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第四章⑭

 マリ、ベニ、カノンのブラッディ・ベルの三人は巨大な裸の太陽を編み、エナガに落とし、とても疲れてしまった。エナガのほとんどの水は気化した。そしてスズがエナガを包み込み、屋上に着陸したのを確認して、三人はビルの屋上に降りた。三人の髪は黒くなっていた。火の魔力を使い果たしてしまったのだ。ゼロの状態。スプレのせいじゃない。とても疲れたのだ。マリも、ベニも、下を向いて、深い呼吸を繰り返している。

 カノンは視線を上げて、スズを見ていた。スズはエナガをブランケットに包み込み、そしてブランケットで群青色を奪った。エナガの髪は白くなった。氷の魔女になった。ブランケットの発光が止み、スズはエナガにキスした。

 カノンは頭が真っ白になった。

 じんわりと発熱しながら、でも。

 雪が降ってきた。スズが舞い上げた水蒸気が重たい雲になって、雪を降らせたのだ。

 綺麗な風が吹く。

 頭が冷えて、意識がハッキリしたところで。

 ひとまず何かが解決したんだと、安心したところで。

 雪中遊禽連盟、由比ヶ浜ミコの姿を見た。

 スズの目の前に降り立って、スーツケースの上に座った。彼女と行動をともにしているキュウも横に立っている。

 彼女たちとは少なからず因縁がある。

 最初、どういうわけか分からなかった。

 どうして彼女たちがここにいるのか?

 どうして彼女がマリのスーツケースを持っているのか?

 跡見は?

 雪緒は?

 カノンは一発の銃声を聞く。

 宇佐が打った。

 ピストルは宇佐に似合う。

 スズを挟んで、向かいに海上自衛隊の二人の魔女はいた。宇佐の髪毛の色は悪い。壬生の髪の毛の色も悪い。壬生は髪を強引にシルバに輝かせ、手のひらを雲に向け、薄く、鋭い銀色の円盤を作成。

「スライサ」

 壬生は回転して、ピストルの弾丸を阻む、由比ヶ浜の分厚くて透明度の高い、氷の障壁に向かって円盤を滑らせる。高速回転する円盤は氷の障壁を横にスライスしながら、ゆっくりと由比ヶ浜に接近した。しかし、氷の中で円盤は回転を止めた。壬生の盛大な舌打ちが聞こえる。

「黙っていて!」由比ヶ浜はヒステリックに怒鳴る。「声が、エナガの声が聞こえない!」

 由比ヶ浜は氷の障壁をつま先で蹴った。氷の障壁は滑り、速度を上げ、壬生と宇佐に向かう。壬生と宇佐は横に逃げて避けようとしたが、氷は膨張。二人は悲鳴を上げ、氷とともに屋上から、落ちた。

 そのまま二人は屋上に浮上して来なかった。

 スズとエナガは由比ヶ浜から離れようとする。

 由比ヶ浜の氷の障壁が二人を囲む。

 四方が囲まれた。

 しかし、上が空いている。

スズは風を編んだ。

 しかし、氷の蓋をされる。

 氷で密閉された空間に風が吹き荒れ、スズとエナガの髪は、とても乱れた。

 エナガは怖がる表情で、同じ組織の魔女を見ていた。

 スズは本気で。

睨んでいた。

「エナガ、帰りましょう、」由比ヶ浜は白い髪を払い、立ち上がり、氷の障壁に近づき触り、言う。「まだ私たちの野望は始まったばかり、未来に遅れないように、時間を有効に使わなきゃ、つまりそれは、不惑、」由比ヶ浜は愉快そうに笑う。「惑っちゃ駄目、どうしてそんな顔をしているの? どうしてそんな娘の腕に自分の腕を絡めているの? 大丈夫、分かっているわ、あなたのことは全て分かっている、だから心配しないの、ただあなたはシー・サーペントの巨大な力に怯えているだけなんだよね、その娘の風に掬われたから少し氷が解けただけなんだよね、大丈夫、私がまたあなたを冷たくしてあげるから、議長にいいおみやげも出来たことだし、ああ、そうそう、ピンク・ベルのあなたたち、このスーツケースの鍵は誰が持っているの?」

 由比ヶ浜はカノンとマリとベニの方を向いて、優しく微笑む。

 氷の魔女らしい豊かな表情で、左手を前に出し、広げる。

「べぇ」マリは由比ヶ浜に向かって舌を出した。

「べぇ」ベニも同じことをした。

 どうしてわざわざ挑発するの?

 そう戸惑いながらも、カノンも由比ヶ浜に向かって舌を出した。「べ、べぇーだ!」

 凄く心臓がドキドキして痛かった。

「あはは、」由比ヶ浜はぎこちなく笑う。「困った女の子たち」

「私のスーツケースよ、」マリは由比ヶ浜を睨む。「返しなさいよ」

「これはいいものね」

「当たり前よ、なんてたって、」マリはカノンの前に進み出て、両腕を広げる。「フランス製なんだから、でもあんたに、そのスーツケースの優れた点を理解できるとは思えない」

「優れた点?」由比ヶ浜は上半身を傾けて聞く。「なんでも入る収納力じゃないの?」

「そのスーツケースに鍵はないわ」マリは言って、また舌を見せた。

「なるほど、」由比ヶ浜は下を向いて頷いた。「分かった、じゃあ、仕方ない、壊そう、」そして踵で回転して向こうを見た。「キュウ、このスーツケースにジャムを塗って」

「ぬ?」と心ココにあらずという表情のキュウは、電波を受信したみたいに反応し、天まで延びるアンテナの入ったランドセルをコンクリートの上に降ろし、その中から手のひらに包み込めるくらいの瓶を取り出した。蓋をされ、その瓶の中にはビッシリとイチゴジャムが詰まっていた。違うだろうが、色はそうだった。おそらく爆薬。キュウは破裂する魔女。色はイチゴジャムでも、その性質はきっと違う。キュウはバターナイフを右手に持ち、蓋を回して開けた。そしてジャム状の爆薬をバターナイフで掬う。

「待って、」マリは歯切れのいい声を出し、そして由比ヶ浜に向かって投げた。「鍵はコレ」

 メタリックレッドのカラビナのついた鍵が、放物線を描いて由比ヶ浜の手の中に行く。由比ヶ浜は微笑む。「ありがとう」

「どういたしまして」

 由比ヶ浜は無防備にこちらに背中を向けて、スーツケースの横に跪く。トリコロールのベルトをはずし、鍵穴に鍵を差し込み、回す。鍵がはずれた音がハッキリと聞こえた。由比ヶ浜は不気味に笑う。「んふふ」

「甘い」キュウはバターナイフで掬ったものを口に入れてそう感想を言った。絶対体に異常が出ると思う。しかしキュウは平気な顔をして瓶の蓋を閉めた。

 由比ヶ浜はゆっくりとスーツケースを開ける。

 僅かに光が漏れている。

 由比ヶ浜はこちらを見て微笑み。

 スーツケースの底に手を入れ。

 さらに上半身を入れる。

 深い構造になっているのだ。

 そして由比ヶ浜はそして。

 空閑を取り出す。

 鞘から抜き、切っ先を空に向けてその銀色を確かめている。

「これはいいものね」

 マリは顔に、汗を掻いていた。

 氷に囲まれたスズは。

 その場に崩れ落ちていた。

「スズちゃん!」

 カノンは駆け寄ろうとしたが、汗を搔いたマリの手に手首を掴まれた。



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