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第四章⑪

 壬生はシルバの髪を光らせた。抜刀の動作をすると右手には彼女の身長の二倍以上あろうかという刀が握られていた。壬生はそのままエナガに突進する。途中で箒の上に立ち、刀を横に構えた。奇声を上げ、そして箒から飛ぶ。横に回転。なぎ払うようにエナガを斬ろうとする。

 エナガは微動もせず、水で受け止めた。

 高密度の水が壬生の刀を受け止めた。

 そして壬生の刀が発火した。

 急激に酸化し、熱を出して、それが高温の炎を生んでいた。

 壬生は刀を諦め、左手に短剣を握る。

 短剣はたちどころに発火。

 堪らずという感じで宇佐が壬生を助けに向かう。

 彼女が魔法を編むと、発火は収束。

 短剣から、スミレが咲き、枯れていく。

 それはどういう理屈なのか、カノンは見ていて分からない。

 宇佐は壬生を箒の後ろに乗せて離脱。

 カノンたちの近くに戻ってきた。

「ハッキリしたことがありますね、」宇佐は淡々と言う。「レイコさんは今日も役に立ちませんね」

「がーん、」壬生は大げさに言って、頭を抱える。「……いや、でも、あいつ強いよ、スミレ、どうする?」

「今日もレイコさんが囮です」

「え、今日も?」

「心配ですか?」

「心配っていうか、嫌」

「正義感が強いレイコさんなら大丈夫です、レイコさんは正義感が強い」

「うへへ、」壬生は後頭部を触りながら照れる。「そうかなぁ」

 エナガは群青色に光る。

 巨大な水の蛇が、一匹産まれ、発射された弾頭の速度でカノンたちの方向へ来る。

 六人の魔女は素早く散開する。

 宇佐と壬生、マリとベニ、カノンとスズ。

 三方向に散った。

 カノンとスズは空高く舞う。ブーメランの軌道でエナガの方向を向く。

 エナガの蛇は拡散して、消えた。

「スズちゃん、大丈夫?」カノンはスズに平行して飛びながら接近して、顔を近づけて聞く。

「はい、先輩、私、このブランケットでなんとかします、でも、近づけなければ意味がありません」

「そうじゃなくて、辛そうな顔をしていたから」

「いえ、ただエナガの叫び声がよく聞こえて、よく聞こえたんです、スミレさんの第一印象、間違ってないかもしれません、人格が奪われてしまっているのかもしれません、だからこのブランケットでなんとかして、なんとかしないと、なんとかしてからです、彼女と話をするのは、」スズは早口で言った。「でも、先輩、どうしよう?」

 カノンは舞鶴全域を視界に入れた。ゆっくりと地球みたいに公転しながら自転する。舞鶴のパノラマ。警察のパトカーが集合している。消防車の、救急車の真っ赤な回転灯が見えた。自転して、成果はなかった。エナガが遠く前方に光っている。

