エピローグ③
クリスマス・イブ。
ピンク・ベル明方支店前。
「ああ、寒い、寒い、寒い」
純白のシトロエンの運転席で、大壺ヒカリは寒さに震えていた。「あー、寒いよぉ」
大壺は絶賛張り込み中だった。クリスマス・イブなのに張り込みだ。独り言も自然と大きくなる。張り込み中だから、エンジンはかけられない。故に車内は外との温度差がイコールだ。本当に寒い。
そして。
心はもっと寒かった。
クリスマス・イブに独りで仕事。
しかも。
大好きな魔女は。
ずっと好きだった魔女は。
クリスマス・イブに予定があるらしい。
それを聞いた時。
え、何それ。
何それ。
何それ。
なんで。
なんで。
なんでなの?
どうして私と張り込みしないの?
そう思った。
そう思って。
本当に憎たらしいと思った。
寂しい。
大壺は涙が出てきた。
悲しくて。
寒くて、鼻水が出る。
寂しいから。
誰かの声。
もう誰でも構わない。
声が聞きたくなって、エンジンを掛け、ラジオを付けた。
ダイヤルを回し、チューニングを合わせる。
どこかの局と波長があって、歌が聞こえていた。
歌が車内を暖めているよう。
その歌に大壺は感動して。
涙が溢れた。
歌が終わる。
涙もそれと同時に、収束。
ラジオ・パーソナリティの声が聞こえてきた。
女性の声。流れた歌は、この女性の歌だろうか。
声はアニメの声優さんみたいに、可愛らしかった。
大壺はその女性の話に耳を傾けた。
そのときだった。
運転席の窓がコンコンと、ノックされた。
ノックしたのは、マークしていた男だった。
イエローのジャケット、イエロー・ベル・キャブズの帽子を被ったタクシー運転手。
跡見クウスケ。
大壺は涙を袖で拭って、窓を開けた。
「お嬢さん、一体、どうなさったんです、目を赤く腫らしていて、ウサギみたいじゃないですか、今宵はクリスマス・イブですよ、そんな悲しい顔をしちゃあ、いけない、とても美しい顔が台無しだ、本当に、いや、涙に濡れたフェイスもとても素敵です、何があったのかは知りませんが、ええ、僕はあなたに何があったのか聞く気はありませんよ、失礼ですし、そんなこと聞いても僕には意味がない、あ、少し、失礼でしたか、いいや、困った、美人の前だ、そして今宵は雪が降るくらい寒い、口の回転がいつもより悪い、あはは、」跡見は薄ら笑いを浮かべる。「いや、急に愉快になってすみません、あなたには申し訳ないが、事実、愉快なんですよ、今の僕は、僕は御覧の通りタクシー運転手をしています、タクシーはどこかですって? そこです、そこのピンク・ベル明方支店のガレージにイエローのメガーヌが停めてあります、僕のタクシー免許はイエロー・ベル・キャブズから出ています、つまり、世界で運転手が出来るんです、おっと、そんなことよりですね、実は僕は運転手の傍ら、絵描き、でしてね、ええ、描くのは主に女性、特に魔女です、その髪の輝き、光の魔女ですね、分かりますよ、すぐに分かった、遠くから見ても分かりました、美しさが、この後、何かご予定はありますか? 僕に、あなたのその悲しい顔を、またとない悲しい顔を、描かせていただけませんか?」
大壺は戸惑うふりをした。
そして。
ゆっくりと頷き。
シトロエンから降りた。
跡見が手を広げて、紳士に先導する。
頬に冷たい何かを感じる。
立ち止まり。
手のひらを広げる。
雪が降ってきた。




