恐怖の大魔王の愛する王妃様と哀れな宰相様
ファンタジー短編です。さらっと読み終わると思います。
花々が咲き乱れる草原の中心にそびえ立つは大きすぎるぐらいの真っ白な城
そこに住む"彼ら"のことを考えると、花々に囲まれた環境で、しかも城は真っ白で・・・なんてまるで笑い話のように思える。
だって、そこは赤ん坊から老人まで皆が恐れる魔王様のお城なんですから。
魔王様は今日もご機嫌斜めでした。
広すぎるぐらいに広い執務室の窓から眼下に広がる美しい彩りの花々をまるで親の敵のような眼で見つめます。
美しい花々、真っ白な城・・そんでもって淡いクリーム色が基本色の執務室には似合わないその風貌。
性格の悪さをまるで感じさせない程の真直ぐな髪の毛。
腹黒さが反映されたかのような真っ黒な髪の毛。
永遠に近い寿命の長さがほんの少しだけ反映されたのか、髪は美しい筋肉に包まれた背中の真ん中辺りまでのびていました。
そんな魔王様のお顔といえば、それはもう・・人間界では考えられない程の美形様です。
ここまで整っていたらある意味怖いぐらいです。
魔界は人間界に比べると遥かに造形の整った美しい者がデフォルトですが、その中でも流石は魔王様。
その魔力も造形の美しさも遥かに他者を圧倒しています。
そんな魔王様の後ろ姿を、震えながら見ているのは魔王様に忠誠を誓ってしまった哀れな宰相様。
その哀れな迄の忠誠ぶりのせいで、自分がどれだけ不幸な人生を送っているのか自覚しながらも
それでも忠誠を誓ちゃっている、ちょっとMが入っているのかな、なんて自らの妻に内心思われちゃっている宰相様。
不機嫌度が高めの魔王様が震える哀れな宰相様の方へ振り向きました。
宰相様は「ひっ」と微かに怯えたような声を出しましたが、それは毎度の事なので魔王様は気にしません。
そして、震える宰相様の元まで、カツカツと足音をたてながら威風堂々と歩いていらっしゃいました。
宰相様よりも頭一つ分程背丈のある魔王様が宰相様を睨みつけます。
その時宰相様は気づきました。少し遅かったですが気づきました。
魔王様が我慢の限界を突破したことに。
宰相様は祈ります。魔界の住人なのに天界の神に祈ってしまいます。
"今日こそはアグヌエラ様が魔界に戻ってくださいますように"
哀れな宰相様の祈りが宇宙の彼方程離れた場所にいる神に届くはずもなく宰相様にとってある意味トラウマになりそうな程の体験がこのあと訪れました。
「ジン・・、分かっているな?すでに3日だ。今日こそ"あやつ"を連れて来なければ、私が直々に人間界へと出向く。その時はどうなるか分かっているであろう?」
なんと、恐ろしいことでしょう。言葉だけでも恐ろしいのに、あの魔王様が美しい笑みを見せたのです。
その笑みを見た瞬間宰相様はまたまた気づきました。
アグヌエラの返答次第で自分の命は今日尽きるのだと。
そして、もう1つ気づきました。魔王様が仰った恐ろしい言葉の意味に。
そう、魔王様は仰ったのです。
"直々に人間界へと出向く”と。
宰相様の好青年という言葉がぴったりなお顔から血の気が引きました。
魔王様が人間界へ出向く・・それは人間界の破滅を意味しているのです。
つまり・・・アグヌエラを魔界へと連れてこれなかった場合終るのは宰相様の命だけではなく、
人間界に住む何億という人間達が魔王様の魔力によって一瞬で粉々になるのです。
宰相様は真っ青なお顔で、怖いぐらいの美しい笑みを浮かべる魔王様を見つめます。
「ジュ・・ジュベ・・・ジュベルト陛下・・その・・お言葉は・・っ」
震えすぎてどもりすぎな宰相様の言葉を遮り魔王様が益々笑みを深くし最終通告を無惨にも宰相様に告げました。
「私は嘘は言わない。アグヌエラを連れて参らなければ・・・」
今度は宰相様が魔王様のお言葉を遮りました。
いえ、実際には聞くのが恐ろしすぎて逃げました。
泣き出しそうなお顔をしながら、人間界へと転移された宰相様。
誰も居なくなった執務室で魔王様は、それはもう美しく微笑みます。
「アグヌエラ・・・俺から逃げる事は許さん。」
時は遡ることたったの3日前。
魔王様の重すぎるぐらい深ーい愛に疲れすぎたアグヌエラ。
彼女は逃げました。
何でも完璧すぎるほど完璧な魔王様。
そんな彼のある意味唯一の弱点は大きすぎる魔力のせいで人間界に行けないということ。
そんな弱点を見事についたアグヌエラ・・いえ、王妃様の逃亡計画は大成功したのです。
人間界へと転移する前夜、王妃様は仰いました。
「ジュベルト!あなたのその怖すぎる程の愛には疲れたの!数日の間1人にしてちょうだい!」
魔王様にぴったり釣り合う程の美貌の王妃様。
そんな王妃様は美しい金色の髪を靡かせ、魔王様に直談判致しました。
ですが、そんな王妃様を魔王様は怖いぐらいの愛情がこもった眼差しで見つめると、怖すぎる程の愛の言葉を仰いました。
「アグヌエラ・・・お前がこの私から離れようとした瞬間、私はお前を殺すよ?
