第四章⑫
巨大な太陽。
それは確かな質量を持って、エナガに向かって落ちる。
エナガを守るのは収束する高密度の水の盾。
それと太陽が衝突して。
一瞬で辺りが水蒸気に包まれた。
呼吸が出来ないほど、濃い水蒸気。
そして。
前が見えない。
暗い闇に視界が遮られた。
スズは高度を上げた。
エナガの水が気化する音を聞きながら。
スズはこの現象を俯瞰できる高さまで飛ぶ。
一体どれくらい飛んだだろうか。
寒い。
ブランケットがあってよかった。
さらに高度を上げる。
まだ視界が開けない。
まだか?
丸い明かりが見えた。
そしてスズは雲から出た。
雲から出たのだった。
月がいつもより近い。
星がよく見える。
下は雲だ。
雲の高さまで水蒸気はあったのだ。
信じられない。
本当に。
シー・サーペントのことを理解して。
少し、怖い。
しかし、でも。
それだけの量の水を気化したのは。
彼女たちだ。
彼女たちがいて。
私は。
彼女たちに、近い。
だから何も。
確かめることはない。
スズは大きく息を吸う。
そして。
飛ぶことを止め。
重力に従順になって。
真っ逆様に、落ちる。
輝いて。
小さな声を出す。「ベリラ」
上昇気流を起こす。
水蒸気はスズに収束して、月近い天で、層を重ねる。
一度上昇を働きかければ。
水蒸気は自ら上昇していく。
徐々に視界がハッキリしてきた。
地上付近が見えてきた。
スズはエナガを見つける。
中空に浮いていたが。
彼女の群青色の光は弱い。
朧。
三人の太陽は、無駄じゃなかったようだ。
しかし群青色は。
消えていない。
蘇るように蛇のシルエットが、エナガを包む。
スズは箒に跨り直す。
そして垂直に近い角度で滑空。
加速。
急ぐ。
もう少し。
あと少し。
エナガの顔が見えた。
可愛い顔だ。
小鳥のような儚げな視線と目が合う。
愛らしき口元が。
「助けて」
そう動いたように見えた。
エナガはスズの方に手を伸ばした。
エナガに絡みつく蛇は瞬間的に、数を増やしている。
伸ばした手に絡みつこうとする。
させない。
なんとかする。
さらに加速する。
加速させる風を起こす。
スズは箒の柄から手を離し。
ブランケットを両手で掴んで広げた。
「リボルブ!」
再回転。
銀河が回り始める。
渦を巻き始める。
何かを吸い込みたいことを、強い光で主張している。
エナガに接近する。
雲の上から落ちてきた勢いでそのまま。
スズはエナガをブランケットに包み込んだ。
ヴェルベット・ギャラクシィ・ブランケットに。
包み込んで。
風が来る。
風が来る。
落ちていく私をさらう風。
私を掬ってくれる風。
私の氷に張り付いた水を吹き飛ばしてくれる風。
冷たい風のそよぎが、あなたの気配。
私は手を伸ばす。
その先の未来。
今。
それはあなただった。
あなたは私を抱きしめた。
強く抱きしめた。
優しく抱きしめた。
ひとつになれる気がした。
私の未来と世界。
あなたとの未来と世界。
それが今、明らかになった。




