厄病女神寄生前
これは厄病女神寄生中の前の話となります。
ネタバレなども含まれる為、厄病女神寄生中を先に読むのが好ましいのですが、まあ、こっちを最初に読んでみても、そんなに問題はありません。
夏休みまで、あと数日と迫ったある晴れた日。
学期末テストも終わり、殆どの授業はただ時間を潰すだけの形ばかりのものとなり、夏休みは目前という時期。
普通の学生なら、誰もが気分を高揚させ、これから来る長期休暇に心躍らせることでしょう。
しかし、私はメランコリーなのです。もう一年以上前からメランコリーです。
やがて来る高校生活最後の夏休みも全く楽しみではないのです。思えば、高校生になってから長い休みが楽しみにならなくなりました。それは全部先輩のせいなのです。
長い休みになると、先輩に会えないから嫌だったのです。
そして、ここ一年以上も私は先輩に全く少しも会えていないのです。私がメランコリーなのは全てそのせいだと言って過言ではないのです。
私が初めて先輩をお見かけしたのは入学式の直前でした。
その日、教室で新入生がぎこちなく大人しく席に着いていると、どやどやと三年生たちがやってきました。
私たち一年生は殆ど初めて出会う先輩たちを前にして緊張しました。一体、これから、何が起こるというのでしょう。
やがて、一人の三年生が、この高校では新入生の胸に安全ピンで造花を付けるのは三年生の仕事なのだと説明し、私たちは三年生によって胸に造花を付けられることになりました。
三年生は緊張しきっている新入生たちを微笑ましく見ながら、何人かは面白がって恐がらせながら造花を胸に付けていきます。
付ける場所が場所なので基本的に男子が男子に。女子が女子に造花を付けるのですが、何人かの女子先輩方が面白がって男子新入生に造花を付けてあげたりもしていたせいで、何人かの女子新入生は男子先輩に付けられることになりました。
この時、私の所に来たのが先輩でした。
きりりと鋭い瞳。すっと通った鼻筋。細い顎。背は高く、体つきは細く華奢と言えるほど。髪は流行には無関係らしく、ツンツンしていなくて、染めてもいませんでした。少し長めの黒髪を適当に流しています。
先輩は口をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せていました。
この時は、何故、この人はこんなにも不機嫌なのだろう。と思いましたが、実際、先輩はこのような無愛想で不機嫌そうな顔が基本でいつも概ねこういう顔をしていることが多いのです。かといって不機嫌でないかといえば、それは違って、先輩は不機嫌なのです。さしたる理由もなく先輩はいつも不機嫌なのです。
先輩は造花を手にして不機嫌そうに言いました。
「君、花を付けてやろう。男で不満かもしれんが我慢しろ」
何と横柄な口調でしょうか。
しかし、これも先輩にとっては普通なのです。先輩は自尊心とプライドだけは誰よりも大きいのです。
私はこくりと頷いてじっとしていました。
「やれやれ。面倒臭いことだ」
先輩はぶつぶつと呟きながら私の前に屈み込みました。まるでシンデレラにガラスの靴を履かせる王子が如く!
