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ヴェルヴェット・ギャラクシィ・ブランケット/甘い口どけ髪は紅  作者: 枕木悠
第三章 恥ずかしがり屋のガールズ・オンリィ
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第三章⑧

 白いシトロエンで那珂島と大壺、それからベニとマリは公会堂へ向かった。建物の北側の駐車場に大壺はシトロエンを止めた。四人は車から降り、入り口の方へ回る。今日の公会堂の演歌のコンサートは中止になっていた。それを告げる旨のチラシがコンサートのポスタの上から張り付けられていた。人通りは疎らだ。公会堂の関係者と警察官という二つの人種しか、どうやらここには存在していないようだ。回転ドアの前に立つ巡査に手帳を見せ、公会堂の中に入り、エレベータで最上階に上がる。降りると目の前の壁にフロアの案内図があり、それを確かめた。四人は廊下を右手方向に進んで、屋上への階段を上った。

 ペントハウスから重たい金属の扉を押すと、冷たい外気に襲われた。那珂島は目を細め、首を竦ませた。「二人とも、寒くない?」

「寒い」マリとベニは声を合わせて返答した。二人は寄り添うようにして手を握り合っている。マリも極端な寒がりのようだ。

「私には聞いてくれないの?」大壺がコートの襟を立てながら聞く。

「何を?」

「寒いよ、ナナちゃん」大壺は那珂島を後ろから抱きしめた。

 屋上の気温は地上よりも二度低い。

「わぁ、暖かい、」那珂島は軽く微笑んで、そのまま屋上の様子を確かめた。「……なんていうか、いろんなものが捻れているね」

 屋上には現場検証をしている鑑識のものが数名黙々と作業をしていた。静かだった。屋上の外側へ異様に捻れたパイプやフェンスなどの金属は初めからこの場所のデザインであるように統一感があった。中央の破裂してしまった貯水タンクを軸とした一つの花。それがこの場所だ。その花は枯れていて、乾燥して、捻れている。未来への思考を停止させる、退廃的な色合いがここを支配していた。

 貯水タンクの向こう。ひしゃげた鉄板の向こうに誉田の姿を見つけた。コートにスーツという姿は彼一人だけだった。那珂島は扉から僅かに離れた先にある厳戒態勢の黄色のテープを潜って誉田の方向へ歩く。

 誉田が那珂島たちに気付き白い手袋の片手を持ち上げた。彼の表情に浮かぶ笑み。夢のせいだ。少し、魅力的に映る。困った。いつもどう接していたか、分からなくなる。

「よっ、」那珂島も片手を挙げて言う。「どぉ?」

「どうもこうも、」誉田は那珂島に近づき首を竦めた。「パープゥによって破裂させられていますね、とても緻密に編まれたものです、瞬間的に水が密室空間を満たして、絶妙のタイミングで破裂させています、花升エナガで間違いないでしょう、村崎邸のときと、やり方は同じです、目的は一体何でしょう?」

「誰かを殺そうとしたんじゃない?」

「被害者はいません、」誉田は首を横に振って、那珂島に向かって微笑んだ。「元気そうで、よかった、本当に」

 誉田の瞳は涙ぐんでいた。このまま両手で顔を隠して泣き始めそうだった。とても見ていられない。様々な意味で。

「……誰に言ってる?」那珂島は誉田から目を逸らして貯水タンクの方に視線をやる。「ああ、それにしても、体中が痛い」

「すいません、僕がもっと、なんていうか、上手くやれたらよかったんですけど」

「ありがとう」那珂島は小さく言った。

「え? 何がです?」

「寒いね、」那珂島は手に息を吐いて、空を見上げた。「滅茶苦茶寒い、今夜も雪が降るね」

「あの、ナナさん」

「ん?」那珂島は手を擦りながら振り返る。

「彼女たちは?」誉田は背後にいるベニとマリの方に視線を向けていた。「ピンク・ベル? 彼女たちにここまで送ってもらったんですか? でも、なんで?」

 マリとベニ、それから大壺も屋上の捻れたフェンスの向こう側に立ち、景色を眺めている。

「違うわ、彼女たちは助っ人、二人とも、おそらく、優秀な魔女なの、」那珂島は彼女たちを見て微笑む。「まだ細かいことは知らないけど」

「助っ人って何の?」

「エナガを拘束して刑務所にぶち込むための助っ人、あと、私のメイドさん」

「えっと、」誉田は笑みを固めて言う。「……意味が分かりません」

「これからの予定は?」

「ああ、はい、ナナさんの所へ行くつもりだったんですけど、予定が狂いました、素晴らしい回復力というか」

「誉田、お願いがあるんだけど」那珂島は髪を掻き上げる。

「え?」誉田は戸惑う顔をする。「なんですか、お願いって、僕に可能なことなら、なんでもしますけど」

「私に魔法を編んでくれない?」

 誉田は難しい顔をして、なぜか何かを考えていた。「……それは頭を冷やしたいってことですか?」

「はあ? 違うよ、バカ、」那珂島は腕を組んで誉田を優しく睨んだ。「体中の痛いのをどうにかしてって言ってんの、無理して立ってんの、あんたには分からないと思うけど、つよがってるんだって」

「ああ、なるほど、」誉田は頷きながら、なぜか顔を赤くした。「……いや、でも、その、ナナさんのこと触っていいんですか?」

「触らないと駄目なの?」

「触った方が、速いです」

「どれくらい?」

「五割増し、といったところでしょうか」

 那珂島は二秒悩んで、頷いた。「それじゃあ、触ってちょうだい」

 誉田は周囲を見回して、声を潜める。「……場所を変えましょう」

「どうして?」

「治癒魔法って、なんていうか、くすぐったいんです、だから、だれもいない場所がいい」



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