幼い恋
ティーシャレンファンは魔術師だ。それも力ある高位の。しかし、天は二物を与えたりはしなかった。彼女は今年25才になろうというのに、未だに13才位にしか見えなかったのである。
子供の頃は大きくなったら美人になるねーと言われて育った。月の色を思わせるプラチナブロンドにスミレ色の瞳、零れ落ちそうな目に桜色の唇、薔薇色の頬とくれば誰もが羨む組み合わせだった。ちやほやされて育てられた割には素直で屈託なく育ったと思う。
しかし、異常はすぐにあらわれた。ティーシャレンファンは成長するのがとても遅かったのだ。そして13才の春。彼女の成長は永遠に止まった。胸は微かに膨らんだ程度。救いは月の障りがある事だがこんな25才誰も相手にしない。そういう意味で近寄って来るのは年を召された変態そうなオジサマだ。
年頃になれば恋もした。でも相手にされないのが分かっていたから友人のままでいる事が多かった。頑張って告白した事もあったが、相手にとっても困った顔をされる事が常だった。『ごめんねティーシャ。君の事そういう風に見れない』それが相手の決まり文句。そりゃそうだ。子供にしか見えない自分と恋人のように歩いたら騎士団に通報されてしまう。変質者として。
だからティーシャレンファンは自分は結婚できないんだろうなぁと思っていた。
「ティーシャレンファン僕と結婚を前提にお付き合いして下さい」
そう言ってきたのは15才の少年で公爵家の三男坊。蜂蜜色の髪に少しきつめの青い瞳。将来はきっとお嬢様がたに騒がれるであろうその容姿。お互いの年齢差を考えなければかなりの優良物件だ。
「………ごめんなさい。わたし25才なの。………流石に年齢が離れすぎてるわ」
信じて貰えないかもしれないけどと、見た目13才のティーシャレンファンは勇気を振り絞って言ってみた。
「知っています。失礼だと思ったのですが少し調べたので…………あなたは覚えてらっしゃらないでしょうが、僕は以前あなたが道端で倒れていた流行り病に伏した老婆に治癒の術をかけてらっしゃったあの場にいたのです。一目ぼれでした」
キラキラとした瞳で訴えられればその純粋な気持ちに胸が痛くなった。けれど。
「アースレイド様、では私は13才の年から成長していない………それも御存じでしょう?」
「はい」
「アースレイド様は今15才とお聞きしました。今は良いでしょうですが、あなたが大きくなられて………例えば今の私のご年齢になったとして………果たして13才に見える妻を望まれるでしょうか?」
15才の自分の感覚と、25才になった時の感覚は違うと思いますというとアースレイドは哀しげに目を伏せた。
「子供の私の言葉では信用できないのですね。では僕はあなたの信頼を勝ち取れるようにします」
そういうとアースレイドは怒ったように踵を返して行ってしまった。ティーシャレンファンは少し寂しい気持ちになったもののアースレイドの為には良かったのだとそう思った。過去にもこう言った幼い告白をされた事のある身としてはなおさらだった。彼らは成長すると一様にティーシャレンファンへの熱を忘れた。淡い初恋の思い出にかわるのだ。
あれからアースレイドはやってこない。きっと諦めたのだろうとティーシャレンファンは思った。
何年か経ち、風の噂でアースレイドが騎士団に入った事を知った。年月は雄弁に彼を一人の男として成長させたようだ。王太子殿下と人気を二分する美青年に成長したらしい。風は時々アースレイドの噂を運んできた。馬上試合で優勝したとか、末の王女ユリアナ姫が御執心らしいとか。ティーシャレンファンはそれらを微笑ましく聞いていた。最後に少年が見せた意志の強い青い瞳を思い出しながら。
また何年か立った頃、風の噂でアースレイドが天馬騎士団の団長に抜擢されたと聞いた。若いながら有能でユリアナとの婚約も近いのではないかと風は運んできた。そんな秋の頃だった。35才になったティーシャレンファンが庭の手入れをしていた時にその声はした。
「良く手入れされた綺麗な庭ですね」
掛った声は低く、甘く囁くようにその場に響いた。
顔をあげれば記憶の中にある青。背はもちろん伸びた。がっしりとした体躯にはあの時の少年の面影はない。髪の色は濃くなり、ただ、その瞳だけがいつまでも変わらぬ熱を孕む。
「約束を果たしに来ました」
驚くティーシャレンファンの前にあの時の再現のようにアースレイドがが立つ。
「………ティーシャレンファン。僕と結婚を前提にお付き合いして下さい」
それは、あの時と同じ言葉で………。
「僕はもう25です。あの時のあなたと同じ年になった。気持ちは変わりません。いや、この年になるまで会わぬと誓った分だけ想いは深くなった」
少し緊張した面持ちでアースレイドが言う。
「でも………ユリアナ姫と婚約間近と聞きました………」
「あれはっ!!!違います。そもそもユリアナ姫は来年、東国のザイオンに嫁ぐ事が決まっています。僕が好きなのは………いや、愛しているのは15の時からあなただけです」
きっぱりと言い切られればティーシャレンファンの頬に朱が昇った。自分でも信じられないくらいに頬が熱い。
「それでも、僕は信じてもらえないだろうか?」
ティーシャレンファンの為だけに捧げた10年。その重さ、その輝きにティーシャレンファンの心臓がトクトクと早鐘を打つ。
「………いいえ………その、正直驚いてしまって………」
「すぐに結婚してくれとは言いません。ただ結婚を前提に………僕をあなたの傍に居させて下さい」
後はただもう頷くしかなかった。
嬉しそうに微笑むアースレイドはティーシャレンファンを抱きしめそっと口付を落とした。
甘酸っぱいのが書きたくなってこうなりました。
私は年の差とかが好きみたいです。
今回はティーシャレンファンの方が年上ですが。
この後二人は結婚して子供にも恵まれ幸せに暮らします。