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ヴェルヴェット・ギャラクシィ・ブランケット/甘い口どけ髪は紅  作者: 枕木悠
第三章 恥ずかしがり屋のガールズ・オンリィ
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第三章④

 那珂島はドクタの理性的なアドバイスを無視してカウンタで退院の手続きをした。体は痛む。だが、そんなことは言っていられない。村崎邸別邸は滅茶苦茶にされたし、大壺によると公会堂の屋上もエナガと思われる魔女に滅茶苦茶にされたのだという。誉田は今、そこで現場検証に立ち会っているらしい。那珂島と大壺はひとまず誉田のところに行くことにした。魔女はコレだから、という嫌みがふんだんに含まれた看護師の微笑みを睨んでから、正面玄関で待っていた大壺の純白のシトロエンに乗った。那珂島の頭の中は雪中遊禽連盟、花升エナガのことで一杯だった。一秒でも早く、復讐がしたい。アンナからもらった紫色のメイド服はエナガによってボロボロにされた。だから今、那珂島は大壺の白いドレスを着ていた。デザインよりもフリルの多さを極端に優先したパーティドレスだ。いわゆるゴスロリっていうやつだ。那珂島はこういうのも嫌いじゃないが、いかんせん、サイズが合わなくて動き辛い。那珂島は大壺に自宅に向かってもらうことにした。

「あいよ、」美少女、大壺ヒカリはふざけるように頷いてシトロエンを発進させる。ハンドル裁きは、免許取ったばかりにしては様になっている。初心者マークはきちんと前後に張り付けてあって警告を発信していた。「どう、うまいでしょ?」

「何が?」

「私の運転」

「うん、素敵よ、素敵、」那珂島は適当に頷いた。那珂島は道路沿いのマクドナルドを探していた。「あ、ヒカリ、あった、マクドナルド」

「うへ、病院でもめっちゃ食べたじゃん」

「備蓄エネルギアはまだ、三十パーセントっていう感じね」

 大壺の純白のシトロエンはマクドナルドのドライブスルーに滑り込む。クウォータパウンダのセットを三つ頼み、シトロエンが再び道路に出た瞬間に、那珂島はクウォータパウンダにかじりついていた。「うん、うまい」

「ねぇ、ポテト頂戴よぉ、バーベキュソースをつけてね」

「ほい」那珂島は三本のポテトを大壺の口に近づける。

「あーん、」大壺はハムスタみたいに口をすぼめてはむはむと食べた。美少女は何をしても可愛い。「うめぇ」

「クウォータパウンダ食べる?」那珂島は三つもいらなかったとすでに後悔している。一つでよかった。

「うん、」大壺は一度頷き、雑念を払うように首を横に振った。「いや、コーラだけ頂戴」

「我慢はよくない」

「そうやって細いナナちゃんは私を太らせようとする」

「全然太ってないじゃん、」それは那珂島の目から見た客観的な事実だった。「背が高くて、スタイル良くて、おっぱいが大きくて本当に羨ましいこと」

「病室では太るよって言った」

「そうだっけ?」

「……確かめてもいいよ、私の体」大壺は横目で言う。

「ちゃんと前を見なさいな」那珂島はセット一つ分食べてから塗れティッシュで手を綺麗に拭いて、信号待ちのときに大壺の柔らかい胸部を触った。

「いやん、もぉ、えっちぃ」大壺は高い声で笑う。

 そんなことをしている間に那珂島の自宅マンションに着いた。大壺のシトロエンはマンションの駐車場に停めた。那珂島は助手席を出ながら「待っていて、すぐに着替えて戻ってくるから」と大壺に伝えた。大壺はエンジンを切って、運転席から出てドアを閉め施錠した。「私も行く」

「なぜ?」那珂島は歩きながら聞く。

「ナナちゃんのプライベートに興味があるのです」

「とても素敵な好奇心ね、でも、あんまり面白くないと思う」

 駐車場はマンション東側にあって正面玄関へ行くにはコンビニの方から南側に迂回する必要がある。といってもそんなに距離はない。正面玄関の自動ドアを潜り、エントランスへ。ヒールが大理石の床を叩いて音を立てる。エントランスの中央の噴水は静かな音を立てている。

