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本編

夜の教会は冷え込んでいた。

 南雲亜久斗は息を荒げながら、床の上に転がっていた。全身に痛みが走り、膝には擦り傷ができている。


「くそっ……!」


 南雲は焦りながらも、なんとか体を起こそうとした。だが、全身が異様な力で縛られたように動かない。まるで見えない鎖に絡め取られたかのようだった。


「逃げちゃだめよ」


 甘く、艶のある声が頭上から降り注いだ。見上げると、夜闇の中に浮かぶようにして一人の女が立っていた。


 その女――リリスは、長い黒髪をなびかせ、妖艶な笑みを浮かべていた。瞳が怪しく光り、黒い衣装の裾が揺れる。異様な雰囲気を纏いながら、彼女は南雲の体に倒れる。


「それで、どうする? 契約する? しない?」


 南雲の心臓が、ドクンと鳴った。


(嫌だ……! こんなの……でも、死にたくない……!)


 南雲は歯を食いしばった。彼はエクソシストの見習いだったが、目の前の存在が圧倒的に強者であることは分かっていた。自分の持つ術では、どう足掻いてもこの悪魔には勝てない。


 このままだと、殺される。


 リリスは退屈そうにため息をついた。


「早くしないと、息の根止めちゃうよ?」


 指先がすっと南雲の喉元を撫でる。その冷たさに、背筋が凍りつく。


「……契約、します」


 南雲は震える声で答えた。


 リリスは満足げに微笑んだ。


「ふふっ、いい子。じゃあ、楽しませてよ?」


 次の瞬間、南雲の腕が軽く光る。だが、それも束の間、体を縛っていた見えない力がすっと解ける。


 リリスは妖艶な笑みを浮かべながら、そっと南雲の頬を撫でた。


 南雲は荒い息をつきながら、恐怖と後悔を噛み締めていた。


(僕は……エクソシストの癖に、悪魔と契約してしまった……!)


 目が覚めたとき、亜久斗はしばらく状況を理解できなかった。


 いつもと違う、肌にまとわりつくような空気。微かに漂う甘い香り。そして、隣から感じる妙な気配――


「……ん?」


 寝ぼけ眼で横を見ると、そこには黒髪の女がいた。


「おはよう、アクト」


 艶やかな黒髪が枕に広がり、綺麗な瞳がじっとこちらを見つめている。リリスだった。


「うわあぁっ!?」


 南雲は反射的に飛び退いた。


 彼女はクスクスと笑いながら、ゆったりと身を起こす。


「なに? いまさら驚くこと?」


「当たり前だろ! なんでお前が僕の隣で寝てるんだよ!」


「だって契約したでしょ? 私はアクトと一緒にいることにしたの」


 リリスは涼しげに言いながら、薄布のような黒い衣装をなびかせる。昨夜の出来事が、南雲の頭の中で鮮明に蘇る。


(……そうだ。僕は、悪魔と契約してしまったんだ)


『見逃してあげる代わりに、私を楽しませて』


 南雲は頭を抱えたくなった。


 師である御剣迅が海外に発つことになり、自分一人で教会を守ることになった。最初は「大丈夫だ」と思っていた。エクソシストとしての訓練は積んでいたし、大きな事件が起こるわけでもなかったから。


 だが、そんな安堵は長く続かなかった。


 昨夜、突然現れたのがリリスだった。


 彼女は教会の結界をやすやすと突破し、悠然と中へ入ってきた。対処しようとしたが、全く歯が立たなかった。術も武器も通じず、ただ追い詰められるばかりだった。


 そして――情けないことに、死にたくなくて悪魔と契約してしまった。


(迅に知られたら、絶対に怒られる……いや、そんなレベルじゃない。僕はエクソシスト失格だ)


 最悪の事態を想像し、アクトは歯を食いしばる。


(迅には……絶対に内緒にしておかないと!)


 そんな決意を固めた瞬間――


「ふふっ、アクトって面白いね」


 不意にリリスが微笑みながら、彼の顔を覗き込んできた。


「な、なんだよ……!」


「今すごく“焦ってる”って顔してた」


 リリスは楽しそうに言うと、スッと立ち上がる。


「さ、今から朝ごはんなんでしょ?早く起きなよ。」


「お前な…」


 南雲は頭を抱えつつも、ため息をついて立ち上がるしかなかった。



---


 清堂教会の食堂は、エクソシストの拠点らしからぬ、落ち着いた空間だった。テーブルの上には簡素な朝食が並び、窓から差し込む朝日が暖かい。


 南雲は席につき、パンをかじる。


「どうしたの?」


「いや……別に……」


 御剣がいた頃は、彼が朝食を作ってくれていた。だが今は、自分でなんとかするしかない。


「……アクトって料理できないの?」


 リリスが興味深そうに尋ねる。


「悪かったな。普段は迅がやってたんだよ」


「迅?誰それ?」


「僕の師匠でお前なんかより、よっぽど強いエクソシストだよ」


リリスを少し興味有りげに返事する。


「今はいないの?」


「そのうち、帰ってくるよ」


「ふーん。じゃあ、それまで料理は私がやろうか?」


「……お前が料理?」


「どうせ退屈だし、遊びの一環としてならやってあげてもいいよ?」


 南雲は考える。


(悪魔がまともに料理なんかできるわけない……いや、待てよ。もし食事を作らせて、意外に美味しかったりしたら……?)