 何か、魔法を編もうとしている。

 エナガに宇佐と壬生が鋭い角度で接近する。

 宇佐は緑に発光。

 シガレロを生成。

 口に加えた。

 彼女たちとすれ違ったマリが、絶妙なタイミングでそのシガレロに火をつけた。

 彼女は一口煙を吸って、後ろに跨る壬生にも一口吸わせた。

 壬生は烈しくシルバに輝き、今度はハンマを構築。

 かなり巨大で、ミサイルの弾頭のような形状をしている。

 宇佐の後ろからエナガに飛ぶ。

 喉が壊れるほどの奇声を上げて。

 壬生はハンマをエナガに叩きつけた。

 しかし、先ほどと同じように、ハンマは炎を出し、酸化する。

 エナガは静かに、微動もせずに、魔法を編んでいる。

 嫌な予感がする。

 ハンマは燃え尽きた。

 壬生は弾かれるように落ちる。

 壬生は屋上から梯子を伸ばして、それを掴んだ。

 間髪入れずに宇佐は短くなったシガレロを捨て、菫色に発光。

 宇佐が生成したシガレロは、ラッシュだ。

 宇佐の魔力は一時的に増幅されているようだ。

 濃く、熱く、光っている。

 天を空にかざした。

 そして声色を低く変えて、まるでアニメみたいに唱える。

「時雨一時、

 割れ、

 美雲、

 繋げ、

 美空、

 謡え

 焔鳴、

 エレクトリック、ジェネレイタ!」

 雷が唸りを上げて。

 雲を割る。

 エナガと天を繋ぐ。

 カノンは耳を手で塞いだ。

 スズは耳に指を入れている。

 空気が過度に。

揺れる。

 天地がひっくり返ったような振動。

 閃光は一瞬。

 水が蒸発して、濃い霧が。

エナガがいた場所に幕を下ろしている。

 ふと、スズの方を見ると。

 スズはひっくり返っていた。平衡感覚がどこかに行ってしまったのだろう。

 スカートが重力に従って。

 パンツが見えていた。

 カノンは慌ててスズの上下を正す。

 声を出すが、耳鳴りがして、音が消えてしまった。

 風の魔女のスズの耳は、カノンよりずっと麻痺してしまっているに違いない。

 スズは首を横に振って、耳鳴りを吹き飛ばそうとしているみたいだった。口元だけで「大丈夫」と言った。

 エレクトリック・ジェネレイタを編んだ宇佐は屋上に座り込んで、エナガの方を見上げている。どうやらエレクトリック・ジェネレイタで魔力を使い果たしてしまったようだ。壬生が駆け寄り、背中を擦る。

 マリとベニはエナガを挟んでちょうどスズとカノンの対面にいて、エナガを包む霧が晴れるのを待っている。

 スズが口元を動かして、魔法を編んだ。

 風が霧を吹き飛ばす。

 エナガはそこにいた。

 巨大な雷が落ちる前と変わらない姿勢で、魔法を編み続けている。

 信じられない。

 スズもそういう顔でエナガを見つめていた。

 そしてエナガの口元が動く。

 動いたけれど。

 耳鳴りはもうしてないけれど。

 小さくて聞こえない。

「キャラクリズン?」スズが反芻した。「そんな、そんな魔法を!?」

 キャラクリズン。

 エナガは舞鶴を港から消し去るつもりらしい。

 キャラクリズンはそういう魔法だ。

 魔法を編むのに時間をたっぷりかけているのは。

海に働きかけているからだ。

港を海にする気だ。

海を。

 海を動かす気なのだ。

「カノン!」遠くでマリが叫ぶ。「脱色して! 三人でやるよ! エナガの水を私たちで蒸発させる! スズはブランケットを用意していて! これは冗談じゃないわよ!」

 カノンはチョコレートを口に含んだ。奥歯で噛んで飲み込む。「ブリーチ」と発声する。熱が出たように、紅い自分を取り戻す。生まれ変わったような気分になる。「じゃあ、スズちゃん、」カノンはスズにウインクした。「行ってくる」

 カノンは前のめりになって滑空。

 エナガに向かう。

 紅いマリも同じ姿勢で向かう。

 ベニも紅く染まっている。

 三人で。

 ブラッディ・ベルで。

 恥ずかしがり屋のブラッディ・ベルで。

エナガを取り囲んだ。

 三人を結ぶと正三角形が出来る。その中に、エナガがいる。

 エナガは反応しない。

 正三角形の陣型を維持しながら、それを小さくする感じで、近づくだけ、近づいた。

 彼女の涙が見える距離まで縮めた。

 エナガは泣いていた。

 その泣き顔は可哀想で。

 涙は凍り付き、僅かな白を主張している。

 カノンは胸を打たれた。

 宇佐のファースト・インプレッションに、カノンも同調する。

 エナガを助けたい。掬いたい。

 ブラッディ・ベルは呼吸を合わせた。

 そして。

 紅く、紅く、紅く。

 染まる。

 平熱はとっくに過ぎている。

 さらに、紅く。

 繊細さも、緻密さも、速度も、恥じらいも、この魔法にはいらない。

 ただ発熱する心があればいい。

「ネイキッド・サン」

 上を見て。

 三人で作った裸の太陽が。

 地球に落ちてくる。



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