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第四章⑧

 アンナは青と銀のパッケージのエナジドリンクを飲んで体が回復した気分になる。いや、実際首を切られたというのに痛みもなければ傷跡はなかった。少し頭がハッキリしないし、体の動きも鈍いが、支障ない。「誉田さん、どうしてお医者さんにならなかったんですか?」

「血が苦手で、」誉田は布団の上に座るアンナの隣で鮮やかな群青色を光らせていた。「本当はそっちの方を夢みていたんですよ、でも、ちょっと難しかったんです、もうね、目眩がしちゃうんですよ、手術室の雰囲気も耐えられなかった、だから、僕、二回のとき、学部を変わっているんです、工学の方に、ああ、アンナさん、これ、飲んで見て下さい」

 誉田が小さな薬の袋から、錠剤をアンナに渡す。そのタイミングで持っていたエナジドリンクの缶が重くなった。誉田が水を注いだのだ。アンナは白い錠剤を舌の上に乗せて、水を飲む。なんていうか、軟らかい水だった。「この薬、なんですか?」

「触媒みたいなものです、飲んだ方が、僕の魔法が行き届きます、」言ってからそして、誉田は首を竦めた。「効果のほどは、分かりませんが」

「ありますよ、二秒前より、気分がいいです」

 誉田は優しく笑う。「もう眠った方がいい」

 アンナは笑う。「急に何をおっしゃるんですか?」

「眠った方が治りが早い、そういうことを言っているんですけれど」

「そうですね、常識的にそうですよね」

「ええ、常識的に、あの、誉田さん、着替えるので、外に出てもらえませんか?」

「ああ、ええ、分かりました、」誉田は立ち上がってすんなり襖の方へ向かう。そして何かに気付いたようにこちらを振り向いて言う。「お嬢さんのところに行く気ですか?」

「はい、もちろん、」アンナは目を細めて笑って見せる。「居場所は分かります、GPSって便利ですね」

「ポルシェで行きましょう」誉田は提案する。

「凄い、素敵です、」アンナの着替えを持ってきたジェリィが言う。「あの運転させていただけません? 私この前、免許取ったばかりなんです」

「……傷つけないでくれたら」

「大丈夫ですよ、大丈夫です、私上手いんですよ、縦列駐車、目印に合わせてやったら簡単ですよね」

「目印があるのは狭い世界の話ですよ、」誉田は愉快そうに言って部屋から出ていく。「まあ、とにかく、エンジン掛けて待ってます」

 ジェリィと二人きりになる。

「私に付いて来てくれるんだね、ありがとう」アンナは布団の上に立って、血が付着した服を脱ぐ。新しいメイド服に着替えた。気分が変わる。

「もちろんだよ、アンナちゃん、」ジェリィは血の付着した服を畳んで持って、自分の爪先を見る。「私はね、アンナちゃんにどこまでも付いていくんだよ、趣味みたいなものかな」

「とても変わった趣味ね、信じられない、」アンナはおどけて言う。「よく考え直した方がいいかも」

「迷惑かな?」

「全然、」アンナは首を横に振る。「でも、ジェリィには何かプレゼントしなくちゃ、何がいい?」

 ジェリィはアンナを見つめた。「……私をよく見てね」

「え?」

 アンナはジェリィが何をするのか、予測出来なかった。

 ジェリィの唇が、アンナの唇に触れる。

 アンナもよく見ていた。

 ジェリィもよく見ていた。

 唇同士が離れた。

「……ごめんなさい、軽蔑してもらっても構わない、こんな時に、アンナちゃん、その、えっと、初めて会ったときから私は、私は、私は、す、き、で、したぁ」

 ジェリィは気球が萎むみたいな声を出して動きを止めた。

 アンナはジェリィの唇に触る。ジェリィは声を出すのを止めた。熱い息づかいだけ指先に感じる。潤んだ瞳は困っている。

「ああ、なんだ、ジェリィも私と同じ気持ちだったんだ、いや、その、なんとなくそうだとは思っていたんだけど、でも確証見当たらなかったから」

「上手に隠していたんだよ」

「余計なことをして」

 アンナとジェリィは小さく笑い合って。

 もう一度キスした。

「お嬢たちには内緒よ」アンナはジェリィをぎゅっと抱きしめて耳元で囁く。

「そうだね、」ジェリィは楽しそうに言う。「言わなくてもきっと、バレちゃうもんね」

「続きは終わってからね」アンナはジェリィから離れずに言う。

「ええ、待てない」ジェリィは甘える声を出す。

「じゃあ、急いで、ジェリィ」

「うん、急ぐよぉ」ジェリィは顔の横で小さな拳を作った。



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