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短編小説

宮廷魔法少女、強すぎて結婚できないので、婚約者にわざと敗北した結果

作者: 久遠琥珀

 スターフェリア王都の午後、宮廷魔法少女セラフィーナ・ヴェルデミリアは華やかな宮廷サロンで、またしても同僚たちの幸せ報告を聞かされていた。


「あの騎士様、本当に素敵だったの!」


 十七歳の魔法少女エミリアが頬を染めて語る。彼女の胸元で輝く蒼い宝石――変身の証――は、まだ純潔を保っている証拠だ。


「模擬戦で完敗しちゃった♪ 来月、正式に婚約よ」


 セラフィーナは上品な微笑みを浮かべながら、内心で舌打ちした。


(また一人……この無能が私より先に……)


 エミリアで、もう五人目だった。この一年で、同期の魔法少女たちが次々と「運命の相手」と出会い、結ばれていく。スターフェリアの古い伝説――魔法少女は自分より強い男性と結婚しなければならない――に従って。


「セラフィーナも早く素敵な殿方と出会えるといいわね」


 エミリアの何気ない言葉に、セラフィーナの頬がピクリと引きつった。


(うるさいわね! 私は選り好みしてるだけよ! 格下の男になんて、絶対に負けないもの!)


 しかし現実は残酷だった。王室の男性を除けば、この世界の男性の大半は労働者か奴隷。魔法少女より強い男性など、それこそ一握りの騎士や冒険者くらいしかいない。そして、そうした男性たちは既に他の魔法少女たちの「運命の相手」となっていた。


 セラフィーナの胸元で光る深紅の宝石は、他の少女たちより少し大きく、より強い魔力を示している。皮肉なことに、その強さが彼女の結婚を遠ざけていた。


(あぁ、もう! 私は特別なのよ! それなのに周りの凡人どもが先に結婚なんて……許せない!)


 その夜、セラフィーナの運命が動いた。


「娘よ、良い知らせがある」


 父であるヴェルデミリア侯爵が書斎に彼女を呼び出した。厳格な顔に、珍しく満足そうな表情を浮かべている。


「第四王子アルベルト殿下との縁談がまとまった」


 セラフィーナの心臓が跳ね上がった。


(王子様!? やっと来たわ! 私の格にふさわしい相手が!)


 アルベルト第四王子。二十一歳、金髪碧眼の美形で知られる王族。宮廷魔法少女にとっても雲の上の存在だ。これで、他の魔法少女たちを見下せる。


(フフフ……騎士なんて下級貴族と結婚した連中とは格が違うのよ)


「ただし」


 父の表情が急に厳しくなった。


「王室の慣例として、婚約前に模擬戦闘を行う必要がある。殿下がお前より強いことを、公式に証明しなければならない」


 セラフィーナの血の気が引いた。


(模擬戦闘……? まさか、王子様に本気で勝負を挑めと?)


 翌日、セラフィーナは慌てて情報収集に走った。金貨をばら撒き、使用人を脅し、他の貴族令嬢から情報を搾り取った。


 結果は――絶望的だった。


「殿下は確かにお美しいのですが……」


 買収した侍女のルナが申し訳なさそうに言葉を濁す。


「戦闘訓練は一応受けておられますが、その……実力は……」


(まさか、私より弱いの? 王子のくせに?)


「剣術の教官が三人も投げ出したとか……」


「馬術でも落馬を繰り返して……」


「魔法の素質は皆無で……」


 断片的な情報が集まるにつれ、セラフィーナの顔は青ざめていった。


(これは……私の圧勝じゃない! そんなのダメよ! 王子様に勝っちゃったら結婚できない!)


 魔法少女として十年の訓練を積み、既に宮廷魔法少女として認められている彼女と、戦闘経験皆無の王子。結果は火を見るより明らかだった。


(でも、これはチャンスでもあるわ……)


 その夜、セラフィーナは鏡の前で邪悪な微笑みを浮かべた。


(そうよ……わざと負ければいいのよ。男なんてちょろいもの。勝たせてあげれば、すっかりその気になるはず)


 鏡の中の自分が、まるで悪魔のように見えた。


(どうせ王子様は戦闘なんてできないんでしょ? なら私が盛大に負けてあげましょう。可哀想な王子様のプライドを満たして差し上げるのよ)


 計画は完璧だった。王子の剣技がどれほど未熟でも、自分がそれ以上に「情けない」演技をすればいい。か弱い魔法少女を演じ、王子の男性としてのプライドを満足させる。


(全ては愛する殿下のため……なんて嘘。全部、私のためよ! 王子妃になれば、あの連中を見下せるもの!)


