」
スズとエナガは睨み合う。身長はほとんど同じくらい。スズとエナガは同じタイミングで炬燵に昇って背伸びをした。
「生け捕りにしてやる、」スズは唇を舐めた。「丸焼きにしてやる」
「か、かき氷にして食べてやる、」エナガはスズに冷たくて甘い息をふうっと吹く。「ほうら、見てごらん、もうチミたちに逃げ場はないんです、にゃーはっはっはっ」
エナガは氷を編んで丸窓を塞いでいた。扉も凍りつかせていた。いつの間にか密室が完成している。丸窓に何かがコツンと当たった。スズは気にしない。耳を塞ぎたくなるようなエナガの高笑いに集中する。目覚まし時計に丁度いいと思う。高笑いはすっかり模様替えしたメグミコの部屋に響く。外の音は完全にシャットアウトされている。部屋は氷に包まれていた。氷の世界。スズはとても愉快な気分になる。逃げ場がないのはどっちだ、とスズは微笑み返す。調子に乗った目をしていたエナガはスズの反応に不満げだ。もっと驚けとその目は言っている。「な、なぁに、そのつまらない反応っ!」
「つまらないなんて、そんなこと全然ない、」スズは白くて冷たくて甘くて可愛くて訳が分からないエナガを生け捕りにしてやると決める。正当防衛だ。本気を出さない理由がない。あるわけがない。「心配しないで、エナガ、あなたが作った氷の世界はとても幻想的、なっぜかママと一緒にプラネタリウムを観たことを思い出した」
「ええっと?」エナガは首を傾けて興味深そうにスズを見ている。「褒められてるの?」
「違う、」スズは女の子を虜にする笑顔で首を横に振る。「エナガの作る景色は所詮イメージを喚起する欠片に過ぎない、私を虜にしてかき氷にして食べたいなら、もっと緻密で精巧で超絶技法で氷の世界を作ってくれなきゃ」
「つまり、」エナガは首を傾げている。「つまり何が言いたいわけ?」
「さっさとウチ帰れっ!」スズはふざけた声で言う。「この、勘違い野郎っ!」
エナガの眼が、大きくなって揺れた。
エナガの眼はゴールドに輝く。
エナガの長い白い髪は踊っている。
「……ちょ、ちょっと、待って、待ってよ!」後ろで静かにブランケットに包まって、一部始終を鑑賞していたメグミコが声を上げた。「ど、どうか、お願い、ココで魔法を編まないで、わ、私の大事なコレクションがっ!」
メグミコの訴えは退けられた。
エナガは無慈悲にも魔法を編んだ。
「グンカク、」
エナガの低い発声とともに部屋の気温はグッと下がる。
スズは寒さに震えた。
エナガが正面に差し伸べた手の平の上に小さな氷の鶴が降り立つ。
エナガは瞳を閉じる。
氷の鶴は細部まで作り込まれている。
しかし、スズはその透明な氷の鶴を見て。
色が足りないと思う。
氷の鶴は増える。
部屋を緩やかに吹雪いている雪の粒の一つ一つがそれぞれの速度で膨らんで鶴になる。
二羽、三羽、四羽、五羽と増える。
増殖。
爆発的に。
限りなく増殖し。
群れを成す。
静かに躍動する無数の鶴たちはメグミコの部屋に狭い。
部屋の気温はずっと下がっている。
エナガは目を開く。
ゴールドの眼。
「グンカク、リョウ、ラン」
エナガの一声。
鶴は暴れ始めた。