思えば、この時、私は先輩に興味を持ったのです。何がどーしてそーなったのさ?と聞かれても分かりません。
とにかく、私は先輩によって胸に造花が付けられる時、ひどくドキドキして、この変わった人はどんな人なんだろうと強い興味を持ったのです。
「うむ。できた」
先輩に言われ、胸を見ると、胸よりも大分下の方に造花は付いていました。
先輩も、このことには気付いていたようですが、
「概ね良いであろう。嫌なら自分で付け直せ」
と、言って直そうとはしませんでした。
三年生は造花を付け終えると早々に帰っていきました。先輩もすたすた歩いていってしまいましたが、教室を出る間際に振り返って言いました。
「諸君。高校生活を楽しくしたければ放課後三階会議室に来い」
それから、意地悪そうにニヤリと笑いました。
「面白いことをさせてやろう」
入学式の後、私は先輩に言われたとおり三階会議室に行きました。
先輩の言う面白いことというのは「学校革命運動」という学校未承認秘密組織による反学校活動なのでした。
というのも、
「学校という組織の権力はほぼ全てが教職員と生徒会に握られている。学校行事や部活動の予算配分のほぼ全てが生徒会によって決められ、我々生徒の最高意思決定機関であるはずの生徒総会は形骸化して久しい。つまり、学校というこの国は生徒会という政府による独裁なのだ」
と、先輩方「学校革命運動」は主張するのでした。
その上で「学校革命運動」は反学校活動を行い、真の生徒自治を取り戻し、学校に変革をもたらすということでした。
先輩は、その「学校革命運動」の第十九代目執行委員長なのでした。
「何。そんなに危ないことはせんよ。今まで我が組織から退学者は出ていない。留年者は6名ほどだし。俺に至っては未だ10回の反省文提出で済んでいる」
先輩は自慢げに胸を張って言いました。
「うんうん。執行委員長がまだ停学をしていないなんて運動始まって以来だ。逃げ上手隠れ上手だからなあ」
先輩の友人らしき人が感心したように言いました。
「要するに。うちらの活動はうちの学校をうちらでより良くしていきましょうって話よ。褒められこそすれ怒られる筋合いなんかないわ」
先輩の友人らしき人が太陽のような笑顔で言いました。
「うちらと一緒にこの学校を変えていきたいと思う人。高校で派手なことしたい人。学園闘争に憧れている人。頭のいいがり勉どもに一泡吹かせたい人。学校革命運動にようこそ! うちらはそのような人材を求めているわ!」
先輩が属する組織はそういった組織でした。この日、新入生からは10名ほどが加入しました。その中に私もいました。
それから、私はほぼ毎日、先輩に付き従っていました。というよりも周りをうろちょろして付きまとってました。
先輩は迷惑そうでした。そして、先輩はそういったことをはっきり口にする人でした。
「おい、チビ。うざいぞ」
心の弱い人なら泣いちゃうような台詞を平気で言うのが先輩なのです。
「うざくてもいいですー」
しかし、神経が図太く、心の強い私は気にしません。
「邪魔臭い! 踏み潰すぞ!」
先輩は短気なのですぐ怒鳴ります。心の弱くない人でも怯むような口撃です。しかし、私は退きません。
「大丈夫です。先輩の足の下には立たないようにしますー」
「当たり前だ! どうやったら貴様が俺の足の下に立つというのだ!? これは比喩だ! それくらい分かれ!」
一級のジョークだと私は思って言ったのですが、先輩には気に入ってもらえなかったようです。まあ、人の趣味はそれぞれですから、しょうがないことです。
ふと気付きました。
先輩はじっと私を見ています。というよりも、正確には私のほっぺたを見ているようです。
私のほっぺたに何か付いているんでしょうか?
すっと先輩が手を動かしました。殴られるんでしょうか?
思わず私は瞑りました。
「………ふぇ?」
ほっぺに冷たい感触があります。つんつんと触れられています。
目を開くと、先輩が私のほっぺをつんつんと触っていました。不機嫌そうな顔で私のほっぺを触っています。
私はそのまま動かないでじっとしていました。何だか先輩の冷たい指でほっぺたを触られると妙に落ち着きました。
先輩は私のほっぺをぷにぷにと引っ張ったり押したりぐにゅっと潰したりしていました。
暫くして先輩は呟きました。
「ふむ。このほっぺは中々に気持ちが良いなあ」
先輩は気持ち良さそうに私のほっぺをぷにぷにするのです。
私は先輩の気が済むまでじっとして、そうさせていました。そのせいで授業に遅刻してしまい、先生に怒られてしまいましたが、そんなことは先輩に比べればさしたる問題ではありません。
「絹坂。お前が新入生遅刻第一号だ」
先生は呆れたように言いました。
後悔などありません。
それから、先輩は私に会う度に私のほっぺを触るようになりました。もしかしたら、私のほっぺには依存性とか中毒性があるのかもしれません。恐っ!
