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ヴェルヴェット・ギャラクシィ・ブランケット/甘い口どけ髪は紅  作者: 枕木悠
第三章 恥ずかしがり屋のガールズ・オンリィ
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第三章②

村崎邸別邸が花升エナガの魔法によって半壊してから十二時間経った朝、村崎組の主要メンバは本邸の広間に集合していた。広さは畳、二十八枚。寒い部屋だ。そこに辻野、松本、持倉が正座をして綺麗に横に並び、その一歩前にアンナがいて視線を畳の上に落としている。アンナの髪は乱れている。水に濡れて、そのまま乾いてしまった。櫛も入れていない。彼らは一様に西側に体を向けている。南側の障子からは眠気を誘う、優しい朝日が差し込んでいる。北側には襖が並び、無数の雷鳥が墨によって躍動的に描かれていた。

 室茉スズは西側から三枚目の襖の前で両足を抱きしめて座っていた。欠伸をかみ殺していた。隣ではランがブランケットにくるまって静かに寝息を立てている。スズはランの重さを受けとめて幸せな気分。

 しかし村崎メグミコはそうじゃない。大広間の西側の一段高くなった、まるで江戸時代の殿様が家臣に無茶を叫ぶ舞台でメグミコは艶のある紫色の座布団に座り、険しい顔をして黙っている。メグミコは服を着替えていた。アンナと同じ紫色のメイド服の上に光沢のある陣場織という出で立ち。村崎組は雪中遊禽連盟、花升エナガの捕獲に向けて、静かな話し合いを続けていた。半分は、アンナの謝罪の言葉に埋め尽くされていたが。

「……すみません、お嬢、まさか、彼女が、あんな風に、」アンナは震える唇で声を出す。あんな風に、というのはエナガが群青色に、つまり水の魔女になったことを指している。「あんな風になるとは、私の予測が、いいえ、私が全て、そうです、油断して、エナガが何かを企んでいたことは分かっていたんです、慎重さに欠いていました、私は」

「アンナ、もう謝らないで、」メグミコは優しさの欠片もない表情で言う。「謝ったら、もう許さない」

 アンナは黙る。

 スズも息を飲む。

 メグミコが本気で怒っているのが分かった。それは別邸が半壊したからじゃなくて、きっと、アンナが死に直面したからだ。昨夜、屋根裏まで聞こえた炸裂音。それにスズたちは慌てて二階の窓から飛んだ。崩れていく別邸。溢れ出る水。すでにソコにエナガはいなかった。庭には気を失ったナナと、彼女の名前を呼ぶ誉田の姿。メグミコはスズにがなった。がなられる前にスズは魔法を編んで、水を風によって巻き上げて雨を降らせた。一階にいたジェリィ、松本、倉持、他の組員は水に襲われながらも自力で庭に這い出ていた。地下にいたアンナは無事だったが意識を失って辻野の腕の中にいた。アンナとナナは救急車で搬送された。アンナは一時間前に病院を抜け出して戻ってきていた。ナナはまだ意識が戻っていないという。とにかく

「……シー・サーペント、ねぇ、」メグミコは学校では決して見せない真剣な眼差しで声を出す。「その魔具の力によって、彼女は水の魔女になって、パープゥを編んで、ナナさんを入院させて、どこかに行った、どこに行ったんだろう?」

 誰も何も答えない。

 誰も何も知らないのだ。

 思考はずっと濁ったまま、ずっとクリアじゃない。

 得体の知らない、恐怖なのかすら曖昧なものが、迫ってくる。

 影響を与えている。

 視界はボヤケている。

 不鮮明。

 障子を透過する、細かな陰を纏った日差し。

 それに近い状態が、私と私に近い人たちの状態だ。

 睡魔も伴って。

 あらゆることに、目を瞑りたくなる。

「メタル・ディテクタを編むよ」

 メグミコはスカートのポケットに手を入れて、指にシルバの鎖を絡みつけて四人の組員に向けて差し出す。鎖を垂らす。ゴールドのデルタが輝きながら揺れる。

 アンナはメグミコを睨むように目を細めて見る。「……お嬢、何をする気ですか?」

「昨日、習得したばかりの魔法を編むの、」メグミコは久しぶりにスズの方を見た。「あ、スズ、魔導書を屋根裏から持ってきてくれない?」

「待って下さい、」アンナは早口で言って手のひらはスズをせいしている。いつものアンナの調子だ。スズは少し安心する。「その魔法というのは一体どんなものなのですか?」

「コレで空閑がどこにあるのか分かるの」

「そんな便利な魔法が、お嬢に編めるのですか?」

「うん、」メグミコは頷く。「私の魔力なら、半径千八十六メートルまでのあらゆる金属の輪郭を把握することが出来る、そういう探知魔法」

「金属の探知魔法ですか?」アンナは睨む目を変えない。「お嬢に半径千八十六メートル分の情報を処理できるとは思えません、まして探知魔法は一朝一夕に習得出来るものではないと聞きます、やめて下さい、何か、嫌な予感がします」