 少しの希望を胸に、アクトは頷いた。


「じゃあ、今度頼むよ」


「ふふ、いいよ。その代わり、不味くても許してね?」


 リリスは妖艶に微笑んだ。


 南雲は不安を覚えつつも、とりあえず朝食を終え、制服に着替えた。


「さて……行くか」


「どこへ?」


「学校だよ」


 南雲が呆れたように言うと、リリスは「へぇ」と興味深そうに目を輝かせた。


「いいわね、行ってみようかしら」


「いや、お前が来ると厄介なことになるから、来るなよ」


「嫌よ。契約のこともう忘れたの?」


 リリスは意味深な笑みを浮かべながら、南雲の後をついてきた。


(やばい予感しかしない……)


 南雲は溜め息をつきながら、学校へと向かった。


 朝の通学路。南雲の後ろには、黒髪の美女悪魔リリスが宙を漂っていた。


 リリスは南雲の肩の後ろをふわふわと漂いながら、時折クスクスと笑う。普通の人には見えないとはいえ、こうやってついてこられると気が気じゃない。


(学校で変なことをされたら、たまったもんじゃないな……)


 アクトは大きく息をついて、校門をくぐった。

 教室に入ると、すでにクラスメイトたちが席についていた。


「おはよう、南雲くん」


 学級委員長の女子生徒─藤沢ユキが挨拶をしてくる。


「うん。おはよう」


 軽く返事をして、南雲は席に座る。隣の席の男子が、なんとなく僕を見てくるが、特に気にせず鞄からノートを取り出した。


(さて、どうやってリリスとの契約を終わらせるか……)


 机に肘をつきながら、南雲は頭を抱えた。


(楽しませるってなんだよ……)


 南雲は別にギャグ好きでもないし、面白いことを考える才能なんてなかった。むしろ、どちらかといえば真面目な方だった。


(こんなの……どうやって満足させろっていうんだよ)


 気が重くなりながらも、とりあえず授業の準備をする。

---

 午前の授業が始まる。

 黒板に書かれる数式をノートに写しながら、南雲は淡々と授業を受けていた。先生の声が単調に響き、周囲のクラスメイトたちは眠気を堪えながらノートを取っている。


(なんとか、普通の生活を続けるんだ……)


 そう思っていた、そのときだった。


「ねぇねぇ、アクト」


 耳元で囁くような声。


「うわっ……」


 思わず声が出そうになったが、すぐに口を押さえる。横を見ると、リリスがアクトの席の隣に浮かんでいた。


「ちょっと、なに急に話しかけてんだよ」


「だって暇なんだもん」


 リリスは退屈そうに肘をついて、こちらを見ている。僕は無視しようとしたが、彼女は意に介さず続けた。


「ねぇ、アクトって友達いないの?」


「……」


 アクトは言葉に詰まり、何も返せなかった。授業中に口を開くわけにはいかないので、仕方なくノートの隅に小さく「いない」と書く。


 リリスはそれを覗き込み、「へぇ~」と楽しそうに笑った。


「ふーん、意外ねぇ。じゃあ、好きな食べ物は?」


 僕はまたノートに書く。「オムライス」。


「オムライス? へぇ、かわいい」


(なんだよその感想……)


 僕はため息をつきながら、黒板に目を向ける。


「じゃあ、趣味は?」


 (ゲーム)と書いて返す。


「へぇ、どんな?」


 (RPG)


 リリスは「ふーん」と頷きながら、僕の筆記をじっと見つめた。


 僕は何事もなかったかのようにノートを取るが、心の中は大混乱だった。


(これ……ずっと続くのか……?)


 授業中、南雲亜久斗はどうにも集中できなかった。


「ねぇ、アクト」


 すぐ背後から、甘ったるい声が囁く。


 リリスが彼の後ろで宙を浮きながら、ぶらぶらと揺れていた。まるで幽霊のように彼の肩の後ろから覗き込み、いたずらっぽい笑みを浮かべている。


「なんでそんなに真面目に授業受けるの?」


(うるさい……)


 南雲は心の中で呟きながら、ノートにペンを走らせた。だが、リリスの視線が気になって仕方がない。彼女は完全に暇を持て余しており、時折ノートを覗き込んでは小さな声で笑っている。


「アクトにいたずらしちゃおっかな」


そう言うと、リリスはアクトに体を密着させる。思春期のアクトにとって、それは有害以外のなにものでもなかった。


(やめろ!)


 南雲は無言の圧をかけるが、リリスはお構いなしだった。


「南雲、お前だ!」


 唐突に、教師の鋭い声が飛んできた。


 ハッとして顔を上げると、数学教師が腕を組んでこちらを見ていた。


「今説明した問題を解いてみろ」


 黒板には複雑な方程式が書かれている。南雲は慌てて立ち上がり、頭をフル回転させた。


(えっと……今の問題、なんだっけ……?)


