転生者悪役令嬢のモブ妹 ラノベ奉納で女神のお気に入りになりました
「わたくし! 悪役令嬢だったの!」
ある昼下り、家族でのんびりお茶をしていた時、姉のシルビアが突然カミングアウトしてきました。
姉は前世の記憶を持っていて、この世界は前世のゲームの世界だというのです。
シルビア・フォースター
フォースター公爵家長女
エルステラ王国の第二王子 ジョルジュ殿下と婚約
しかし、15歳で貴族学園に入学すると、第二王子は聖女候補の男爵令嬢と懇意になる。
男爵令嬢は、男爵の庶子で学園入学間近になって父親である男爵に引き取られるまでは、平民として育った。
貴族のマナーが身についていないせいか、婚約者がいる男性に対して距離が近く、同級生などから指摘を受けてもなかなか改善しない。
ジョルジュ殿下にまで、馴れ馴れしいので、注意したら、男爵令嬢に嫉妬して嫌がらせをしていると言われるようになった。
最終的に、卒業パーティーで婚約破棄宣言をされ、聖女候補の男爵令嬢を虐めた罪で、シルビアは、国外追放、と、なるらしい。
「わたくし! 怖いんですの! 何をしても国外追放されそうで!」
シルビアお姉様が、両手で顔を覆いシクシクと泣くと、お父様もお母様もお兄様も悲しそうに眉毛を下げます。
お母様がシルビアお姉様の肩を抱きます。
「何てこと! 可哀想なシルビア!」
お父様がシルビアお姉様の髪を撫でます。
「シルビア、心配いらないよ。私が必ず何とかするから」
お兄様は、シルビアお姉様の周りをウロウロしています。
「シルビア、僕が守るから心配するな」
「うう……、ありがとう。私の言葉を信じてくれて。変な夢でも見たんだろうって言われてしまうかと、思ったわ」
「何を言うの? シルビアのいう事なら信じるわよ」
「そうだぞ、シルビア」
「僕だって信じるぞ」
お父様もお母様もお兄様も、シルビアお姉様に前世の記憶があろうと、態度を変えたりはしないようです。それ自体はとても良い事ですね。
しかし、問題があります。
シルビアお姉様が行くはずだった「王宮お茶会」に、私がシルビアお姉様の代わりに出席すれば良い、と言うのです。
「……明日の王宮お茶会って、第二王子殿下の婚約者を決める会ではなかったですか?」
「だから、シルビアの代わりに、ルミアナ、お前が行けと言ってるんだ。話を聞いていたか?
シルビアが行くと、婚約者に選ばれてしまうかもしれないんだぞ」
「……でも、もし、私が選ばれてしまったら……」
「姉が困っているのに、助けようとは思わないのか! そんなに冷たい娘だったとは」
「ルミアナ、お姉様を思いやる気持ちはないの?」
「ルミアナは冷たい事だったんだな!」
両親と兄が私を責めます。シルビアお姉様は、ウルウルした目をこちらに向けていますが、何となく余裕の表情に見えます。
いつもの事です。
我が家は、シルビアお姉様中心なのです。
王宮で開かれる予定の第二王子殿下が出席するという茶会に、シルビアお姉様の代わりに私が出席する事になってしまいました。
お父様もお母様もお兄様も、もし、私が婚約者に選ばれてしまって、お姉様が前世の記憶として語ったような展開に、私が巻き込まれても良いという事なのでしょうか。
初めて公の場に出ると言う事になって、支度を請け負う侍女達に気合いが入っています。
しかし、私は侍女達の手を止めて言います。
「なるべく目立たないようにして。お姉様の代わりに出席して、もしも選ばれてしまったら、お姉様が傷つくかもしれないわ」
「まあ、お嬢様……、お優しい……」
侍女が涙ぐみました。
とりあえず、お茶会に「張り切った格好」で行く事は回避しました。
急に出席しろ、と言われたので特別なドレスなどは持っていません。
手持ちのドレスから無難そうなものを選びます。
地味だけど、公爵令嬢としての品は保っている感じにまとめ上げました。
実際にお茶会に参加してみると、色々圧が強かったです。
王宮お茶会は、十二歳の第二王子殿下の年齢に合わせて十二歳前後の令嬢を集めているのです、
私は十歳。十二歳のお姉様の代わりに出席しましたが、周りも十二歳前後のお姉さんばかりです。みんな、王子殿下に選ばれたいのかギラギラしています。
目立ちたくはないので、地味で埋もれるのは狙い通りなのですが、姉の代わりにこんな席に出席させられた事が腹立たしかったです。
王宮お茶会では第二王子殿下は、ラフィン侯爵令嬢と話が合ったらしく、婚約が決まりそうとのこと。
