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ヴェルヴェット・ギャラクシィ・ブランケット/甘い口どけ髪は紅  作者: 枕木悠
第一章 幼馴染のライトニング・ボルト
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第一章⑤

 時計は午後十時を回った。

滋賀県警特殊生活安全課の那珂島ナナの運転するピンクのミゼットは村崎邸別邸のガレージに滑り込んだ。サイドブレーキをかけ、エンジンを切る。車外に出ると肺が凍りつきそうなくらい寒い。点灯したばかりのオレンジ色の明かりだけがガレージにいて暖かい。

「ブランケットはいいんですか?」助手席から降りてドアを開けたまま誉田セイベイが言う。彼は那珂島と同じく特殊生活安全課のメンバで、水の魔法使い。村崎邸別邸の蔵の中に保管されている『空閑』という刀剣の警護に当たるのは初めてだ。いつもは那珂島一人で警護に当たっていた。今回三歳年上で後輩の誉田を連れてきたのは、前回の反省からだ。

「頂戴、ありがとう」

那珂町は誉田から受け取ると濃い紫色のメイド服の上にベージュのブランケットを巻き付けた。警察だと分からないようにアンナからもらったものだ。これが着心地がよく、昼間も特殊生活安全課の狭いオフィスでアンナはメイド服を着ていた。もちろんメイドみたいにせっせと働きはしない。掃除も洗濯もしない。お茶を淹れるのは後輩の誉田に決まっている。今日の誉田は村崎組の屈強な男たちに見えるように黒いスーツ姿だ。サングラスを掛け、優しいというかお人好しというか、そういう暴力的でない目を隠すといかにもそれらしく見える。顎のラインは男らしいのだ。

「うー、さむぅ、」ガレージを出て、雪を踏んで、別邸の敷地から出てから、片側一車線の道路を横断して本邸の豪奢な門まで歩く。村崎組の辻野は二人に気付いて門を押し開ける。

「ご苦労様です、」辻野は那珂島と誉田に頭を下げる。こういう人たちの方が普通の人たちに比べてずっと礼儀が出来ている。十八歳で魔女の実力を買われ警察に入って五年。さまざまなことを学んだ。それも学んだことの一つ。辻野は誉田を見て手を差し出した。「初めまして、辻野と言います」

「……誉田です、」誉田は遅い反応で辻野と握手した。誉田はこういう人たちとあまり仕事をした経験がない。誉田は半年前まで老人に道を教えたり、酔っ払いを介抱したり、痴話喧嘩の仲裁をしたり、そんなことばかりしていた。「どうか、よろしくお願いします」

 那珂町はなんだか可笑しくて笑ってしまった。

「ええ、こちらこそ、水の魔法使いなんですよね?」

困った顔で誉田は那珂島の方を見る。会話をしていいか迷っているようだ。那珂島は目で差し支えないというサインを送る。誉田は辻野の方に視線をやって口元だけ笑って答える。サングラスがなければとても不自然な笑顔に映ることだろう。「はい、そうです、でも、ギリギリ大学を卒業できたレベルで、お役に立てるかどうか」

「大学は?」

「水上大学です」

「凄い、優秀じゃないですか?」

「優秀なんかじゃありませんよ、」誉田はネガティブに言う。水の魔法使いはそういう傾向が少なからずある。水の魔女はとても暴力的でヒステリックなのと、とても対照的だ。「実戦で上手くいかないんですよ、いざというときになると、なんていうか、パニックになって、レパートリィは豊富なんですけど出て来ないんですよね」

「経験が足りないだけですよ、初めは誰でもそうだ、私も最初はピストルが怖かった、未来が分からないからパニックになるんですよ、経験を積めば済むことです、」辻野は誉田の背中をかなり強く叩いた。門の屋根から雪の塊が落ちる。「頑張って、いい経験を」

