第四章⑨
海上自衛隊のビルを囲む門は低く、鉄条網もないから侵入しようと思えば簡単そうだった。しかし、夜空を照らすサーチライト。飛べば目立つ。迷彩服を纏った屈強な二人の男は手を後ろに組んで門の出入り口の両脇に立っている。守衛のチェックを受け、赤いランプが点灯、黒と黄色のバーが上がって、一台の深緑色の装甲車が敷地内に入っていく。
警備は厳しい。
跡見はビルから交差点を挟んで向かいのロウソンの前でシガレロを吸う。
すでに海上自衛隊の守衛とは目が何度も合っている。
他に客のいないロウソンに急に訪れた不審な六人に気付かないわけがない。
シガレロは短くなっている。
「ああ、よかった、売ってた、」カノンとスズがロウソンから出てきた。カノンはチョコレートを購入していた。そして封を開けてマリとベニにカラフルなビニルに包まれた一口サイズのチョコレートを配る。「万が一ってこともあるもんね」
「私にも下さい、」スズは言って、カノンのチョコレートを口に入れる。「うーん、おいしい、甘い口どけ、これ、なんていうチョコレートなんですか?」
スズは三本の箒を調達していた。合計四本の箒。これで四人の魔女はシンプルに空を舞うことが出来る。
「ワンダフル・ブースタ」カノンが言う。
「僕とカノンさんの初めての共同開発です、」雪緒は誇らしげに説明する。「販売は不二家に委託しています、今は関西圏だけの流通ですが、近々、全国販売を予定しています」
「十倍なんですか?」スズはパッケージを見ながらカノンに聞く。「何が?」
「普段僕たちは一倍の世界に存在しているに過ぎない、だからこのチョコレートで十倍の世界を味合わせてあげる、そういう意味が込められています」
「どういうこと?」スズは首を傾げた。
「もうシガレロは短いわよ」隣に立つマリが言う。
シガレロは大きめな炎を出して燃えた。指先が火傷しただろう。寒いから別に構わない。マリの方からふんわりと熱と、紅色が伝わってきた。
まだ彼女たちの髪の色は黒い。
「ああ、行こう、」跡見は短く残ったシガレロを灰皿に捨てる。「平和的に行こう」
「え、そうなの?」マリは丸い目をする。「もう食べちゃったじゃないの」
「我慢だ」
「また食べればいい」
その瞬間だった。
海上自衛隊のビルの窓が、一階、二階、三階、四階、五階、六階へとほとんど間はなかったが順々に弾け飛んだ。
同時に水が出来た隙間から吹き出す。
とてもスペクタクルな光景。
噴水にしては大きすぎるし、優雅じゃない。
彼女がやったのだ。
花升エナガ。
絶妙なタイミング。
やはり。
君と僕はふさわしい。
違いない。
鳴り響くサイレン。
高い位置にあった芸術的で、建築的に脆い部分が地上に落下して音を立てている。
「花升エナガね」
「僕の未来だ」
「気持ち悪い、」マリは言って、チョコレートの包み紙を広げて口に含む。飲み込んで、そして短く言う。「ブリーチ」
マリの髪から黒が弾け飛ぶ。
マグマが地表を突き破る瞬間。
そんな映像が、連想される。
隠れていた紅色。
色は。
とても強く。
発光。
十倍。
十倍の光量と熱量。
スズは離れてマリを見る。
ベルの色。
それもどういう原理か、髪の紅色に呼応して。
紅くなった。
「驚いた?」マリはスズに微笑み、爪でベルを鳴らす。「ブラッディ・ベルよ」
「う、うん、」スズは口が半開きだった。「とても」
「感想はそれだけ?」
「綺麗な色」
「ありがとう、」マリは箒に跨った。「さあ、ブラッディ・ベル、出動よ!」
マリは一気に飛翔。
ベニとカノンは色を変えないまま、慌てて箒に跨って飛んだ。
スズは口を半開きにして説明を求める顔を跡見に向けている。
「雪緒君、彼女に説明してあげて」
「ええ、」雪緒はカノンを動画で撮影しながらスズに説明を始めた。「火の魔女の彼女たちは僕が開発したスプレで普段は髪を黒く染めています、染めることによって魔力の無駄な浪費を抑えているんです、色素を生じるだけで魔力は消耗します、しかし僕の特殊なスプレを使って黒く染めれば消耗を抑えることが出来るんです、消耗を押さえ、魔力をストックする、一日抑えるだけで、一時的にですが、通常の十倍近い魔力を使用出来ることになるんです、その発動、つまりブリーチして元に戻るためには、ワンダフル・ブースタ、カノンさんが買ったチョコレートですね、それを食べなければなりません、それを食べて、ブリーチと唱える、まあ、なんでもいいんですが、とにかく、魔法を編もうと意識すると、スプレとチョコレートが反応して元に戻るんです、そういうメカニズムなんです」
「な、なるほど」スズは丸い目で飛ぶ紅色を、見上げた。
「でも、そんなことは、そんなメカニズムのことはどうだっていいんです、ただ、再び真っ赤に染まるカノンさん、とっても美しいカノンさんを、スズさんにも、見てもらいたい」
「な、なるほど」