 少し水を見て、ぞっとした。

 エナガの水。

 瞬間的に脳ミソで再生され、神経を震わす。

 ああ、どうやら恐怖を感じているらしい。

 しかし、分かりやすさが幸い。

 この恐怖はおそらく。

 復讐に向けた。

 布石。

 そうだろう。

「あれ、あの娘たち、何しているんだろう?」大壺が那珂島の一歩前で声を上げた。「泥棒?」

 那珂島はその声に反応して、奥のエレベータに通じる自動ドアの横のインターフォンの前にいる、二人の黒髪の女の子の姿を確認した。

「あ、」と那珂島は声が出る。「ベニちゃん?」

「ベニちゃん?」なぜか大壺は訝しげに那珂島を見る。「知り合い?」

 ベニが振り向く。昨日と変わらず青白い顔に、黒く縁取られた大きな目、濃い色の口紅が印象的だった。彼女は今日もスカートの長いレトロなセーラ服にモコモコの紅色のマフラという出で立ち。一方、ワンテンポ遅れて隣の女の子も振り向く。挑発的な吊り目が特徴的な女の子だった。どことなく、自分に似ていると感じた。外見的なことではなく、心の奥の方が。

 那珂島はベニに近づく。

 ベニは和らいだ表情でこっちに向かってくる。

「あの、ごめんね、」那珂島が謝ったのは、昨日の約束を今、やっと思い出したからだ。すっかりベニのことは頭から消えていた。「少し、仕事が立て込んでいて、ごめんなさい」

「あの、メールしたんですけど、」ベニは那珂島の前で立ち止まって那珂島の眼を見て言う。その手にはシルバの携帯電話。「怪我、してるんですか?」

「大したことないよ、」那珂島は自分の頬のガーゼを触る。「ごめんね、電話、水に濡れて駄目になっちゃって」

「……何か、あったんですか?」

「いろいろ、」那珂島は言葉を濁して微笑む。「警察官だからね、いろいろあるのよ、……そちらは、どなた?」

「えっと」ベニは彼女を見る。

「汎野マリです」

 マリはベニの横に並んで名前を言った。それから何か続くのかと思ったが、挑発的な眼を那珂島に向けたまま、押し黙ってしまった。那珂島のことを観察して魔女としての実力を計っているのだろうか?

 それとも。

 恥ずかしがっているのだろうか?

「ナナちゃん、」大壺は那珂島の腕を引っ張って振り向かせる。「あの、分かりやすく色を付けて説明してくれるかな?」

「え、なんで、怒ってるの?」

「怒ってない、」大壺はそういうが、普通ではない状態だと思う。「説明してくれればいいんだって」

「マクドナルド?」ベニは那珂島の持つビニル袋を指して聞く。那珂島は食べきれなかった分を冷蔵庫に入れておこうと思って持ってきていたのだ。

「お腹減ってる?」那珂島は聞いた。

 ベニは頷いて恥ずかしそうに腹ペコのポーズをした。「……うん、朝、食べ損ねて」

「君は?」那珂島はマリに聞く。

 マリは頷いた。頬が赤く染まる。やはり、恥ずかしがり屋なのだろうか、とも思う。彼女をよく観察していると、まだ表情に幼さが見える。

「……あの、」急にマリは口を開く。「私も、ナナさんの家で働かせて欲しくて、それで」

「ああ、そうなんだ、」那珂島は嬉しくなる。可愛い女の子がいきなり二人も自分のメイドさんになってくれると言う。「構わない、それは全然構わないことよ」

「ナナちゃん、」大壺はまた那珂島の腕を引っ張って振り向かせる。「メイドさんって何のこと?」

「え、なんで、怒ってるの?」

「怒ってないってば!」高い声で言って、大壺は眼を逸らす。

 ベニとマリはきょとんとした表情で、大壺を見る。

「怒ってるじゃないの、何か私、変なこと言った?」

 那珂島が言うと、大壺は黙った。

「何か言いなさいよ」

「……」大壺は腕を組んで、前髪をいじる。

「何か言えよ、こらぁ」

「にゃあ!」大壺は爪を立てて那珂島を威嚇した。

 那珂島はきょとんとした。「……にゃあ?」

 エントランスに急に降り立った、謎の沈黙。

 その沈黙を破ったのは。

「あはははははははっ!」

 マリの笑い声だった。

 マリは、とても愉快そう。

 那珂島は何がおかしいんだろうと思った。

 ベニは急に笑いだしたマリに冷ややかな視線を浴びせている。

 大壺はおもちゃを見つけた眼をして。

「にゃあ!」今度はマリに向かって威嚇した。

「あはははははははっ!」マリはさらに盛大に、お腹を抱えて笑い始める。どうやら壺に入ったのだろう。きっと彼女しか持っていない珍しい形の壺だと思う。

 いや。

 訳が分からない。

 でも。

 とにかく、大壺の機嫌が戻ったようで。

なにより。


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