第四章⑬
スズはブランケットでエナガを包み込み、海上自衛隊のビルの上、宇佐が編んだ植物性のネットに飛び込んで、減速した。スズの体を受け止め、ネットは限界まで、その伸縮性を発揮した。そして破れた。スズはエナガを放さず、箒を下にして、ビルの屋上に着陸した。バランスが上手くとれなかったが、上半身は上にあった。コンクリートとの摩擦で、ロウソンで購入した箒は折れた。スズはそれを手放し、背中から転がり、高密度の風を編み、自らを包み込むようにした。衝撃は和らぐ。少し、クラっとしたが、平気。
髪の乱れを気にする余裕もある。
それよりも気にしなきゃいけないのは彼女。
エナガ。
ブランケットの中のエナガ。
エナガに纏う液状の蛇は、スズのブランケットの中で暴れていた。
滑らかに溢れ、繰り返される硬質な弾力を、スズはブランケット越しに感じていた。
長い時間をかけて膨らんだ、ヒステリックでそして、悲しいものを感じていた。
分析は出来ないけれど。
悲しいもの。
色が分かる。
暗い色。悲しさを表現したい色。そのカラーリングは悲しい。
悲しい。
でも、分からない。
悲しい。
分からない。
眼から涙が止まらない。
止まらない。
スズは抱きしめていた。
ブランケットを。
悲しいから。
エナガを。
いくら腕の中で暴れても。
私はそれより強い力で抱きしめる。
ブランケットは白く光り続けている。
ブランケットのギャラクシィは回転している。
渦を巻いて、蛇を吸い込んでいる。
吸い込まれた蛇。蛇の魔力はブランケットのギャラクシィによって、蒸留された海水のように、純粋になって、星の一つになる。ブランケットの模様の一つになる。星の集団による疎密の波が、ブランケットをより、前衛的に変える。
回転が止まる。
静かだった。
夜は。
静かになった。
世界は。
二秒後。
エナガは白く染まった。
染まっている。
スズはそれを確認して。
シー・サーペントの問題が解決したことを知る。
大きく息を吐き、なぜかこぼれ続けていた涙を、袖でなかったことにする。
そしてエナガは眼を大きく見開き、呼吸をして、スズを見た。
見ている。
そしてスズを抱きしめて、泣き出した。
どうして私を抱きしめて泣くの?
そう思った。
涙が移ったのだろうかと、思った。
いや、でも、そんなことどうだってよかった。
何かが終わった気がした。
気が抜ける。
気が抜けて、白くて、冷たくて、可愛いエナガにキスしたくなった。
その揺るぎなく冷たい唇に、スズはキスした。
エナガは高い声を出して、きょとんとする。
スズはエナガを抱きしめて、押し倒した。
エナガはまだスズのブランケットに包まれている。
「捕まえた、」スズはイタズラな声を出した。「丸焼きにして食べちゃうぞ」
エナガは何も言わない。
しかし反応があった。
顔がピンク色だった。
エナガは信じられないくらい鮮やかなピンク色で頬を染めて、スズから視線を逸らす。「……た、食べれるものなら、た、食べてみれ、はぁ」
呂律が回っていない彼女が可愛い。
強がっている彼女が可愛い。
天の邪鬼。
心臓を鳴らしているくせに。
一気に恋、してるくせに。
素直になりたいくせに。
スズはもう一度キスしたくなった。
エナガだって、そうでしょ?
初めて会ったときと違うでしょ?
あなたは私の方をしっかり見た。
私をあなたをしっかり見た。
だから。
もっと近くで、語り合いたい。
例えば。
世界の未来と、平和について。
しかし。
でも、それを邪魔するように誰かが手を叩く。
「はーい、そこまでよぉ」
スズは声の方向に顔を上げる。
凄く近いところにいた。
真っ赤なマリのスーツケースに座っている。
由比ヶ浜ミコがいた。
「エナガ、」彼女は自分の太股の上に肘をついて、手の上に頬を乗せている。魔女の顔で、微笑んでいる。「ねぇ、聞こえてる?」
スズはエナガを見る。エナガは顔に恐怖を浮かべていた。スズに向かって言う。声が震えている。「……に、逃げて、逃げよ」
「エナガ!」
由比ヶ浜は静かな世界を揺らす声で言った。
エナガの反応はストップしている。
「そのブランケットを持って私のところにおいで、世界の未来と平和のために」