メデタシメデタシの筈ですがお茶会から帰ったら、婚約者候補に選ばれなかった事を責められました。
「ルミアナは選ばれなかったのか」
「シルビアが行ったら、選ばれたでしょうに」
「やっぱりルミアナでは力不足か」
「ああ、わたくしが行けなかったから。シクシク……」
何なのでしょう。無理矢理行かせておいて。そもそも、選ばれてしまって、将来断罪などされる方がフォースター家だって困るでしょうに。
……何となく見えてきました。家族は姉に「激甘」です。姉の為だと冷静さを欠いている言動も見られます。こう言った「激甘」環境が、姉を将来「悪役令嬢」と呼ばれるまでにさせたのではないでしょうか。
王子殿下との婚約を回避したとしても、「ヒロイン」の男爵令嬢が気に食わなかったら、何かするかもしれません。
根本解決になっていませんね。
根本……、ですか……。
ふと、思いついた事があったので、実践したいと思います。
翌日、私は教会に向かいました。お祈りをする為です。寄附金を渡して、女神像の真ん前に陣取ります。綺麗な布で包んできた「冊子」を奉納して祈ります。
『この世界がゲームの世界ということは、女神様はきっと、ラノベ作品などもお好みではと思い、持参いたしました。私はゲームはした事はございませんが、原作小説には目を通しておりました。
もし、よろしければ、こちらの作品もお楽しみいただければ、と思います』
キラリ
光の反射でしょうか。女神像が輝いたように見えました。
私の声が届いたかどうかは、分かりませんが「神頼み」の領域です。祈り続けるしかありません。
女神様に祈る目的は、「強制力」というものをなくしていただく為です。
「強制力」は、物語の通りに現実を推し進めようとする力です。
今、お姉様が王子殿下との婚約を回避しても、またすぐに婚約を推し進められたり、回避出来たと思ったら卒業パーティーで突然断罪されたり。そんな「強制力」を発動しないようにしていただきたいのです。ラノベを奉納しているのは「他の物語もあります」と示す為です。
それから、私は、可能な限り毎日教会に祈りに行きました。そして、新しい作品が出来たら奉納しました。
言い忘れておりましたね。私は前世ではラノベ作家をしていたのです。この世界の原作となった物語は他の作者の方が作ったものです。私は嫌なのです。自分の作品以外の物語に振り回される人生など。
神頼みばかりではいられません。私は執事のリヒトに頼んで、お祖父様に連絡を取りました。お祖父様は元公爵で、今は公爵は引退していますが、商会の会長をしています。
お祖父様の商会が出版社にも出資しているはずなのです。
「ほう。本を出したいと? ふむ、そうだな。一冊位は、出してやろう」
「もし、売れたら、もっと出版したいのです」
「そうか、そうか。まあ、頑張りなさい」
お祖父様は孫には結構甘い面がありますが、基本的には利益重視の方です。継続的に出版するなら、一冊目を売らないといけません。
何とか、一冊目の書籍の出版まで果たした私は、発売したばかりの本を持って劇場に向かいました。
劇場のスタッフの控え室。ここまで入れるのも、お祖父様のコネです。他力本願ばかりですが、今は仕方ありません。
「ほほう。お嬢様の作品ですか……」
脚本家のジャンジャックさんは、最初はちょっと困ったような媚びるような複雑な表情をしていました。何しろお祖父様のコネを使って、脚本家の方にアポをとり、作品を舞台化しないか、と持ちかけているんです。十歳の子供が。
コネがなければ、相手にするどころか、アポも取れません。
しかし、出版したばかりの書籍と、ノートをパラパラとめくるうちに、ジャンジャックさんの表情に変化が見られました。ページをめくる速度も上がっています。
顔をあげて、私をじっと見つめました。
「これを、君が……?」
「はい。いかがですか?」
「素晴らしい! 今までにない発想! 行けるよ!」
前世の記憶から、舞台化した場合の演出のアイデアなどのメモもお渡ししたのです。そのおかげか分かりませんが、作品の舞台化の話はとんとん拍子に進みました。
私が原作を書いた物語の舞台は人気となり、書籍も売れました。書籍は、こちらの世界ではまだ高価なものなので、大量に売れるのは稀らしいのですが、売れ行きは好調です。舞台化は本を読まない人にも気軽に物語を知っていただく良い手段です。
一冊目の書籍の売れ行きが好調なので、お祖父様から二冊目以降の出版が許可されました。順調です。