しかし、これは私にとっては、かなり都合の良いことでした。先輩は私のほっぺを触っている間は側にいても怒りませんでしたから。当たり前ですよね。自分で触っているのですから、どっか行けも何もありません。
そうやって、私はちゃっかりと先輩の側に居場所を確保したのです。
私はいつも先輩の側にいて、いつも先輩に怒鳴られたり、ほっぺを触られたり、先輩と一緒に悪巧みをしたり、ただ一緒にいて何もしていなかったりしていました。私にはそれが幸せであり、かつ不満でもありました。
先輩の側にいられるのは嬉しいのですが、どーにも、先輩は私のことを妹のようなものか、もしくはペットのように思っているようなのでした。対等な関係の、異性としては、見ていないのは誰の目から見ても明らかでした。
私はその状況を打破しようと数少ない友人に相談してみました。私はいつも先輩の側にいるので同学年に友人が少ないのです。
その友人は言いました。
「手作り弁当でも持っていけばいいんじゃない?」
すんごい単純にしか安易な方法ですが、私には他に思いつく手段がなかったのです。溺れる者は藁をも掴む。手詰まった恋する乙女は安直な手段にも縋る。
今、考えたら、手作り弁当を持って行って先輩に食べてもらっても、大して何の効果も生み出さないような気もするのですが、とにかく、その時の私は安直で単純だったんです。
早速、私は翌日、お弁当を作って、学校に持っていきました。そして、昼休み、いつものように先輩のところへ行き、弁当手渡し言ったのです。
「お弁当ですー。食べて下さいー」
先輩は私が出したお弁当を睨み、続いて私を睨みました。何で、そんな目で見られなければならないのか皆目不明です。
「何だ。これは?」
「だから、お弁当です。私の手作りの。食べて下さい」
先輩は不機嫌そうに眉根を寄せました。
「お前は、学食派だったよな?」
「ええ、先輩も学食派ですよね?」
先輩は頷いてから、またお弁当を睨みました。そんな踏んでしまった犬の糞を見るみたいな視線でお弁当を睨まないで下さい。
「とにかく、食べて下さい」
私はお弁当を押し付けるようにして、先輩に渡しました。これでも恥ずかしかったんですよ?
先輩は暫く黙って考えていましたが、やがて「ふむ」と偉そうに頷いてから、お弁当を机の上に広げ、しかめ面で食べ始めました。
表情だけ見ているとすんごく不味そうですが、先輩は美味しいものでも好きなものでも、こんな表情で食べるので、味覚的にどーなのかは全く分かりません。
先輩はお弁当を大方食べ終えてから私を見て、目を細めました。
あ、何か言われる。私はそう思って身を固くしました。
「はっきり言って美味くないな。あちこちに調理の失敗があるように思える」
先輩は普通にはっきりと言いました。すんごく酷い人です。鬼です。悪魔です。
「例えば、この白飯だが、びちゃびちゃで食えたもんではない。弁当の飯は最初に入れておいて、冷まさんとならんのだが、それをしていないな?」
先輩はその後もぐちぐちと私手製のお弁当の失敗点を指摘していきます。私は俯いて膝小僧を見たままじっとしていました。
いや、想像はしていたことなんです。先輩は味覚には煩い人ですし、我侭ですし、他人を思いやる心なんてものは普通の人の半分くらいしか持ってないんです。こんなことになることは想定できていたんです。
じゃあ、何で、私はお弁当なんてものを作ったんでしょう? 何で? こんなことに何の意味があったのでしょう?
私はずっと自問自答していました。目から涙が零れそうでした。でも、ここで泣くのは何だか卑怯な気がしましたし、先輩はこういうときに泣く女の子を嫌うと思ったので、我慢しました。
「まあ、初めて作ったのならば、失敗も当然ではあるがな」
先輩の話は一段落したらしく、そう言いながら、元あったように綺麗に弁当箱を布巾で包んで返してきました。
私は人生でも物凄く落ち込んだ状態で家に帰りました。関ヶ原で敗れた石田三成さん並みです。あれだけ落ち込んだのは私の十数年の人生でもトップレベルです。
家で弁当箱を洗おうとノロノロと布巾を開いていると、何やら紙が入っていました。かなり早く書いたらしく文字が乱れていますが、紙に書かれた文字は先輩の直筆のようでした。私は先輩の字は全て見分けることができるのです。
その紙には弁当の美味しい作り方なる事項が書かれていました。最後の方に、
「後学の為に勉強せよ」
と書かれています。
あの人は家庭科の先生なんでしょうか?
