第一章⑥
「……ん、……ん、……ん?」
眠りから目を覚ましたスズはどうしてメグミコの部屋でメグミコと一緒の布団で眠っているのか訳が分からなかった。電気が付いていて部屋は明るい。部屋中に貼られたポスタの中の女の子たちはスズに向かって色とりどりの微笑みを絶やさない。丸窓の外は黒。夜だった。時計は十一時をとっくに過ぎていて明日になろうとしていた。
「ふああぁ」
スズは欠伸をして寝違えておかしくなった首を擦りながら思い出そうとする。徐々に思い出す。そうだ。メグミコがアンナに犯行予告のメールを見せた。アンナはそれをプリントアウトした。そしてメグミコに外出禁止令を告げた。スズにも告げた。理不尽に思う一幕。メグミコは禁止令に刃向う発言をした。アンナは怖い笑顔をしながらも禁止令を解いた。それからアンナとジェリィとスズとメグミコは一緒にケバブを食べた。テーブルの雰囲気はなぜか張り詰めていた。そして突然、強烈な眠気に襲われたのだった。ジェリィの声を覚えている。「二人ともごめんね」。そこからの記憶がない。つまり、薬か何かで眠らされたのだろう。虚脱感が酷い。寒い。暖房の電源がオフだ。スズはリモコンでエアコンを作動させる。部屋は徐々に温まる。スズは再度布団の中に入る。本当に今夜は寒い。
「ねぇ、メグ、起きて、ねぇ、起きてってば」
メグミコは大きな口を開けて気持ちよさそうに寝ていた。ビシャモンテの抱き枕を抱き締めている。涎を垂らしている。スズはメグミコの口を塞いで鼻を摘まんだ。いい夢が悪夢に変わった表情。そしてメグミコは「ぷはぁ!」と目を覚ました。「はあ、はあ、はあ、苦しいぃ」
「おはよう、メグ」スズとメグミコは同じ枕の上に頭を乗せている。
「あ、おはよう、スズ、いい朝ね、」メグミコは言いながら首を動かして丸窓の暗闇を確認した。そして時計を確認した。「夜?」
「うん、夜、私たちアンナさんにしてやられたみたい、ぐっすり眠っちゃった」
「え、なんのこと?」スズに問いながらメグミコはゆっくりと思い出しているみたいだった。
「一から説明してあげようか?」スズは横になったままメグに顔を近づけた。
「いや、いい、全部思い出した、」メグミコは目を光らせ、跳ね起きた。「スズ、行くよ! もう犯行予告の時間だよ」
「そう来なくっちゃね!」スズも布団から出る。
「アレ? 鍵は開いているはずなのに、」メグミコはドアを開けられないでいる。「まさか、アンナってばわざわざ別の鍵を用意して?」
「徹底してるね、アンナさんらしい、でも、どうしようか、窓を割る?」
「厚さ二十ミリの強化ガラスだよ」
「私でもさすがに無理だね」
「このー、」メグミコはノブを掴んで力で何とかしようとしている。「はぁ、駄目だ、ビクともせぬ、ビクともせぬ、こうなったら、」
メグミコの輪郭は紫色に発光していた。
「ちょ、メグってば何考えてるの」
「私のライトニング・ボルトで扉ごと破壊するもん、」メグミコは寝起きで頭が正常に回転していないようだ。「私のライトニング・ボルトで」
『ひぃっ!』
「ちょ、そんなことしたらメグの大事なコレクションまで……、」スズは扉の方をじっと見る。「ジェリィさんの声が聞こえた気がする」
「え、気のせいじゃない?」
『そ、そうよ、き、気のせいよ』
メグミコはスズの顔を見る。メグミコにも聞こえたようだ。
「ジェリィさんって天然さんなんだね」
「今夜だけじゃない?」
「とにかくジェリィさん、」スズは扉を叩く。「そこにいるんだったら鍵開けてくださいよ、ねぇ、ジェリィさんっ」
『…………ぅ』ジェリィが息を殺しているが手に取るように分かる。しかし、このまま無視し続けるつもりだろう。
「スズ、」メグミコはスズに耳打ちする。「私に任せて、ねぇ、ジェリィ」
『…………』返事はない。
メグミコはノブに触った。「ねぇ、ジェリィ、今私は鉄製のノブに触っているの、私がこのまま本気のライトニング・ボルトを編んだらどうなると思う?」
『…………ぁ』ジェリィの呼吸が聞こえる。
「扉の向こうは私のライトニング・ボルトでビリビリ、ビリビリなんだからね、ジェリィ逃げても無駄だよ、唯一ビリビリにならない方法、それは鍵を開けることだよ、」メグミコは魔法を編んでいない。「いーい、三つ数える間に開けてよね、ジェリィ」
「さーん」
『…………』ジェリィはまだ動かない。
「にぃ」
『…………ぃ』ジェリィはポケットの鍵を探し始めた。
「いーち」
『い、今、開けます、だからライトニング・ボルトはらめぇ!』
平和に施錠が解かれた。
扉が向こう側に開く。
ジェリィの可愛い涙目が見えた。
スズとメグミコはおかしくて顔を見合わせた。
次の瞬間。
背中の方向の丸窓の強化ガラスが何かに突き刺されて割れる音がした。
振り返る。
丸窓にはめ込まれた強化ガラスは木端微塵になって。
冷気が暖かい室内に物凄い速度で流れ込んできていた。
部屋が吹雪に冷える。
メグミコの大事なコレクションが次々に凍っている。
スズはメグミコをブランケットで包んだ。
そして急いで扉を閉めた。内側から鍵を掛けた。ジェリィを守るためだ。
小さな丸窓から足が見えた。
白い髪の女の子がメグミコの部屋に立つ。
靴は脱いでいて裸足。
外はとても寒いのに女の子は生地の薄い白いワンピースしか着ていない。
夏の小川にふさわしい衣装。
決して真冬の深夜に似合わない格好だ。
髪は白く長い。肌も白く透き通っている。存在が儚い。瞳はゴールドに輝いている。
それらは徹底されている。
ココまで徹底された魔女をスズは初めて見る。
魔女として完成された作品。
右手には箒。
左手には百科辞書のように分厚いコバルトブルーの本。
「雪中遊禽連盟、花升エナガ、」女の子の声はとても高い。とても個性的。耳のいいスズには超音波にも思える。「世界の平和と未来のために回収しに参りましたっ!」