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ヴェルヴェット・ギャラクシィ・ブランケット/甘い口どけ髪は紅  作者: 枕木悠
第三章 恥ずかしがり屋のガールズ・オンリィ
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第三章⑬

 窓の外は次第に暗くなってきた。

 雪が降りそう。

 昨日も、一昨日も、ずっと同じ色だ。灰色の景色が続いている。洗濯物は干せない。ドラム式乾燥機はフル回転している。その振動は、しばらくの安らぎを約束するように、規則正しい。乾燥機が止まったら、何かの始まりだろう。

 アンナはキッチンのシンクで手をよく洗った。指先は寒さにやられている。痛みでこの季節を感じるようになってどれくらいたっただろう。対策はいらない。クリームはいらない。本来の業務に支障が出るからだ。指先から血が流れている。包丁で切った箇所がまだふさがらない。この傷はきっと拗れるかもしれない。そういうことをアンナは何回か経験している。だから、ほっとけばいいと思う。

 キッチンの隣にはリビングがある。真新しいフローリングの床は村崎邸ではリビングとキッチンだけである。リビングには長方形の細長いテーブルがあって、普段アンナたちはここで食事をしている。テーブルの中心、明るいオレンジ色の証明の下には鍋。中身はポトフ。鍋の下にはクッキングヒータ。キッチンから湯気が見える。リビングのテーブルに集合しているのはジェリィ、倉持、松本、メグミコ。それから先ほど起きてきたばかりのスズとラン。二人以外はすでに食事を済ませていた。

 スズとランは仲睦まじく食事をしている。ウインナを食べさせあっている。

 メグミコはスズとランをぼうっと見ながらゴールドのデルタをいじっている。彼女の膝の上には魔導書がある。

 はたして本当に、空閑を見つけ出すことが出来るのか、アンナは半信半疑だった。アンナは警察の力を借りて、着実に真相に近づくのが賢明だと思っている。

 倉持は白い顔をして無言で椅子に腰掛けている。

 松本はシガレロが吸いたい顔をしている。

 ジェリィはテーブルを片づけている。

 ジェリィと視線が会う。

 ジェリィは微笑む。

 ポトフを食べる前に、アンナはジェリィに相談した。一緒にめ組をやらないかって。そしたらジェリィは魅惑的に微笑んで頷いた。「それじゃあ、クリスマスはお嬢様の警護のために、私たちもピクチャレスクに行かなければなりませんね」

 ピクチャレスクは、大阪の南港にある、絵のように美しいテーマパークのことで、クリスマスは混む。アンナはそういう賑やかなところが好きだ。行くことはやぶさかではないが、このとき初めてアンナはメグミコのクリスマスの予定を知ったのだった。去年まではこのリビングでケーキを食べた。今年はピクチャレスクか。別にかまわないけれど、なぜかセンチメンタルな気分になった。ジェリィはきっとこの複雑な気持ちなんて分からないだろう。分からなくていい。この気持ちは誰にも知られたくない気持ち。

「アンナちゃん?」

 その声にはっとして横を見るとジェリィが近くに立っていた。水を張ったシンクに食器を沈めている。「気分でも悪いの?」

「ううん、」アンナは小さく首を横に降った。「考えごと、でも、なにを考えていたのか、思い出せないなぁ、困った」

「大変なことになったね」ジェリィクリーム色のフリースの袖をまくってスポンジに洗剤をかけながら小さい声で言う。

「うん、」アンナは胡乱に頷く。カップを手にしてコーヒーを口に含んだ。「いや、でも、前にも、こういうことは何度もあったから、精神的には平気かな、平気よ、ただ胃がキュウってなっているのは、私が管理しておかなければならない大事なものが誰かに壊されているから、私、そういうことされるの苦手なんだ」

「誰だってそうだよ、」ジェリィはクスっと笑った。「誰だって自分のものを壊されるのは、苦手じゃないかな?」

「ジェリィも?」

「うん、もちろん、大事なコンピュータを壊されたら私、きっとココから武器を盗んで、何かしちゃう」

「ジェリィはいつも優しいのに?」

「いつも優しくないよ、アンナちゃんと一緒にいるときは、優しいかもしれないけど」

「私がジェリィの大事なコンピュータを壊したら?」

「アンナちゃんは私の大事なコンピュータを壊さないよ」

「……ごめん、変な話をしてるね」

 その折り、玄関のベルが鳴った。

「誰でしょう?」ジェリィが聞く。

 アンナはスリッパを履いて玄関へ向かう。ジェリィも後ろからついてくる。アンナは玄関の扉を開ける。特殊生活安全課の那珂島がいた。その後ろに同じく警官の誉田がいて、顔の知らない少女が二人。

「こんにちわ、」那珂島は首を傾けて微笑んだ。「そしてごめんなさい、エナガを取り逃がしたのは、私のせいだ」

「怪我の具合はいかがですか?」アンナも首を僅かに傾けて微笑んだ。これは那珂島との付き合いで覚えた仕草だった。「肩に大きな傷が」

「うん、それは平気、大丈夫、」後ろの誉田を一瞥して那珂島は言った。「こいつに治してもらったから、とてもくすぐったくて死にそうだった」

「そちらは?」那珂島は後ろの二人の少女のことを尋ねた。首にピンクのベル。「ピンク・ベル? 魔女ですか?」

「うん、少し、協力してもらおうと思ってね、アンナちゃん、少しだけ時間をもらえる? 詳しい話を聞きたいんだ」

「ええ、もちろん、」アンナは頷く。ジェリィが素早く人数分のスリッパを用意した。「どうぞ、上がって下さい、ポトフしかありませんけど」



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