続いて二冊目、三冊目とドンドン出版していきます。もちろん、出版した書籍は女神様にも奉納します。
出版する際、私の本名は伏せています。
家族もお祖父様以外は知りません。もっとも、私に関心を寄せていれば気づいたかもしれませんが。
出版し始めてから、はや二年。私の作品の売れ行きは好調のようで、私のペンネーム、「レディーエル」という名も、街のカフェなどの話題に上がるようになりました。
ある日、出版社に顔を出すと、見慣れぬ男性の姿がありました。銀縁の眼鏡をかけていて、かなりのイケメンです。
「君がレディーエル? 思ったより……、小柄だね」
「レディーエルです。……初めまして」
出版社の中でも、私の事をご存知の方は限られています。他に知られないように配慮いただいているのです。
それなのに、いきなり、現れた。恐らく私の本名や家の事などもご存知でしょう。
それでいて、軽い口調で話しかけてくるのですから、恐らく身分が高い方ですよね。
私は警戒しつつ、なるべく態度に出さないようにします。
「ああ、僕は、クラーク・ジョルディオ・エルステラ。見聞を広める為に、少し前から、ここでお世話になっているんだ」
「……王弟殿下……」
「おや、知ってたのかい? ルミアナ・フォースター公爵令嬢」
名前と年恰好で男性の正体がわかりました。
国王陛下の末の弟殿下で、最近、学園を卒業されたはずです。なるほど、学園卒業後の身の置き場所として、この出版社を選んだという事ですか。
「……ここでは、レディーエルとお呼びください」
「ああ、そうだったね。……じゃあ、ここを出たら何て呼べば良い?」
「……ルミアナと……」
「ルミィと呼ぶのはダメかな?」
「構いませんが……」
「じゃあ、ルミィと呼ぶよ。ルミィはまだ幼いのに、しっかりしているね」
結局、王弟殿下は、ここでも、私の事は「ルミィ」と呼ぶ事にしたようです。
「……王弟殿下は……」
「ああ、僕のことは、ルディと。ルディとルミィってちょっと似てるよね」
「……王弟殿下は、どのような「ルディと」」
「……ルディ様は、私に何かご用でしょうか?」
「うん、売れっ子作家にちょっと聞いてみたい事があってね」
私が「ルディ様」とお呼びしたら満足したのか、ルディ様は満面の笑顔を見せました。
「……聞きたいこと、とは?」
「作中に『浮気者のクズ王子』が、かなりの頻度で出てくるんだけど……」
ドキッと、心臓が跳ねそうになります。相手は王族です。文句を言いに来たのでしょうか?
「……不敬でしたでしょうか?」
「いや、実在の名前を使っているわけじゃないし。あー、怖がらせちゃったらごめん。単なる興味だよ。
誰か、モデルになるような『クズ王子』がいたのかなって」
どうやら、王族の中に実際に「やらかし」をした人物がいないかを気にされているようです。
「……いいえ。今は居ません」
「今は?」
「いつか……、例えば『聖女』のような存在が現れたら、心惹かれるような事があるかもしれませんね」
「『聖女』? 君は、この国の『聖女伝説』の事を知っているのかい?」
ルディ様は驚いた様子で声のトーンを落としました。
「『聖女伝説』は機密なのですか? 絵本も発売されていますけど」
私はチラリと、書棚に目を向けました。出版社の応接室の書棚には、立派な装丁の本が並んでいるのですが、その中に、『聖女様があらわれた』という豪華な装丁の古い絵本もありました。
「……ああ、伝承レベルでは確かに、広まっているな……」
「伝承レベルでは」とおっしゃったという事は、王家では、もっと具体的な情報を持っているという事ですね。
となると、もうすぐ「聖女」が現れる、ということもご存知なのでしょうか。
そう、原作小説では、確か、そろそろ「聖女」が現れる頃なのです。
姉シルビアが現在十四歳。来年、十五歳で貴族学園に入学します。
その時、ヒロインの男爵令嬢は「聖女候補」として入学してくるのです。
確か、「聖女がこの国にいる間は、豊穣と平和(魔獣が襲撃してこない)が訪れる」という、神託が来るのです。
それで、聖女を探すという動きになるわけですが、もう神託が降りているのでしょうか。
私が知っていると不自然なので、余計な事は言わない方が良いですね。
「では、聖女をイメージした?……その割には……」
ルディ様が何だか納得いかないように呟きました。私の作品について何か意見があるようです。
「何でしょうか?」
