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第四章①

BGM、「女子が知らないわけがない」主題歌、「ゴールドフィッシュにうってつけの春」。

「もうすぐだな」

 跡見クウスケは赤信号でイエローのメガーヌを停止させた。ポケットからシガレロを取り出し、口にくわえる。信号が早くも青に変わる。後続車も多い時間帯だ。あと一時間くらいで日が落ちる。東の空はピンク色に染まり始めている。「仲春、悪いね、火をつけて」

 仲春カノンは助手席の前にあるボックスを開けて、ライタを探して着火してシガレロに火をつけた。「炎をどうぞ」

「ライタの火じゃなくて、」煙を吐きながら跡見は言う。「仲春の火がよかったんだが」

「今は無理です、」カノンはライタの着火を繰り返していた。ストレスを感じているのが分かった。一度コンビニにトイレに寄ったきり、ずっと車の中に座っているからだ。閉鎖された空間に男と一緒にいるというのはとても疲れる。後部座席の雪緒は眼鏡の奥のギラギラとした瞳をせわしなく動きながら、専門の魔法工学の話ばかりしている。それしかないのか、というくらいその話ばかりする。アニメの話とかしてくれたらいいのにと思う。カノンは萌えアニメ好きのオタクだ。雪緒はしかし、全くそういうものには興味がないらしい。一度その話をしたから、カノンに夢中な雪緒はアニメ関係の情報を仕入れてくると期待していたのだが、もしそうだったら惹かれていたかもしれないがでも、雪緒はアニメの話をすることはなかった。雪緒はおそらく自分が愉快なものは全て、カノンも愉快であると勘違いしているのだろう。カノンの後ろに乗る雪緒はいつだって饒舌に訳の分からない専門用語を持ち出してしゃべる。カノンはついていけなかった。カノンはアニメの話がしたいのだ。途中からカノンはしかめっ面を露骨に作って理解するのを諦めた。跡見は雪緒の話を理解しているようで、彼らたちの間では話は弾んでいた。雪緒は五分に一度、カノンに意見を求める。カノンはそのたびに「ええ、それも未来の可能性の一つですね」と微笑み、溜息をついた。「……はぁ、帰りたい」

 跡見はシガレロを灰皿に押しつけた。「……どうして汎野と平戸も舞鶴に来るんだ?」

「二人とも、」カノンは微笑む。その微笑みからはストレスがにじみ出て、とても上手く笑えなかった。「私がいなくて寂しくなったんじゃないかなぁ?」

 跡見は声を出して笑った。

「な、なんですかぁ?」カノンは横目で睨む。「何で笑ったんですかぁ?」

 汎野マリから電話があったのは、確か出発して、変なラジオが突然終わって、跡見のロックンロールカセットテープがA面からA面に戻り、アニメソングカセットテープに変更したときだった。マリの目的はカノンじゃなくて、リアトランクに積んである、スーツケースだ。トリコロールカラーのベルトが巻かれた紅いスーツケース。なぜそれが急に必要になったのか、マリはカノンに教えてくれなかった。電話はすぐに切れた。厳戒態勢なのだろうかと推測するが、想像できることはそれだけである。しかしでも、もう少しで彼女たちに会えるから。

「あいつらは恥ずかしがり屋でも、寂しがり屋じゃないだろう?」跡見はスイッチを操作して運転席の窓を半分開けた。冷たい風が入ってくる。「恥ずかしがり屋で、寂しがり屋で、甘えんぼさんなのは仲春だけだ」

 その指摘は心臓に悪かった。本当のことだった。カノンは恥ずかしがり屋で、寂しがり屋で、甘えんぼで、素直になれない面倒くさい魔女だ。ああ、顔が熱くなる。

「え、カノンさんって、甘えんぼさんなんですか?」雪緒が後部座席から身を乗り出さんばかりに言う。

「どうして窓を開けたんですか?」カノンは雪緒を無視して聞く。

「カノン、顔がピンク色だ」跡見が愉快そうに笑う。

 カノンはヒステリックになる。ミラーで後続車がいないタイミング狙って、ギアを七速へ繋ぐ。

「おおいっ!」跡見が悲鳴を上げてブレーキを踏む。「何してんの! 危ないだろ!」

 イエローのメガーヌはコミカルな動きをしてエンストした。

 二秒後、後方のトラックからクラクション二発。

 カノンは何が楽しいのか分からないけれど、手を叩いて愉快に笑った。自分のことを客観的に分析すると、寂しがり屋が拗れてしまったのだ。

「全く、」跡見は薄ら笑いを浮かべてメガーヌを発進させる。「いや、スリリングだったれど」

「素敵です」雪緒が言う。

「ありがとう」

 イエローのメガーヌは住宅地を走り抜け、トンネルを潜った。そこを出ると景色は一気に変わって、化学プラントや食品加工工場など巨大な建築物が建ち並んでいた。トンネルの出口に近い付近には、労働者用の宿舎が連立しているが、奥の方、港の方へ近づくにつれ、人の居住区はゼロになっている。つまり、五百メートル先の交差点の手前にあるマクドナルドを逃したら、しばらく食事にありつけないだろうとカノンは思った。二階建ての、クッキーの缶みたいな円筒型の珍しい形のマクドナルドだ。「あ、クウスケ君、好きなコに会う前に、クウォータ・パウンダ、食べていこうよ」

「ああ、今はグラコロがあるなぁ」

 跡見は頷き、駐車場にメガーヌを滑り込ませた。駐車場は五十台くらい停められるスペースがあったが、車の数は多かった。空いたスペースにメガーヌを停車し、跡見はエンジンを切る。カノンは助手席から降りる。黄昏の空が綺麗。男たちを待たずに店に入る。店内は混雑していた。四つのレジカウンタに、それぞれ列が出来ている。最近メニュがカウンタから消えたせいか、混雑に拍車がかかっている。出入り口に一番近い列に加わって、目を細めてパネルのメニュを眺める。いつの間にか、跡見が隣に立っている。雪緒が後ろにいた。

「雪緒君、」カノンは振り向いて高い声を出す。「あのぉ、お財布忘れちゃったみたいなんだけど」

「ああ、ええ、」雪緒は眼鏡の位置を直して頷く。「もちろん、奢りますよ」

「やったぁ、」カノンは可愛い子ぶって雪緒の腕に自分の腕を絡めてあげる。「私、ダブルクウォータ・パウンダのLLセットぉ」

 注文を済ませ、トレーを持って席を探した。一階は満席で二階に上がる。

 階段を上がったところで、少し驚く。

 六人掛けのテーブルにマリとベニがクウォータ・パウンダにかじりついていた。同じタイミングで目が合う。マリが手を挙げた。カノンは仲間に再会できた喜びを感じて、早足になる。

 もう一人、女の子がいた。

 彼女はマリとベニの対面のソファに腰掛けていて、最初顔は見えなかったのだが、マリが手を挙げて、少ししてカノンの方を見た。

 目があって。

 カノンはトレーを落としそうになる。落とさなかったのはお腹が空いていたからだ。

 でも。

 どうして、君がいるの?


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