 誉田は困惑したように笑って門を潜った。それから那珂島の横に並んで言う。「村崎組に励まされるとは思わなかった」

「私も村崎組の人を好きになるなんて思わなかったよ」

「え、ナナさん、もしかして、さっきの人?」

「バカ、違うって、」那珂島は首を振る。「コレから会う人よ」

 那珂島と誉田は玄関に着く。那珂島はベルを鳴らさずゆっくりと音を立てないように扉を横にスライドさせる。センサが反応して明かりが点く。玄関にその人は待っていた。那珂島は小声で言う。「こんばんは、アンナちゃん」

「こんばんは、ナナさん、」アンナは今日も麗しかった。魔女みたいな長い黒髪が今日も煌めいている。「本当に毎日来て下さってありがとうございます」

「今さら何言ってるのよ、誰かを守るのが警察であり、魔女である私の意味、気兼ねする必要なんてないわ、空閑を狙っている魔女たち、彼女たちが全国で起こってる魔女狩りと何か関係があるかもしれないしね」

「はい、ありがとうございます」

「アンナちゃん? 今夜は寒いから感傷的になってるの?」

「いえ、ただ、ナナさんには甘えてばかりで、」アンナは那珂島の手を包む。暖かい。「この件が解決したらお礼は必ず」

「うん、楽しみにしてるね、今日は解決しましょう、今日はミゼットに六台のサーチライトも積んできた」

 那珂島が笑顔を向けるとアンナも微笑み返してくれた。アンナの顔はいつだって笑顔だけれど、いつも笑っているわけではないのだ。

「そちらは?」アンナは誉田の方を見て聞く。

「はい、えっと、誉田です」

「水の魔法使いの誉田、役に立つと思うよ、前回魔女は追い詰められて火を点けた」

「誉田さん、どうぞよろしくお願いします」

「えっと、」誉田はアンナに手を握られて照れている。「はい、頑張ります、頑張ります」

「とても頼もしいです」

 那珂島と誉田はアンナに和室に案内される。暖房が効いていて温かい。那珂島はブランケットを畳んで壁際に置いて炬燵に潜る。対面に誉田が座る。誉田はアンナをずっと気にしている。あまりいい気分じゃない。アンナの淹れてくれた紅茶を飲んで気分を仕事モードに整える。

「それで、アンナちゃん、その犯行予告のメール?」那珂島はアンナに事前に連絡を貰っていた。今までなかった犯行予告がメールで届いているってことを。だから今夜は那珂島の血は熱くなっている。向こうも本気で取りに来るのだろう。迎え撃つ。私と戦力未知数の高学歴の二人で。「メールを見せてもらえるかな?」

「はい、コレが、」アンナはメールをプリントアウトしたものを那珂島に差し出す。「それです」

 那珂島は文字を追う。誉田も覗き込む。誉田は首を傾げた。「なんですか、雪中遊禽連盟? 聞いたことないですね、秘密結社ですか?」

「分かりません」アンナは首を横に振る。

「敵のグループの名前、それ以外に考えられないけど」

メールを通読して少し引っかかるものがある。それは色彩に関して。違う気がする。このメールから感じる色はホワイト。那珂島が過去三回、空閑を狙う魔女と対峙して感じた色はシルバァ、そしてレッド。分からない。那珂島は考えても仕方がないことだとしばらくして判断した。

「きっと、惑わそうとしているだけだと思う、出鱈目なことを書いて惑わそうとしているんだわ、きっと、深夜零時も当てにならない、」那珂島はメールをくしゃくしゃに丸めて部屋の隅のゴミ箱に投げ入れた。「今、蔵は何人で守っているの?」

「スタンガンで武装した六人の組員がいます」

「私たちも混ざりましょう、」那珂島は炬燵から出て立ち上がった。すっかり温まった。「誉田、今夜は眠れないわよ」

「この寒さの中で眠ったら死んでしまいますって」

「あははっ、」アンナはお腹を押さえて笑った。「誉田さんってば面白い」

「え、そ、そうですか?」誉田は後頭部を触って照れる。

「え、誰が面白いって?」那珂島は誉田を睨んだ。


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