 愛情など最初からない。大切なのは、周りの魔法少女たちより上に立つこと。最高の結婚相手を手に入れて、勝ち組になること。


(明日の夜には、私が一番の勝ち組よ! フフフ……)


 王宮の大広間。数百人の貴族たちが見守る中、セラフィーナは深紅のドレス姿で立っていた。まだ魔法少女には変身していない。


「それでは、アルベルト殿下とセラフィーナ嬢の模擬戦闘を開始いたします」


 司会役の宮廷官が声を上げる。審判として、王宮魔術師長のマスター・グランディが控えている。


 王子が現れた瞬間、会場からため息が漏れた。確かに美しい。金髪が陽光に輝き、青い瞳は宝石のよう。白い軍服に身を包んだ姿は、まさに王子様という呼び名にふさわしい。


 ただし――


(あら、手が震えてる……情けないわね。でも都合がいいわ)


 セラフィーナは鋭く観察した。王子の緊張を利用して、より効果的な演技ができる。


「では、セラフィーナ嬢、変身をお願いします」


「はい」


 セラフィーナが胸元の宝石に手を当てる。深紅の光が彼女を包み込み、戦闘用の魔法少女衣装――真紅のドレスと白いケープ――に変わった。


「炎と薔薇の守護者、魔法少女セラフィーナ!」


 決めポーズと共に名乗りを上げる。会場から拍手が起こった。


 一方、王子は――


「えーと、その……」


 剣を抜こうとして、鞘に引っかかった。慌てて両手で引っ張ると、勢い余って後ろによろめく。


(……本当に弱いのね。でも、これぐらい弱い方が私の計画には都合がいいわ)


「戦闘開始!」


 司会の合図と共に、王子が動き出した。しかし――


「うわっ!」


 最初の一歩で、自分のマントに足を引っかけて派手に転倒した。


(……え?)


 セラフィーナの表情が固まった。


 王子が立ち上がろうとして、今度は剣の鞘が絡まって再び転倒。しかも転がった勢いで闘技場の端まで転がっていき、壁にぶつかって止まった。


(ウソでしょ……? これって……演技?)


 いや、演技にしては間抜けすぎる。王子の顔は本気で困惑しており、額には汗がにじんでいる。


 ようやく立ち上がった王子が剣を抜く。しかし抜いた瞬間、剣が手から滑り落ちて宙を舞い、危うく自分の頭に当たりそうになって慌てて身をかわす。その拍子にまた転んだ。


(これは……予想を遥かに超えてるわ……)


 セラフィーナの内心で冷や汗が流れた。情報では「弱い」と聞いていたが、ここまでとは思わなかった。これでは、よほど大袈裟に演技しないと不自然になる。


(でも、大丈夫。私は演技の天才よ。この程度の相手なら完璧に騙せるわ)


 王子がようやく剣を握り直し、セラフィーナの方を向いた。そして――


「えい!」


 空振りした。


 セラフィーナから三メートルも離れた場所で剣を振り下ろし、地面を叩いただけ。しかも反動で自分がよろめいた。


(……もう、なんなのよコレ……)


 それでもセラフィーナは演技を開始した。


「きゃっ! 殿下のお剣が光って見えます! 恐ろしいオーラです!」


 実際には、王子の剣は鈍く輝いているだけで、特別な力など何もない。


「ひゃっ! 風圧だけでこんなに……!」


 王子の攻撃で風圧など発生していない。むしろ微風すら起きていない。しかしセラフィーナは大袈裟に後退してみせた。


(よし、これで王子様の威力を演出できたわ)


 ところが王子は、自分の「攻撃」が効いたと勘違いしたのか、調子に乗り、再び剣を振り上げた。しかし振り上げた瞬間にバランスを崩し、後ろ向きに倒れて尻餅をついた。


(……私、何と戦ってるの?)


 それでもセラフィーナは諦めなかった。むしろ、これほど弱い相手なら、より派手な演技が可能だ。


「あんっ! 殿下の気迫に圧倒されて……私、もう魔法が上手く使えません!」


 セラフィーナは手を震わせながら呪文を唱える。


「ファイア・ボール!」


 放った炎の球を、わざと王子の遥か右側に外した。炎は王子から五メートルも離れた柱に当たって消えた。


「ひゃああん! 殿下のオーラで狙いが逸れちゃいました!」


 しかし王子は炎を見た瞬間、「ひええええっ!」と悲鳴を上げて闘技場の反対側まで逃げていった。しかも途中で三回転んだ。


(もう何がなんだか……)


 セラフィーナは呆然としたが、ここで演技をやめるわけにはいかない。王子妃になるためには、この茶番を最後まで続けなければならない。


 王子がようやく立ち上がり、再び剣を構えた。そして今度は思い切り振り下ろす――しかし剣が再び手から滑り落ち、今度は観客席の方向に飛んでいった。貴族たちが慌てて避ける中、剣は誰にも当たらずに地面に突き刺さった。


「あああん! すごい威力です! 私の体が……!」


 セラフィーナは魔法を使って自分自身を宙に舞い上げ、派手に吹き飛んでみせた。まるで王子の「攻撃」を受けたかのように。


「きゃああん!」


 大袈裟な悲鳴と共に地面に激突。ドレスが土埃で汚れ、髪も乱れた。


(これで十分でしょ……)


 しかし王子は自分の剣を取りに行く途中で、また転んだ。今度は前のめりに倒れて、顔面から地面に激突。鼻血まで出し始めた。


(……もう! 私の方がマシに見えちゃうじゃない!)