「……いや……。君の物語に登場する少女は、『マナーを弁えない』『婚約者がいる男性にベダベタする』『文句を言われると、虐められたと泣く』など、『あざとい』女性像が多いと思うのだが、『聖女』をそんなイメージで考えているのかと」
「演出ですよ。舞台では、極端な性格の方がウケるのです」
「そうだったか……」
ルディ様はなかなか鋭いというか、私の作品をちゃんと読んでくださっているようです。
私の作品は、度々、「浮気者王子はクズ」、「婚約者の居る男性に近づく令嬢はあざとく、品がない」などをテーマに盛り込んでいます。
これは、実際に「ゲーム本編」とやらが始まる前に、人々の認識に浸透させる作戦で、わざとそうしているのです。
「貧乏貴族の令嬢が王子に見そめられて」といったような、夢ある展開も書こうと思えば書けますが、姉が無事に卒業する頃までは、封印です。
お花畑を育成するつもりはありません。
私が質問に答えたらルディ様は納得されたご様子で帰られました。何故かお食事に誘われましたが、急ですし、ご遠慮しておきました。
それから暫くして、姉シルビアが、久しぶりに騒いでいるのを見ました。
「ああ! どうしましょう! 遂に聖女が現れたみたいなの!」
頭を抱えて、半泣きです。すぐにお母様が駆けつけて、シルビアお姉様を抱きしめました。
「ああ、シルビア。可哀想に、こんなに震えて」
お母様がシルビアお姉様の髪を優しく撫でます。
どうやら、未成年の女性を対象として、「聖女判定の儀式」を行うと国から通達があったのだそうです。
シルビアお姉様からすると、「いよいよヒロインの登場」とお考えになったのでしょう。
お父様が国からの「聖女判定」の通達書を手にやってきました。
「通達によると、未成年の女性は全員対象だよ。シルビアが聖女に選ばれるかもしれないよ。シルビアは可愛いからなあ。ハハハ」
「そうね、シルビアなら聖女にピッタリよ」
「そうだよ。シルビアが聖女に選ばれたらどうしよう。可愛い妹に会えなくなってしまうのかな」
「まあ、お父様達……。ふふふ……」
お兄様もやってきて、「もしシルビアお姉様が聖女だったら」の話で盛り上がっています。シルビアお姉様も満更ではなさそうです。
私も「判定対象」ではあるのですが、誰もそこには触れません。まあ、触れられても面倒なだけですけど。
「聖女判定の儀式」は、次の週末に行われる事になりました。お母様は、シルビアお姉様のドレスを急遽新調するなんて言い出しました。
そんな必要あるのでしょうか。
「だって、『聖女判定の儀式』には出版社から取材も来るらしいのよ。シルビアはきっと注目されるわ!
恥ずかしい格好はさせられないじゃない!」
お母様はそう言いますが、気合い入れ過ぎた衣装にならない事を祈ります。
侍女がワクワクした様子で、私の当日のドレスはどうするかを訊いてきました。華美にならないものと、リクエストしたら残念そうでした。もしかしたら、我が家だけでなく、貴族家はみんな張り切っているのかもしれませんね。
飾り立てているのが我が家だけでないなら、問題なさそうです。
「聖女判定の儀式」のドレスの話が家族のなかったで長引きそうだったので、先に部屋に戻り、執筆活動の続きを始めました。
ガリガリと次の作品を執筆していたら、集中し過ぎて注意散漫になっていたのでしょうか。
インクが滲んで来たので、新しい羽根ペンに取り替えようとしたら、うっかり羽根ペンの先で指を傷つけてしまいました。
「痛!」
ハッとして、指先を見た時、指先にキラキラしたものが集まってくるのが見えました。そしてスーッと傷が消えていきました。
「え⁈」
私は驚愕しました。私は治癒魔法など持っていないのです。治癒魔法は、神官が使う魔法です。
「まさか.…」
翌朝、私は普段より少し早く教会を訪れました。可能な日は毎日教会に通っていますが、どうにも落ち着かなかったから早めに来てしまいました。
女神像の前で祈りのポーズをしつつ、女神様に問いかけてみます。
『女神様、まさかと思いますが、私が聖女に選ばれてしまったんでしょうか。それは困ります!』
《……でも、貴女が一番のお気に入りなの》
『!! ……取消す事は出来ないのでしょうか?』
初めて女神様が答えてくださいました。でも喜んでいられる状況ではありません。
《無理よ。もう決めてしまったもの。居るだけで生涯、周囲に豊穣と平和が約束されるのよ。修行なども必要なし。貴女に損はないと思うけれど》
