タアナ・レコウド・オーバ
雪の降る夜。
跡見クウスケは村崎邸の豪奢な門の前からおよそ百メートル離れた信号の下でタクシーを止めた。跡見のタクシーはルノーのメガーヌ。色は雪の中でも目立つイエロー。跡見の営業認可は、ファーファルタウのイエロー・ベル・キャブズから下りている。つまり、跡見は世界で運転手をして金を稼ぐことが出来る。
跡見は運転席から出て、シガレロにマッチで火をつけた。雪はタイヤ跡が出現するくらいに積もっている。寒い夜だ。行き交う車もない。村崎邸周辺は閑静な住宅地で、ここから山の方へ進路を取ると巨大な森に守られた神社が唐突に出現するのだ。本当に唐突なのだ。明方という土地には唐突が多い。跡見がココでシガレロを吸うのも、その唐突さが理由だ。
以前、乗せた明方女学院付属高校の風の魔女。
跡見は彼女が欲しくてココまで来たのだ。
跡見は煙を吐く。
シガレロを指先で回す。
愛車に寄りかかり。
村崎邸の方角を眺める。
彼女は村崎組の魔女だろう。
村崎組は魔法工学の研究集団であると同時に武装集団であり、主に西日本を中心に勢力を持ち、主要都市に支局を置いていた。警察と繋がりを持ち、その秘匿された法外な特殊武装で悪の根絶に当たる、素晴らしい慈善集団である。
ゆえに。
ただのタクシー運転手である跡見が彼女をコレクションするのは難しいことかもしれない。
違うことなのかもしれない。
シガレロを吸う。
半分残して雪に捨てる。
革靴の底で踏む前に、わずかな明かりは雪に溶けた。
さて。
跡見はイエロー・ベル・キャブズの帽子を取り、車内に入れ、目立つ芥子色のジャケットを脱ぎ、裏返す。跡見は黒い出で立ちになって、村崎邸の方向へ歩き出す。吐く息は白く、外灯はそれを鮮明に映し出す。寒くない。興奮しているから、むしろ暑いくらいだ。近い未来に新しいコレクションが手に入ると思うと跡見は、笑えてくる。その感情を殺すのに苦労する。感情的にならないように苦労する。本当に苦労が耐えない。魔女は鋭い。人の感情を察する能力に長けているのだ。それは魔法という意味ではなく、特性、キャラクタとしての一面という意味で、である。コレクションを始めてから、跡見は別の誰かを演じるようになった。タクシー運転手はその訓練に絶妙だった。客と会話する。毎日会話をする客は違う。そのたびに跡見はそれぞれ違う過去、未来、現在を持つタクシー運転手になった。それまで跡見はとても感情的な魔法使いだった。魔女のようなヒステリィな一面もあった。それが今は隠された。静かに歩ける。静かに救い出せる。静かに笑える。苦労して手に入れた静けさは、魔女に有効。
門に近づく。
跡見は祈る。
いつものように。
イエロー・ベル・キャブズの初代社長の伊達エリコに祈る。
成功を祈る。
そのときだった。
また、唐突に。
魔法の波動を感じた。
見上げる。
雪降る夜空を。
夜空に魔女。彼女の腰を抱きしめている男。
巨大な水しぶきが垂直に、見上げる高さまで立ち上っている。
彼女たちはそれから逃げたのだろう。
戦闘だろうか?
随分派手な戦闘じゃないか。
面白い。
彼女たちは舞い上がり、一度、村崎邸の敷地へ。
そして、水しぶきの中から空に残った、シルエット。
魔女。
魔女一人。
色は?
跡見は目を凝らす。
色は。
群青色。
その中に僅かに見える白。
水?
氷?
イレギュラの見え方ではない。
色が混じっていない。
それぞれ色を主張している。
不思議だ。
以前タクシーに乗せた魔女じゃないが。
欲しいな。
そう跡見は思った。
村崎邸の敷地から、魔女が飛翔。彼女の色は黒。風。
彼女の起こした風は、跡見の前髪も揺らした。
それほど凄まじい風。
しかし。
凡庸。
跡見はそういう印象を抱く。
群青色と白の魔女は、風の魔女を見下している。
風の魔女は凄まじく苛烈な風を編み続ける。
群青色と白の魔女は、それらを巧みに交わし。
そして。
跡見も今まで見たことのない魔法を編んだ。
魔女の声は跡見の耳まで届かなかった。
魔法の名前が知りたい。
その魔法は巨大な水の卵を中空に出現させた。
そして魔女の囁きに応じて。
卵を孵した。
産声を上げる無数の透明な蛇。
蛇は風の魔女に噛みついた。
風の魔女は噛みつかれ、頭から落ちていく。
死んだだろう。
跡見は思った。
しかし、凡庸だ。
代用が可能な魔女に意味はない。
意味があるのは、空にいる魔女。
彼女は北に進路を変えた。
跡見は慌ててメガーヌに戻った。
ステアリングを握り、エンジンを回転させる。
追いかける。
魔女を。
車内に鳴り響くロックンロールは、B面へ移行。