 セラフィーナは焦った。このままでは、王子の方が弱く見えてしまう。それでは結婚できない。もっと盛大に負けなければ。


「あんっ! 殿下の剣圧で私の衣装が……!」


 セラフィーナは密かに魔法を使って、自分のドレスの裾を切り裂いた。破れたスカートから白い太腿と下着がチラリと見える。


 しかし王子は鼻血を止めるのに必死で、セラフィーナの誘惑など全く気づいていない。


(なんなのよ、この王子……)


 それでもセラフィーナは演技を続けた。


「ひゃっ! こんなお強い殿下には……私なんて……」


 今度は魔法で自分の頬に薄い擦り傷を作り、涙を流してみせた。


「……痛いです……でも、殿下のお強さに感動しています……」


 一方、王子はようやく鼻血を止めて剣を拾い上げたが、今度は剣の向きを間違えて柄の方で攻撃しようとした。


(……もう、どうしろっていうのよ)


 セラフィーナの心の中で、怒りと呆れが混じり合った。しかし引き返すことはできない。


 王子が柄で空を切ると、セラフィーナは再び大袈裟に吹き飛んだ。


「きゃっ! 殿下の最終奥義が……! 私にはもう……!」


 自分で魔法を使って衣装をさらにボロボロに切り裂き、まるで激戦を繰り広げたかのような姿になった。胸元も背中も、計算された位置で破れている。


「あああん……もう立てません……」


 最後に、セラフィーナは両手を地面について四つん這いになり、体を小刻みに震わせてみせた。破れたドレスから覗く肌が扇情的で――


 しかし王子は剣を落として、また鼻血を出していた。痛そうに鼻を押さえて天を仰いでいる。


(こっち見なさいよ!)


 審判のマスター・グランディが完全に困惑しながら結果を告げる。


「え〜……その……よく分からないが……セラフィーナ嬢の……敗北……ということで……」


 セラフィーナはゆっくりと王子の前に跪いた。


「あんっ……殿下……私の完敗です」


(この茶番、早く終わらせたいわ……)


「こんなにもお強い殿下になら……私、喜んでお嫁に行かせていただきます」


 王子は鼻に詰めたハンカチを抑えながら、ぼんやりと立っている。


「スターフェリアの伝説の通り……私より強いお方と結ばれることができて、幸せです」


 セラフィーナの声は、計算された「感動」に満ちていた。涙まで流してみせる。


(これで私も王子妃。あの連中を見下せるわ)


 会場の貴族たちも、何が起こったのか理解できずにいたが、とりあえず拍手を始めた。


「殿下? お返事を……」


 セラフィーナが上目遣いで王子を見上げる。


 王子がハンカチを鼻から離し、口を開いた。


「ふざけるのもいい加減にしろ」


「……えっ?」


「僕が求めていたのは、戦闘に不慣れな僕を守ってくれる強く凛々しい魔法少女だ! だから君に花を持たせようと思って、わざと手加減していたのに……」


「ええっ!?」


 ウソ……!? じゃあ、王子もわざと手を抜いて、弱い演技をしていたってこと? そんな……。なんて演技力なの!?


「こんな僕にすら勝てないなんて、信じられない! 情けないと思わないのか!」


「で、でも、スターフェリアの伝説では……」


「そんな伝説はどうでもいい! まさか君は、男は女より強くあるべし、みたいな古臭い価値観に囚われているのか!? 時代遅れも甚だしい! 君は宮廷魔法少女の恥だ! 下品で、あざとくて、破廉恥で……僕の一番嫌いなタイプの女性だよ! 二度と顔も見たくない! この婚約は破談にさせてもらう!」


 そう言い残すと、王子はさっさと退場していった。


「ちょっと待ってください! 私は……!」


 しかし、王子はすでに立ち去ってしまい、セラフィーナは呆然と跪いたまま、一人取り残された。


 彼女は王子の演技力に敗北した。それだけではない。戦いに敗れ、愛に敗れ、そして、人生に敗れたのである。

お読みいただき、ありがとうございます!

本作に登場するスターフェリアを舞台にした作品『特撮ヒーローの中の人、魔法少女の師匠になる』を連載中です。

また、同じ世界観の短編『婚約者の前で名乗りすぎた魔法少女の末路』も、宜しければぜひ読んでみてください!

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