第三章⑤
布団の中でメグミコとランの温もりを感じて、スズはまどろんでいた。スズは暖かさと柔らかさと、気持ちが良くなる匂いに幸せな気分になる。
二人は静かに寝息を立てている。
スズは微睡みながら、不自然に自分を思考させる、ブランケットの存在を考えていた。
ママの形見の白いブランケット。
ママが死んだのはスズが九歳。ランが五歳の時だった。
ママはスズの隣で深紅の血に染まり、死んでいた。
その染まり方は心臓が弾けたような軌跡を残していて。
鮮明に記憶に焼き付いていた。
スズはブランケットにくるまって泣いて叫んだ。
何がそこで起こったのか、スズは覚えていなかった。
場所は舞鶴。海沿いの化学プラントの区画の一つで、時間は暗い夜だった。スズはどうしてそこにママと一緒にいたのか、それすら覚えていなかった。記憶に鮮明に残ったのは血の色と、ママの優しい死に顔と、サーチライトを回転させて降りてくるヘリの音。スズは海上自衛隊に保護された。ママはどうなったのか、分からない。スズは行かなかったが、葬儀は行われたらしい。スズは一度も行ったことはないが、お墓もあるらしい。そんなこと、スズにはどうでもよかった。スズはずっと悲しかった。悲しくて、熱い涙が止まらなかった。ママのブランケットを抱きしめて、それで涙を拭き続けていた。
パパはランが生まれる前に病気で死んでいた。だからママの兄の叔父にスズとランは引き取られることになった。叔父は魔法使いでもなんでもなく、普通のサラリーマンだった。普通の優しい女性と結婚。ランと同じ年に女の子が産まれた。叔父夫妻はスズとランに優しかった。娘のネイコはスズを本当の姉のように思ってくれたし、ランとはキスをするくらいに仲良くなった。でも、スズはいつだって悲しかったし、ブランケットを手放すことが出来なかった。
スズは十一歳になって魔女になる。
その頃から、女の子と異常に仲良くするようになり、メグミコの部屋に入り浸るようになった。あまり、叔父の家に帰らなくなったのだ。魔女になって、普通の叔父夫妻に何か気を使われているような気がして、それが少し嫌になったのだ。いや、それは理由で最初から、野良猫みたいになりたかったのかもしれない。それから魔女になって、ブランケットは手放すことはなかったけれど、悲しみはどこかに仕舞われたみたいに、思い出すことはなくなった。そう、悲しみが消えたから、同じ場所に巣があることが煩わしくなったのだ。
十三歳になったとき、スズは一人暮らしを始めた。中学に通いながら、宅急便の仕事をしてお金を稼いだ。スズは煌めくくらいの美少女に成長していたから、宅急便で働く先輩の魔女たちはお金を払ってでもスズにキスしたがった。だから、お金に困ることはなかった。どんなに大変なことになっても、最終的にメグミコがなんとかしてくれたこともある。
そんなある日、ランがスズのアパートに訪ねてきた。ランはスズを軽蔑する眼で睨んでいた。土曜日の昼間に裸の魔女と一緒にいたからだと思う。部屋にはブラジャとパンツとベイビィドールが散らかっていたからだと思う。ランはこのとき初めて、ママのことを聞いた。ママが死んだときのことを聞いた。スズは答えられない。覚えていないからだ。知らないからだ。スズは何もかも正直に話した。裸の魔女がスズにそうアドバイスしたからだ。ランは信じなかった。きっとスズが言ったこと全部。スズのこと全部、信じなかった。当然だと思う。ランは悪くない。何も悪くないのだ。このときスズが悲しみを思い出して話せばきっと、ランはスズを信じてくれたのだ。しかし、でも、涙は愚か、笑顔が浮かんでいた。キネマの話をするみたいに、スズはランに淡々と話したのだ。自分でもどうしてこんな風に話せるのか、その理由は分からなかった。でも、そう話したのだ。そしてスズは可愛く成長したランにキスしようとした。それも裸の魔女のアドバイス。ランは拒んで、スズの頬を叩いた。ランは涙目を見せて、「もういいですっ」と部屋から出ていった。きっとランは寂しかったのだと思う。スズと一緒に、ママのことを知りたかったのだと思う。スズはランの涙目を見て、そして自分が忘れてしまった記憶に対して初めて向き合うことをした。
ママの形見の白いブランケットを見つめた。
どうして私はこのブランケットにくるまれていたんだろう。
どうして私はこのブランケットを手放せないんだろう。
抱きしめているんだろう。
ずっと抱きしめていたからきっと、焦げたように汚れてしまった。
コインランドリーに行って。
ドラム式で洗濯した。
しかし、汚れは取れなかった。
何度も回転させたが汚れは落ちなかった。
しかしでも、そういうデザインだと思えば、汚れはとても前衛的な模様。
収束する、メグミコが例えた、そう、ギャラクシィに似ている。
悪くない。
それが理由?
違うでしょ?
もっと他に、何かあるんでしょ?
私は知りたいよ。
このブランケットのこと。
ママのことも。
高校生になった今なら私はきっと。
大丈夫だから。