『それ自体は大変有り難い事ですが、周囲の扱いが怖いです!教会に閉じ込められるかもしれません。そうなったら、……ラノベも書けなくなります!』
《まあ……、それは困ったわね……。わかったわ。周囲にバレないように、してあげる。『聖女判定の儀式』も私が適当に誤魔化して、おくわ》
『ありがとうございます!』
《ウフフ……。いつか貴女を『ラノベ神』として、迎えたいわ。それではね……》
『……何ですか? ラノベ神って?』
《……》
最後の質問には女神様は答えてはくれませんでした。しかし、約束通り、「聖女判定儀式」で、私の順番の時、何も起きませんでした。勿論、シルビアお姉様の時にも、判定の水晶玉は反応しませんでした。
お父様達がシルビアお姉様を慰めていました。
「惜しかったね……」
「シルビアが選ばれると思ったのに」
「次があるかもしれないよ」
「次」などないと思いますが、「聖女」が見つからなかったら、また判定の儀式をするのでしょうか。その時も女神様に誤魔化して、貰いましょう。
判定の儀式だけでなく、治癒魔法も自動で発動しないように調整してくれたようで、私が「聖女」である事はバレないまま、無事にシルビアお姉様が、学園を卒業する日を迎えました。
王子殿下は、最初のお茶会で婚約者候補となったラフィン侯爵令嬢と婚約し、他の女性に目移りする事なく卒業式を迎え、卒業後すぐご結婚されるそうです。
私の作品が影響を与えたかは、分かりませんが、「浮気者はクズ」という考えが広まり、学園内で、少しでも浮ついた行動を取ると非難の目を向けられる風潮らしく、卒業パーティーで、婚約破棄宣言なんて、気配すらしません。
ピンク髪の男爵令嬢が、どうやら「ゲーム世界」のヒロインだったようなのですが、入学早々に王子殿下に近づこうとして、大顰蹙を買い、他にも婚約者がいる高位貴族の男子生徒にも絡もうとしたりして、父親である男爵まで呼び出されて注意を受けたとか。
髪色が珍しいから最初は「聖女候補かも?」という噂もあったそうですが、「聖女」として覚醒する兆候もなかったので、今はすっかり「一般の男爵令嬢」として、過ごしているようです。
私も食堂で見かけた事がありますが、女子生徒のお友達と一緒にゲラゲラ笑っていましたので、それなりに楽しくお過ごしのようでした。
「婚約破棄劇場」もなく、無事平和に卒業パーティーを終えたわけですが、シルビアお姉様は何故かご不満の様子です。
「どうして何も起きなかったの⁈
ラフィン侯爵令嬢が婚約破棄されるのかと思ったのに!
こんな事なら、私も早く婚約者を見つければ良かった!」
「シルビア、心配しなくても婚約相手はすぐに見つかるよ」
「そうよ。私達のシルビアだもの」
「そうだよ! きっと大丈夫さ!」
シルビアお姉様は、婚約破棄を恐れて卒業式を迎えるまで誰とも婚約しませんでした。婚約の打診を断り続けていたのですが、最近送られてくる釣書の数が少なくなって、何だか焦っている様子です。
それでも、釣書はゼロではないのですから、そのうちきっと良い相手が見つかるでしょう。
「……それで? 君はいつ、僕の申し込みを受けてくれるんだい?」
出版社に行って業務的なお話しが終わった後、ルディ様が私を見つめて言いました。
先日から、ルディ様から婚約の打診を受けているのです。
私の婚約者もまだ決まっていません。シルビアお姉様の婚約が決まっていないからです。
ルディ様が、まだ婚約者がいないのは意外だったのですが、王位継承権に影響するから、第一王子に男子が生まれるまで、控えていたのだそうです。
だからと言って、私に婚約を申し込むとは……。
「ねえ。今度、公爵家に挨拶に行ってもよいかな」
「困ります。まだ、お受けしていません。……それに、シルビアお姉様に、『相手を代われ』と言われてしまうかも……」
「おや……」
私が苦し紛れに言うとルディ様は目を細めました。
「それってさ。『相手を代われ』なんて言われたら嫌だって事、だよね?」
「……」
ルディ様に指摘されて私は何も言えなくなりました。耳が熱いです。
「大丈夫だよ。僕はこう見えて王弟だよ。『交代』なんて、失礼なことはさせないよ」
ルディ様が私の手の上にそっと手を乗せました。体温が伝わってきます。頬が熱いです。
「それに……。『浮気者はクズ』、だろ?」
ルディ様が長い睫毛でウインクをしました。
その後、ルディ様が、我が家に婚約の挨拶に来ました。シルビアお姉様がリアルに地団駄を踏んでいたのですが、それは見ないふりをしておきました。