「なぁに?」メグミコは不機嫌さを顔に出す。「一体、何が言いたいわけ?」

「お嬢様、」アンナは肩が揺れるほど大きく息を吸ってから言う。「サンダ・バードの召喚に失敗したときのことを覚えていますか?」

 メグミコは横の肘掛けに肘を突いて拳の上に頬を乗せる。「……何が言いたいわけ?」

「今回も失敗します、お嬢には繊細さが足りません、がさつで、どんなことでも勢いでなんとかしようとします、だから、止めて下さい」

「サンダ・バードは勢いでなんとかなったでしょ、まあ、確かに、あのときはスズとアンナたちにちょっとだけ、ほんのちょーっとだけ手伝ってもらったけど、明確な失敗はしてないもん」

「そういうことを言っているんじゃ」

「私は十一歳の魔女じゃないわ、だから繊細さも緻密さも女らしさも着々と成長中、自分で編んだ魔法に呑まれたりなんて、しないもの、」メグミコは歯切れよく言って、アンナの後ろの男性陣に向かって微笑んだ。「ね、あなたたちもそう思うでしょ?」

 サングラスの倉持は無反応。もしかしたら眠っているのかもしれない。辻野は首を竦めて真ん中に座るスキンヘッドの松本に視線をやる。松本は一瞬困惑の顔を見せてから持ち前の愛想のいい笑顔で笑った。笑っただけだった。きっとアンナが振り返って睨んでいたからだと思う。

「とにかく、」アンナはゆっくりとメグミコの方を向く。「お嬢、雪中遊禽連盟の件は私たちに任せて下さい、そして学校に行って下さい、もう授業は始まっていますから、急いで支度を」

「まだそんなこと言ってるの?」メグミコの声はヒステリックに高い。メグミコのヒステリィは横から見ていると微笑ましいものだということに、スズは気付く。「もう、そういうこと言ってる場合じゃないでしょ、一致団結、村崎組のあらゆる手段を総動員して、雪中遊禽連盟に対峙するべきだよ、そうでしょ?」

「その通りです、しかし、お嬢は学校に行って勉強して下さい、」アンナは微動もしない。口元だけ素早く運動している。「お嬢のおっしゃる通り、村崎組のあらゆる手段を使って雪中遊禽連盟に当たります、衣笠、天橋立、草津、高野山にはすでに連絡をとっています、それから警察に協力も要請します、だから、私に任せて下さい、お嬢は学校に行って勉強して下さい!」

「アンナ!」メグミコはがなる。

「お嬢!」アンナもがなる。

「今日は土曜日だよ!」

「はい、今日は土曜日です!」アンナは悲しい目でスズの方を見た。メグミコがいなかったら駆け寄ってブランケットで暖めてあげたい目をしている。「……そうでした、今日は、土曜日でした」

「勉強はしない!」メグミコは極端に嬉しそうな表情で言って妙に首を傾げる。

「……部屋で勉強していて下さい」

「部屋は滅茶苦茶!」メグミコは立ち上がってアンナを睥睨する。

「……エロゲでもしていて下さい」

「エロゲはカチンコチン!」メグミコはアンナのすぐ前に経つ。

 アンナは潤んだ瞳でメグミコを見上げ下唇を噛んでいた。その横顔はとてもセクシィで、スズはいつでも夢に見られるように瞬間的に脳ミソに焼き付けた。アンナはスズの方を見る。

 そんな目で見ないで下さい。

 私はメグミコの、一応、恋人なんです。

だから気持ちは、メグミコに近いんです。

「……若頭」アンナが言った。

「若頭って言わないで下さい」スズは微笑んで静かに返す。

「お嬢に何か言ってあげて下さい」

「メグ、少し眠らせて」スズは暖かいランを抱きしめながら言う。

「そうだね、一度回復してから、うん、アンナ、寝室に布団を敷いて、アンナも一緒に寝ましょ、しっかり休んで体力を回復させなきゃ」

「いっそのこと、」アンナは魔女の目して静かに言う。「ずっと眠っていてくれたら、どんなにいいだろう」

「何、ぶつぶつ言ってるの?」メグミコはアンナの腕を掴んで立たせる。「ほら、しっかりして、あ、そういえば、ジェリィは?」

 スズが襖を開けるとジェリィが聞き耳立てて潜んでいた。ジェリィは手を頭の後ろにやって罰の悪そうな顔を見せた。「あ、えっと、あの……、あ、すぐにお布団の準備をしますね」

 ジェリィは廊下を走って階段の方へ向かった。自然にこの会合は終了。メグミコはアンナの腕を掴んだまま大広間から出た。スズもランを抱っこして室内から廊下へ出る。出てから振り返って大広間の畳の上に正座したままの男三人を見る。全員、現れ方は違えど、疲れの色が窺える。

「お疲れ様です」スズは声を投げる。

 倉持はわずかに顎を引いた、かもしれない。松本は微笑んで山高帽子を被る。辻野は軽く手を振って、苦笑。一刻も早くシガレロが吸いたい、という顔をしている。

「それじゃあ」スズは言って、階段の方へ体を向けた。

「あ、若頭、あの」と呼び止めたのは辻野だった。

 振り返るとすぐ近くに辻野は立っていた。

「若頭って言わないで、」スズは微笑みながら辻野を睨む。「それで、どうしたの?」

「いえね、その、あの、答え辛いとは、思うんですけど」

「だから、何んですか?」

「魔女は恋に生きているの?」


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