第三章⑫
「ごめんね、ナナちゃん」大壺は言って、窓から那珂島に手を振り、純白のシトロエンを走らせて去る。
また魔女狩りが起こったのだ。大壺は沸田と莱木のところに向かった。大壺は優しい。那珂島はまだ病室のベッドで眠っていると伝えてくれると言った。今の那珂島は、フリーだ。
「あれ、二人は?」
後ろのガレージからマリの声がする。ここはピンク・ベル明方支店の前。二人は普段ココで寝泊まりしているらしい。一階がガレージで、二階が事務所、三階に何があるのかは、まだ聞いていない。マリとベニはガレージから二階への階段を登っていった。
「凄いですね、ポルシェですよ、」隣に立つ誉田が言う。「一体いくらくらいなんでしょうね?」
那珂島はガレージに停めてあるポルシェに近づき観察する。色は赤。紅だ。誉田も一緒になって眺める。流線型の無駄のないライン。車体の表面は光沢を放つ。車高が低い。乗り込むとき頭をぶつけそうだと思う。
「私はやっぱりダイハツがいいなぁ、ポルシェもルノーもいいけど、ダイハツのミゼットを越えるものはないね」
「キャブズって儲かるんですか?」
「タクシよりは、儲かるんじゃないかしら、」那珂島は内装を見ながら返事をする。ステアリングはレーシングカーのように小さく、輪の上下が途切れていた。「ほら、私も高校生の時、宅急便をやっていたけど、普通の宅配業者よりも格段に早いから結構料金は高かったよ」
マリとベニは階段から降りてきた。ベニはドラムバッグをポルシェのリアトランクに積む。マリは手ぶらだった。
「あれ、マリちゃん、荷物は?」これから一度村崎邸へ寄ってアンナたちから話を聞いてから、自宅へ戻る予定だ。
マリは首を竦めて真っ赤な舌を見せる。「また今度取りに来ます」
「キーは?」誉田がマリに聞く。
「あ、え、あなたが運転するんですか?」ベニが声を出した。車のキーはベニが持っている。
「いけないかな?」
「いえ、」ベニは首を横に振って、俯き加減で言う。「傷つけないで下さいよ」
「うーん、そう言われると、自信ないなぁ」
「私が運転する」
那珂島は言ってベニからキーを受け取る。ストラップには拳くらいの黒猫のぬいぐるみがぶら下がっている。黒猫は白い眼帯をしている。一体どんなキャラクタなんだろうと思う。「このキャラクタは何?」
「ビシャモンテの弟子のブラックソルトです」
「へぇ、」那珂島は何がなんだか分からなかったが頷く。「可愛いね」
「え、」ベニは目を大きくして驚く。「可愛いですか?」
「え、可愛くない?」
「はい、可愛いですよね、」ベニは嬉しそうに首を縦に振った。「誰も分かってくれなかったんです、こんなに可愛いのに、マリちゃんは全力で否定するんです、こんなに可愛いのに」
「私、キティちゃんしか認めないの」マリは高飛車に言った。
那珂島は無言で近づいていってマリの頭を撫でた。無性にそういう気分になったのだ。
「え、あ、ちょっと、何するんですか?」マリの表情は困惑していた。「いきなり、訳分かんない」
「さて、」那珂島は幸せな気分になって深呼吸した。「行きましょうか?」




