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ヴェルヴェット・ギャラクシィ・ブランケット/甘い口どけ髪は紅  作者: 枕木悠
第三章 恥ずかしがり屋のガールズ・オンリィ
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第三章⑭

 ベルが鳴り、那珂島が村崎邸にやってきた。情報を分かち合うために来たようだ。キッチンでアンナとジェリィとここまで届かない声のボリュームで何かを話している。いつの間にか辻野も加わった。交わされる会話の量は少ない。スズはいわゆる耳を澄ます行為でその会話を聞き取っていた。風の魔女は、それが可能なのである。耳を澄まして、話を聞くに、雪中遊禽連盟花升エナガについての有益な情報は皆無で、すぐにこれ以上のことは分からない、という飽和状態に達していた。

 さて。

 スズは耳を澄ますことを止め、テーブルの対面に座ってポトフを食べている二人の魔女に意識の矛先を変更した。

 那珂島と、彼女の部下である誉田刑事がここに来ることはある程度予測できたことだと思う。けれど、ピンク・ベルの彼女たちが来るなんて二十分前までは知らないことだった。

 スズからみて左に座るのが汎野マリ。猫みたいな瞳が特徴的な魔女だ。それに猫舌のようで熱いポトフを食べるのに苦労していた。触ったら柔らかそうな黒髪。細い首にチョーカ。それに結びつけられたピンク・ベル。彼女はふんわりとしたホワイトのセータに、白と黒のツートンカラーの短いスカートという出で立ちだった。それは通常のキャブズの衣装じゃない。キャブズはスカートに折り目の付いたワンピースにミリタリージャケットを羽織るというのが普通なのだ。

 右に座る平戸ベニも、キャブズの出で立ちではなかった。古い時代の明方女学院のセーラ服姿だった。なぜだろうとスズは思う。明方の生徒だろうか、とも思うが、スズの記憶のどこにもベニの姿はなかった。一度見ているならばこんなに特徴的な彼女のことを忘れるわけがない。透き通って青く見えるほどの白い肌。大きい目を縁取る黒い太いライン。唇の色は濃い。この時代に、この場所で、こんな風に魔女らしいメイクをするユニークな魔女を忘れるわけがない。彼女は赤いマフラを取らない。しかし、熱々のポトフを食べながら、汗を全く掻いていない。涼しい顔で黙々と食べている。

 それが、なんだか不思議で、頬杖付いて見入ってしまう。メグミコがなにやらスズを睨んでいる。そんなの知らない。ベニは小皿を傾けて、飲み干す。その食べっぷりを見ると相当お腹を空かせていたようだ。

「ふぅ」ベニは感情の読めない顔で息を吐く。

 満足したのだろうか?

 ベニはスズをチラッと見て、隣でウインナに「ふぅふぅ」しているマリに耳打ちした。スズは耳を澄ましたが僅かにタイミングが遅れた。

 マリはスズを睨むように見る。

 それはドキリとするくらい挑発的だ。情熱的だ。

 いきなり魅力的な魔女が二人も現れて、スズはとても困ってしまう。

 そういうことを考えるときじゃないのに。

 そういうことを考えてしまうじゃないか。

 そしてマリは僅かに頬を赤らめてスズに言う。「おかわりある?」

「え?」スズはニッコリと微笑んでベニを見る。「まだ食べるの?」僅かにからかう口調になってしまう。「そんなに食べたのに?」

 ベニの顔はじんわりとピンク色になる。ベニはスズから顔を背けた。

 スズは機嫌を損ねてしまったかもしれないと思って慌てる。しかし、不機嫌な彼女も魅力的である。隣で、我関せずという具合で「ふぅふぅ」しているマリも魅力的である。

「待って、」スズは立ち上がった。「持ってきてあげる」

 そのとき。

 またベルが鳴った。

 高い音。

 誰だろう?

 スズはベニのお椀を持ってキッチンへ。

 アンナとジェリィが応対へ向かう。

「おいしそうね、」那珂島がスズに言う。「私も頂こうかな?」

 そして突然聞こえた悲鳴。

「きゃあ!」ジェリィの悲鳴。

 何かがひしゃげて、吹き飛ぶ音。

 遅れて。

 寒い。

 寒い。

 スズはブランケットのギュッと掴む。

 寒さを感じる。

 急激な温度の低下。

 頬に冷たい、雪?

 冷たい。

 触る。

 手の平の上の結晶は、溶けない。

 私の熱を受け付けないほど凄まじい氷。

 この凄まじさ。

 エナガ?

 那珂島の行動は早かった。

 スズも一瞬遅れて玄関の方へ走る。

 アンナがうつ伏せに倒れている。

「アンナちゃん!」那珂島は声を上げてアンナに駆け寄り傍に跪く。「アンナちゃん!」

 ジェリィは壁際に座り込んで耳を塞いで震えていた。

 扉の外に白い魔女と紫の魔女。

 エナガじゃない。

 誰?

 とにかく。

 巨大な力を感じる。

「おまえら、」那珂島が魔女二人を睨みつけてがなる。「何者だ!」

「違う、違う、誤解しないでよ?」高い声で白い魔女が首を横に振りながら、胸の前で両手を動かす。「この子が先にピストルを向けてきたんだから、私は怖くなって、魔法を編んでしまっただけ、きゃあ、お兄さんたち、そんな怖い顔しないでってば」

 スズが振り返ると、辻野、松本、倉持がそれぞれピストルを白い魔女に向けていた。

「貴様は誰だ?」三人のうちの誰かが言った。

「雪中遊禽連盟」

 彼女の一声に、場がさらに張り詰める。

 雪中遊禽連盟。

 確かに言った。

 彼女は言った。

 彼女はエナガと同じカテゴリの白い魔女だ。

「雪中遊禽連盟、由比ヶ浜ミコ、」白い魔女はゆっくりと淀みなく名乗り、そして隣に立つ紫の魔女の頭を触る。「この子はラジオ係のキュウちゃん」

「ども」言ってキュウは眠たそうに欠伸をした。目を擦る。キュウはエナメルのランドセルを背負っていて、そこから一本のアンテナが空に向かって伸びている。

「あなたたち、花升エナガを知らないかしら?」由比ヶ浜が首を傾けて、頬に指を当てるというポーズを作って聞いてくる。彼女の白い髪はエナガよりも長い。「ここにいると思ったんだけど、あなたたちの反応を見ると、違うようね、あ、それからあなたに聞きたいんだけど、もしかして」

 由比ヶ浜は頬にあった指を前に移動させて、スズを指さす。「それはヴェルベット・ギャラクシィ・ブランケットで間違いないかしら?」



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