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ヴェルヴェット・ギャラクシィ・ブランケット/甘い口どけ髪は紅  作者: 枕木悠
第三章 恥ずかしがり屋のガールズ・オンリィ
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第三章①


落ちる。

 落ちる。

 落ちる。

 あらゆるものが、私の上を行く。

 行きすぎて悲しい。

 誰かを殴れなかった。

 誰かを叩けなかった。

 誰かは私の影響を受けなかった。

 影響を受けたのは私。

 その事実は悲しい。

 怯えている?

 変わること。

 私以外の誰かに、私を変えられてしまうことは、素敵なことじゃない。最高のことじゃない。最低なことだ。最低なことが今、自分を苦しめている。怖がらせている。私らしくないものを生産しようとしている。

 いや。

 それは。

 私の中に隠れていたもの?

 必死だった。

 私はそう、必死だった。

 必死に隠していたものが、私の心を動かしている。

 心は落ちる。

 落ちる。

 落ちる。

 私は、涙を流して、誉田の手を掴んで、彼の優しい顔を見ながら。

 恥じらうこともせずに。

 彼に抱きしめるようにせがんでいる。

 ……なんだ、コレ?

 違う。

(違わない)

 そうじゃない。

(そうだよ)

 私じゃない。

(私は誰?)

 ……私は?

(君は?)

 飛べないの?

(飛べるよ)

 どうして?

(なぜ?)

 落ちるの?

(飛べないの?)

 飛びたくない。私は思った。飛んだら落ちる。落ちるのはとても怖いこと。悲しいこと。彼の手に捕まって、腕に抱かれて、頭を撫でられることの心地よさが、優しさが欲しくて……、それから。 

(私は飛びたい、私は誰にも捕まりたくない、彼の心地よさも、彼の優しさも、風にかなわない、どうして吹き飛ばさない? どうして回さない? どうして飛ばない? 君の箒を頂戴、風を起こして、殴りに行くよ、私には風しか、ないんだから)

 風が髪を揺らした。

 強い風に目を閉じる。

 目を開けると。

 私が遠くを飛んでいた。

 行かないで!

 私は目を開けた。

 目を開けると。

 そこには美少女、大壺ヒカリの顔があった。

「おおっ!」大壺は失礼なくらい驚いて那珂島ナナから離れた。「ああ、もぉ、ビックリだよぉ」

「……、」那珂島の意識はハッキリしない。視界は明るいが、ぼやけている。目が三十パーセントくらいしか開いていないのだ。それでも、なんとなく、状況を把握することは出来ていた。ベッドで寝ている。そのベッドは保健室の匂い。右側に見えるカーテンは白い。天井も白い。そして腕にチューブが繋がっている。那珂島は目を閉じて、今度は五十パーセントくらい開ける。「……ヒカリ、ココはどこ? いいえ、分かっている、日赤ね、そんなことよりも私は、何日寝ていたの?」

「十二時間だよん、」ヒカリはニッコリと微笑んで那珂島の頭を撫でる。ヒカリはときに那珂島を人形のように扱うことがある。そういう度胸の持ち主なのだ。「村崎組別邸にて、十二時間前、花升エナガに那珂島ナナは撃墜されました、誉田くんがいなかったら、あなたは十二時間で目を覚まさなかったかもしれません」

「そうね、」那珂島はエナガの魔法を思い出していた。強力な魔法だった。知らない魔法だった。水蛇に噛みつかれ、那珂島は意識を失ったのだ。「その通りだ、私は誉田にお礼を言って、何かをプレゼントしなきゃいけないんだ、ああ、とっても憂鬱、でもよかった、一週間も寝込んでいたら、ホント、最低だった、もう、なんていうか、立ち直れなかったかもしれない」

 那珂島は高い声で笑った。どうしてこんなに気分がいいのか分からない。

 夢のせい?

 夢、というには、とても分かりやすい。

 分かりやすい暗示だった。

 つまり、眠ってないでさっさと起きろ!

 飛べ! 飛べ! 飛べ!

 そういうことなのだ。

 私は眠らされても、起きる。

 転んでも、進む。

 落とされても、飛ぶ。

「元気そうで何より」

「今何時?」

「まだ朝だよ、朝の七時前」

「お腹空いた、」那珂島は上半身を持ち上げた。全身のあらゆる箇所が、痛む。「痛い、痛い、痛い、」涙が出た。しかし、泣いているわけじゃない。視界もハッキリとした。「痛いよ、ヒカリ、肉が食べたいよ、ヒカリ」

「痛いのか、食べたいのか、ハッキリして、」大壺はおかしそうに那珂島を観察して立ち上がった。「とりあえず、ドクタを呼んでくるから」

「あ、待って、ヒカリ、それ、頂戴、」那珂島はベッドの脇のテーブルの上にいいものを見つけた。「あの、十倍のチョコ?」

「あ、うん、本当にお腹減ってるんだね、なんだか犬みたいな目をしてるよ、」大壺は長方形のチョコレートの箱をスライドさせた。十二個の丸いチョコが並んでいる。那珂島が「あーん」と口を開けると大壺はチョコを口に入れてくれた。那珂島は大壺の指を嘗めた。「……あ、指、嘗められた」

「うーん、やっぱりおいしいね!」痛みが吹き飛ぶことはなかったが、力が出てくるような錯覚を感じた。

「え、私の指が?」大壺は半笑いで聞いてくる。

「さっきまでポテチ食ってたな、」ほんのりと塩の味がしたのだ。「太るよ」

「むぅ、」大壺は那珂島を睨んだ。「もぉ、あげないんだからぁ」

「ああ、ごめん、嘘嘘」那珂島はチョコレートの箱を奪って抱きしめた。それくらいお腹が減っているのだ。

「すっごく元気」大壺はニッコリと微笑んで病室から出ていく。那珂島の病室は一人部屋だった。那珂島はしんと静まり返った病室でチョコレートをもう一つ口に含んだ。なんとなしに、パッケージを見る。

チョコレートの名前は。

ワンダフル・ブースタ。


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