そしてその美しい身から滴る赤い血を一滴残らず我が身へと・・・」
「きゃああああ!やめてえええ!それ以上は一言も言わないでっっっ!!!!」
王妃様はお顔を真っ青にし、魔王様の口を美しい手で塞ぎました。
「貴方は本当に怖すぎるのよ!!ホラーすぎるわ!ホラーよ ホラー!!」
震えながらも気丈に魔王様を怒鳴りつける王妃様に魔王様はとろけるほどの笑みを浮かべました。
自分の口を覆う王妃様の手を優しくとると、その指先に口づけを落としたあと、そのまま王妃様の指先を少しだけ噛みました。
「いたっ!」
そんな魔王様の行動に王妃様は慌てて手を引っ込めます。
「アグヌエラ、私以外にお前を愛する者はいない。お前の愛する者も私以外いない。そうであろう?」
じりじりと王妃様に近寄る魔王様。王妃様はといえば、反対にじりじりと魔王様から離れます。
「そ、それはっ・・私に誰かがちょっとだけでも恋心を抱いた瞬間に、貴方が殺すからじゃない!今迄だって何人殺めたかっ!
そ、そうしたら私が愛する事を許されるのは貴方しかいないじゃない!」
何故かちょっと頬を赤く染めながら王妃様は懸命に反撃します。
「ほう。では、お前はこういうのか?もし私がお前を愛する気持ちを持った者を殺さなければお前はその者を愛すと。」
魔王様のとろける程甘い笑みが、今では凍える程怖い笑みに変化した事を王妃様は気づきました。
冷や汗が背中をつたった王妃様は慌てて弁解なされました。
「ち、違うわ!それは断じて違うのよ?ね?いい?ジュベルト?ちょーっと落ち着いてね?」
時既に遅し。その晩、王妃様は泣く程愛されました。
そして翌朝。
大きな寝台から起き上がった王妃様は節々が痛む己の体に顔をしかめました。
そして悶々と考えました。
「・・このままじゃあの人の怖すぎる愛に殺されるっっ」
「わ、私だって愛してるけれど、でもっっちょっとこれじゃ体がもたないのよっ」
「だってだって・・・」
「うううううー」
惚気か告白か怯えか何か?的な事をぶつぶつと一人呟きながら王妃様は覚悟したのです。
そして覚悟した瞬間から実行するまでがあっという間でした。
迷いなどありませんでした。
魔王様のいらっしゃる執務室へと一瞬で転移した王妃様は、魔王様が王妃様に気づき近寄ろうとした瞬間に爆弾を落としました。
「私人間界にいってきます!探さないでください!ちょっとしたら戻ります!さらばっ!」
そして消えました。言い逃げです。だって怖すぎたのです。
一息着くこともなく一瞬で言い切った王妃様の言葉の途中、すでに魔界の破滅を予期する程のオーラを出していた魔王様が怖すぎたのです。
その場に残されたのは不機嫌なんていう言葉じゃ足りないほど不機嫌度MAXな魔王様と、
自分の不幸すぎる人生をのろった可哀相な宰相様でした。
そして王妃様が人間界へ逃亡してから今日まで、魔王様は執務室から一歩も出る事も、食事をとることもなく、ずーっと執務室の窓から外を眺めていました。
王妃様が去ったあと、魔王様はゆっくりと口を開きました。
「ジン、今すぐ人間界へと出向きアグヌエラを連れ戻して参れ。」
宰相様は魔王様からのご命令に即時に従い、人間界へと転移しました。
ですが・・相手は"あの"魔王様に溺愛されているアグヌエラです。
一筋縄ではいかないのです。
泣き崩れ懇願しても、地面に頭をつけ、人間界でいう土下座をしてまで懇願しても、アグヌエラの答えは一言「嫌!」だけ。
毎回毎回、アグヌエラから「嫌!」という返事をもらい魔界に戻る毎に宰相様の生気は少なくなっていきました。
そして今日、宰相様の生気はアグヌエラの返答によってついに消え去るかもしれないのです。
人間界のある国のある町のあるレストランでは、笑顔満載でケーキを食べているアグヌエラと、