ついでに気付きました。あれだけ、お弁当に文句を言っていたのに、弁当箱は空っぽです。不味くても不味いなりに全部食べてくれたのです。
よくよく考えてみれば、不味いお弁当を無理に美味しいなんて言ってもらって、何の意味があるのでしょうか? そんなのは自己満足であり、甘えです。先輩はそんな甘え切った軟弱な奴が嫌いなのです。先輩が好きなのは心の強い人なのです。私はそうあらねばならないのです。
私は気持ちを新たにしました。これに懲りずに頑張ろうと。
但し、今度、何か手料理を食べてもらう時は、もうちょっとっていうか、ものすごっく頑張ってからにしようと思いました。あんなふうに言われるのはもう勘弁です。
さてさて、時は行きます。時とは止まらないものです。永久に進み続けるのです。
そして、時とは気付いた時は、あっという間に過ぎてしまうものです。
時は春。春は別れの季節です。ついに先輩が卒業してまう時が来てしまったのです。
それまでの一年間、私は常に先輩の側にあり続けました。しかし、2人の関係性は出会った時から何も変わっていないように思えました。いや、事実、そうなのです。
私の先輩から見た立ち位置は妹分ないしはペットのまんまです。これじゃあ、いかんのです。
しかも、先輩は卒業した後、地元を離れてすんげー遠いってわけじゃあないけど、簡単に行くことはできないくらい遠くの大学に行ってしまうのです。
今まで殆ど毎日のように会ってきたのに、これからは全く会えないなんて、そんな哀しいこと嫌なのです。堪えられません。
ですから、私は卒業式に、思い切って愛の告白なんてのをやってみることにしました。そうやって、万が一にも成功したら、遠距離恋愛にはなっちゃいますけど、夢にまで見た恋人同士になれちゃいますし、失敗しても、何かしらのインパクトは与えられるんじゃあないかと思うわけです。
まあ、何事もやらないで後悔するよりやって後悔しろと言いますしね。
そんなわけで、いざ、実行です。
卒業式の終わった後、三年生方が校門前にたむろして記念写真を撮ったり、感極まって泣いたり、話をしたりしている中で、私はいつまでも先輩の近くをうろうろとしていました。
ずばり、告白すべしと決していても、中々、恥ずかしかったり、失敗するのが確実だったりで、いざとなると踏ん切りがつかないんです。だって、女の子だもん。
その目標たる先輩は一人ぼんやり校舎を見上げていました。先輩がぼんやりしていることなんか極めて珍しいことで、先輩は先輩なりに何か感慨深いものがあるのかなと思いました。
何だか、その先輩を見ていると泣きそうになってきました。今まであまり見たことがない先輩の姿とか表情とかを見て、私はまだまだ先輩を知っていないと思い知らされ、それなのに、場合によってはもう二度と会えないかもしれないと思ったら、もう、泣くなっていう方が無理です。
それでも涙を堪えていると、先輩は私に気付き、何と! 何と何と! 穏やかに微笑んだんです! ええ、微笑みましたよ! 初めて見ましたよそんな顔! 先輩の笑ったら嘲笑か冷笑か苦笑しか見たことなかったのに、そんな顔もできんじゃないですか! やればできんじゃないですか! 卑怯ですよ! それ!
もう、一気に私はハートを打ち抜かれちゃいました。そして、私は突撃しました。ずばり、愛の告白の為にです。
先輩の胸に飛び込んで叫ぶのです。
「あなたのことが好きです!!」
と。
行け! 今、行かんでいつ行くか!?
私は先輩の胸に飛び込みました。
さあ、叫ぶぞと思った瞬間、先輩の体がないことに気付きました。
避けられた? と、思い、顔を上げると、先輩が軽トラックに轢かれたところでした。
「「「ぎゃー!!!」」」
先輩と私と軽トラックを運転していたおじいちゃんが声を合わせて叫びました。
私は先輩に駆け寄りました。
「先輩! 先輩先輩! 先輩ー!」
先輩は私を見て言いました。
「や、やってくれたな……」
そして、がくっと意識を失ってしまいました。
「せ、先輩、死んじゃった……」
私は呟きます。
「いやいや、生きとるよ」
側にいた先輩の友人がツッコミました。
その一件以来、私は先輩と会っていません。顔さえも見ていません。もう丸ごと一年以上。
そして、私はメランコリーなのです。
まさか、先輩との最後の思い出が殺人未遂に極めて近いことだなんて。
「はぁ……」
溜息の一つも出ちゃいます。
先輩のいない高校の何とつまらないことか……。
「何さ。コロ。夏休み前だってのに、そんな溜息ばっか吐いて」
私の数少ない友人がモノポリーで一人遊びをしながら言いました。モノポリーって一人でやってて楽しいんでしょうか?
