第二章⑥
ファミレスで夕食を済ませたスズとメグミコが村崎邸に戻り、蔵のある別邸の方へ進もうとすると、待ち構えていたようにジェリィが両手を広げて道を塞いでいた。
「通せんぼ、」ジェリィは不敵に笑う。「通せんぼっ」
「その雨合羽は何?」メグミコが愉快そうに尋ねる。「素敵、新しいコスチューム?」
なぜかジェリィはピンクの雨合羽に身を包んでいる。スズは手の平を空に向けた。雪も、雨も舞っていない。とても不思議なジェリィだとスズは思う。
「ゴム製ですよ、ゴム製、」ジェリィは得意げに言う。「お嬢様のライトニング・ボルトもこれまでです」
「ふーん、じゃあ、試してみる?」メグミコは笑う。
「え?」ジェリィはおやつの時間にはっと想い着いた妙案が全く妙ではなかったことに気付いたらしい。メグミコのライトニング・ボルトを前に薄手の雨合羽はほとんど意味をなさない。しかし、もしそれが魔法工学と絡んでいるのなら話は全く変わってくる。が、ジェリィの表情から察するに、ピンクの素敵な雨合羽は明方ロフトで買ってきた至極普通のものだろう。「え、いや、そんな、恐れ多いです、お嬢様っ」
「アンナさんは、」スズは一歩半、ジェリィに近づく。「まだ私たちを蚊帳の外に出しておく気なんですか?」
「昨日の夜、話し合ったことが全てです、」ジェリィは困惑しながらも必死で言葉を探して質問に答える。「お、お嬢様たちは事件に関わらないで下さい、お願いします、昨日の夜のことは忘れて学業にどうか、励んでいただきたい」
昨日の夜、アンナはスズとメグミコに言った。
コレはあなたたちの事件じゃありません。
「口調が変だよ、ジェリィ、」メグミコは腰に手を当てて言う。「私は部屋とコレクションを滅茶苦茶にされたんだよ、あの、雪女に、私は何かを言わなきゃ気が済まないっつうの、私の気持ち、ジェリィなら分かるでしょ?」
「はい、」ジェリィは頷いてから、慌てて首を横に振る。「……ああっ、いいえ、お嬢様の気持ちなんて、全く分かりません、知る由もないっ」
二秒間の沈黙。
メグミコはジェリィをじとっと睨んでいた。
スズはブランケットを抱き締めていた。
気温が急激に下がる時間帯である。
ああ、寒い。
「……分かった、」メグミコが口を開く。優しい目をする。「アンナとジェリィの気持ちを頂いてあげる」
「はあ、」ジェリィは溜息を声にして白い息を吐く。「ご理解いただけて、よかったです」
「その代わり、」メグミコはジェリィに顔を近づけて言う。「全てが終わったら、事の顛末を分かりやすく色を付けて説明すること、分かった?」
「は、はいっ、もちろんですっ、」ジェリィは頷いて、そして首を横に振る。「ああ、でも、アンナちゃんと相談してから」
「はい、はい、」メグミコは大げさに頷きながら踵を返す。そしてスズをチラッと見る。「行こう、スズ、私の部屋、じゃなくて、屋根裏に」
「うん、」スズも踵を返して、ジェリィの方に振り向き聞く。「あの、ジェリィさん、何か聞き出せましたか? あいつ、花升エナガから」
「ごめんね、」ジェリィは手の平を合わせる。「私は何も知らないの、本当に」
「ああ、そうですか、」スズはジェリィから何かを聞き出すことを簡単に諦めた。本当に知らないのだと思う。アンナと辻野と、松本、倉持、その他の村崎組のメンバ、それから警察の那珂島と誉田で捜査が進められているはずだ。解決は時間の問題だろう。クリスマス前か、それに以降になるか。那珂島という風の魔女は凄く優秀な魔女であることが近くにいるだけで分かった、解決は時間の問題だと思う。解決を待っていればいいのかもしれない。村崎組の拷問にエナガがリタイアするのを待てばいいだけなのかもしれない。スズは別邸の地下牢のある方を見る。「……悲鳴とか、聞いてないですか?」
「悲鳴?」ジェリィは不思議そうな顔をする。「誰の悲鳴?」
「いいえ、」スズはジェリィを怖がらせてはいけない気がして目を伏せる。まだここに出入りするようになって日の浅いジェリィは村崎組の明るい色しか知らないのだ。アルバイトのメイドさんは、それで十分。雨合羽を着て通せんぼをしている時点で少し踏み入り過ぎな気も、かなり、するけれど。「なんでもないですよぉ」
スズとメグミコは村崎邸の屋根裏に移動した。きちっと掃除が行き届いていて埃が舞うこともなかった。頭の高さに点灯するオレンジ色の小さな光しかない暗くて狭い空間は、小さい頃の記憶をギュッと思い出させる。連鎖的にママのこともスズは思い出して泣きそうになってブランケットを抱き締める。メグミコはスズのそんな様子に気付かない振りをしている。笑顔でいる。メグミコは鞄の中から魔導書を取り出す。
「さあ、始めようか」
指をくわえて待っていられるわけがない。
メグミコは魔導書を開く。
誰よりも早く、知らないことを知りたい。
ヴェルベッド・ブランケットの意味が知りたい。
南蘋型録に掲載されていた意味。
ママの形見のブランケット。
魔女の魔力を奪う、恐ろしいブランケット。
どうしてママが持っていたのか。
その意味に近づけるのなら。
コレは私の事件だ。