その足下で、泣きながら必死に自分の命の危機と人間界の危機を伝える宰相様の姿がありました。
そんな対照的な二人を店員や客らは遠巻きに見つめていました。誰も一言も口を開きません。
宰相様の言葉に人間達はみな「ドラマの撮影?それとも精神科から脱走してきた?」なんて失礼な事を考えています。
あの手この手をフルに使って王妃様を説得している宰相様を華麗に無視した王妃様は、今度はパフェを追加注文いたしました。
怯えるような表情を浮かべる店員によって運ばれて来た大きなストロベリーパフェに
嬉々としてかじりついた王妃様に宰相様はついに壊れました。
「アグヌエラさまああああああああ!どうかご慈悲をおおおおお!」
泣きながら、いえ、泣き狂いながら王妃様の足にしがみつき叫びだしたのです。
壊れだした宰相様に王妃様は、ひきました。
ざざーっと・・ひきました。
「ちょ、ちょっと・・ジン・・怖いんだけど」
どん引きした王妃様は食欲が萎えました。
食欲を失っても、パフェへの未練がちょこっと残った王妃様でしたが、ちょっと怖い宰相様の姿にパフェを諦める事を決意したのでした。
「わかった!わかったってば!もうっっ帰るよ!帰ればいいんでしょう!」
そんな王妃様の言葉を聞いた瞬間、宰相様はぴたりとキレイさっぱり泣き止みました。
そして無言で立ち上がると、満面の笑みを浮かべ王妃様を見やりました。
「それではっっすぐに戻りましょう!」
こうして、魔界へと戻って来た王妃様と宰相様。
執務室で王妃様の気を感じ取った魔王様が窓の外から視線をそらし執務室の中央を見つめます。
そしてその瞬間王妃様と宰相様が現れました。
自分を痛いほど見つめる魔王様に気づいた王妃様は、その瞬間「ひっっ」と恐怖に締め付けられたようなお声を出しました。
そして王妃様の隣で満面の笑みを浮かべ、魔王様の命令を遂行したぞ!と自信満々だった宰相様も魔王様のお顔を見た瞬間フリーズしました。
カツカツ、と音をたて近づいてくる魔王様。
足音がまるで地獄に落ちるまでのタイマーのような気持ちになる王妃様と宰相様。
王妃様の前に立った魔王様は恐ろしぐらい美しい笑みを浮かべ言いました。
「私から逃げたらどうなるのか、その身をもって分からせよう。」
そう仰った瞬間王妃様の体を締め上げる程きつく抱きしめました。
恐怖に身を固める王妃様のウェーブがかかった美しい金髪に口づけを落とした魔王様は、その瞬間、眼をカッと見開いたのです。
そしてそっと王妃様から離れると、隣に立ちすくんでいた宰相様に視線をよこしました。
「ジン・・」
地響きが聞こえてくるかのような低温で宰相様のお名前を囁いた魔王様。
宰相様は哀れなほど震えながら魔王様に向き合います。
「は・・はいっっ」
声が裏返るほど恐怖にかられている宰相様に残酷なまでに美しく冷酷な魔王様が温かいお言葉をおかけになりました。
「よくアグヌエラを連れ戻してくれた。お前に一つ贈り物をしよう。」
そんな魔王様の言葉にあっけにとられた宰相様は「え?」と間抜けなお声をお出しになりました。
ですが、魔王様の次のお言葉で宰相様のお声は悲鳴へと変わったのです。
「私のモノに触れた罰をお前の身が滅ぶ迄与えよう。」
小さい頃から一途に魔王様に仕えた宰相様を殺すことは、流石の魔王様もなされませんでしたが、
危うく死ぬ一歩手前まで罰を与えられた宰相様の心境を思うと、
その罰がどういったものだったのかまではお教えできません。
さて、それから魔界がどうなったのかというと、一つ暗黙のルールができました。
"男は王妃様を見るな、触るな、話しかけるな"
流石に無理な場合も多々あるのですが、皆頑張って己の身を守ったのでした。
突発的に書いた短編でしたが、すっごく楽しかったです