「先輩に会えないのが憂鬱なんです。もう生きていも意味がありません。いっそのこと天国で会うしか……」
「大袈裟なやっちゃなー」
友人は呆れたように言い、眼鏡をくいくい動かしました。
「そんなに会いたいんなら天国で会わんで向こうで会えばいいじゃない」
「向こうって何処ですか? 地獄ですか? まあ、確かに、先輩は天国には行きそうじゃないですけど……」
「ちゃうちゃう」
彼女は手を持ったお札を振ります。
「その先輩がいるとこさ。場所分かるんでしょ?」
「分かりますけど……」
殺人未遂犯たる私はどんな顔して先輩に会えというのでしょう。
「んなもん、一年以上前のことじゃない。それとも、その先輩ってのは終わったことをいつまでもぐちぐち言う人なの?」
「ええ」
私は自信を持って頷きます。先輩はしつこい人です。終わったことだろうが何だろうが後から何度も蒸し返します。
「……あ、そう。……でもさ。ここでぐだぐだ憂鬱憂鬱言ってるよりも会いに行った方が意味あると思うけど」
それはそうですけど。そんな簡単なもんでもないですしー。
「恋なんてもんは単純だよ。好きだ好きだって相手に強く言ってる方が勝ち。何も言わんと黙ってる方は大概負け」
そんな単純なもんでしょうか……。
そう思いながら私は彼女を見ました。
「あー! また所得税かい!? 一体、いくら払えば良いのさ!?」
「……………」
私、何で、この人と友人なんでしょう?
「まあ、恋の悩みならミッチに聞きなさい。あの子はその手の話好きでしょ?」
「あー……。だけど、ミッチは一人で暴走して何か変な方向行っちゃいそうです」
「うん。そーね」
友人はあっさり頷きました。テキトーな人だなぁ。
「まあ、会いに行けばいいさ。あたしはそれが一番だと思うけどねー」
「でも、どんな顔して会えば……」
「笑ってれば良いんじゃない?」
それって一番そぐわない表情のような気がします。
「ほら、だって、笑顔って一番良い表情だって言うじゃん」
そんな単純な。
呆れながらも私は考えていました。
このまま、ここで消し炭みたいに不完全燃焼しているのと、思い切って、先輩に会いに行くのとどっちが良いでしょうか?
行ってみた方が良いような気がします。やらないで後悔するよりやって後悔した方が良いと言いますし。あれ? でも、それで何度か失敗して後悔した気が……。あ、でも、良いのか。結局、後悔するのには変わりないし……。
「でも、お金が……」
私はアルバイトもしていませんし、お小遣いも少ないので、列車賃だけでもギリギリです。宿泊とか食事とかどーしましょう?
「あんた、結局、その先輩のとこに行くんなら泊まっちゃえば良いじゃん」
「ああ、成る程」
目から鱗が落ちた気分です。彼女は単純でテキトーで、それ故に、誰もが見落としがちな近道を見つけるのが上手なのです。
そうです。そのまま先輩のとこに居座れば良いのです。
は! そのまま上手くいけば×××な展開になるやもしれません! きゃー! 恥ずかしいです! でも、先輩が相手なら喜んで!
「ふっふっふー」
「何、その笑い方。変なの」
友人は気持ち悪そうに私を見ます。
しかし、私には関係ありません。私は決めたのです。いざ、先輩に会おうじゃあありませんか!
そうです! 先輩は強い人が好きなのです! 私は強くなろうと決めたじゃないですか! 強い人間は一気にずばっと行動するもんです! いつまでもぐちぐちと考え込んでメランコリーではいかんのです!
「待っていて下さい! 先輩! 私は! 絹坂衣は! 今! 会いに行きます!」
「おいおい、窓から叫ぶなよー。それに、その台詞は某映画の……」
私の心は燃えていました。へっへっへ。この夏休みは楽しいものになりそうです。
厄病女神が寄生する数日前のことだった。
厄病女神の寄生前でした。
読んでみて面白かったと御思いでしたら、厄病女神寄生中も読んでみて下さい。