 焦る南雲を、離れたリリスがくすくすと笑いながら見ている。


「答えは?」


「え、えーと……x=2です」


 教室内が静まり返った。教師は一瞬沈黙する。


「珍しいな、この問題難しかったか?」


「い、いえ…そういうわけでは…」


(くそっ……リリスのせいで完全にペースが崩された!)


 その後も、授業中リリスの悪戯の被害を受け、凡ミスを連発。怒るにも怒れないアクトは頭を抱えた。


---


 昼休みになり、アクトは誰とも話さず席を立った。


(もう今日は無理だ……帰ろう)


 静かに鞄をまとめ、さりげなく教室を出ようとする。しかし、その様子を見ていた藤沢ユキがすかさず声をかけた。


「南雲くん、どこ行くの?」


 廊下に出たところで藤沢に呼び止められ、南雲は足を止めた。


「藤沢……。ごめん、今日は体調が悪いんだ」


 適当な言い訳を並べ、帰るつもりだった。


 しかし、その瞬間――


 ニヤニヤとリリスが藤沢の背後に忍び寄り、イタズラ心たっぷりにスカートの裾を持ち上げようとした。


 ヒラリ、とスカートの端が僅かにめくれる。


「ばかっ!リリス!」


 南雲は即座にリリスを怒鳴った。


 だが、それがまずかった。


「……え?」


 藤沢は驚いたように周囲を見回した。


「南雲くん?」


 南雲はしまった、という顔をしながら頭を抱えた。


「いや……その……」


「もしかして、私の後ろに誰かいるの?」


 藤沢は鋭い視線で問い詰めてくる。


 南雲は観念した。


「……屋上で話すよ」



---


 学校の屋上。


 昼の光が降り注ぎ、静かな風が吹いていた。ここなら誰にも邪魔されない。


 南雲は藤沢に向き直り、ため息をついた。


「あまり、驚かないでくれよ」


 藤沢は頷く。


「こいつが、リリス」


 南雲がそう言い藤沢の肩に触れた瞬間、リリスがゆっくりと姿を現した。


 彼女は相変わらずの姿で、楽しそうに藤沢を見つめていた。


「やっほー」


 藤沢の目が大きく見開かれる。


「えっ……見える……?」


 南雲は頭をかきながら、小さく頷いた。



 屋上の風が心地よく吹き抜ける中、南雲亜久斗は藤沢ユキと向かい合っていた。


 そして、その間に浮かんでいるのは、妖艶な姿の女悪魔――リリス。


 彼女は興味深そうに藤沢を見つめ、クスクスと微笑んでいた。


「へぇ、アクトがその子に触れると、私の姿が見えるんだ?」


「うん。……なんでかわからないけど」


 藤沢は少し不思議そうにしながらも、特に驚いた様子はない。


 南雲はそんな藤沢の反応を見て、内心少しだけ安心していた。


(藤沢がパニックにならなくてよかった……)


 だが、問題はここからだ。


「……正直に話すよ」


 南雲は大きく息を吸い、話し始めた。


「こいつは、悪魔だ。実は僕エクソシストで、昨日本当は倒すつもりだったんだけど……強すぎて、無理だったんだ。それで、仕方なく契約した」


 藤沢は「へぇー」と感心したように相槌を打った。


「そうなんだ」


 そのあまりにもあっさりとした反応に、南雲は拍子抜けした。


「え? それだけ?」


「うん。だって南雲くん、って普通の人じゃないなって思ってたし。薄々そういうすごいことしてるんだろなって」


 南雲はため息をついた。


「で、どうするの?」


 藤沢が尋ねると、南雲は肩を落とした。


「どうしようもないよ。リリスは僕より強いし、戦って勝てないことは実証済み。とりあえず、何か考えないと契約不履行で僕の命が奪われるから……それだけは阻止しないといけないんだけど」


 リリスはニヤリと笑った。


「そうそう、契約はちゃんと守ってもらわないとね?」


「くそっ……。こいつがいるせいで、まともに授業も受けられないなんて」


 南雲は頭を抱える。


 そんな彼を見て、藤沢は何かを思いついたように手を打った。


「じゃあさ! 私がリリスさんと契約して、授業中リリスさんが南雲くんにちょっかいを出さないようにしてもらうってのは?」


 南雲は即座に顔を上げ、きっぱりと言った。


「それはダメだ!」


 藤沢は驚いて目を瞬かせる。


「え、なんで?」


「リリスが君に何を要求するかわかったもんじゃない。最悪、君が不幸になるかもしれないんだぞ」


 リリスは肩をすくめて言う。


「まぁ、そういうこと」


 藤沢は「そっかぁ……」と少し残念そうな顔をした。


 南雲は再び頭を抱え込む。


「くそー、どうしたらいいんだ……」


 すると、藤沢がふと呟いた。


「うーん……南雲くんの対価がリリスさんを楽しませること、か……だったら、リリスさんと一緒に遊ぶってのはどう?」


「遊ぶ?」


 南雲は思わず疑問を口にした。


「リリスさんは悪魔なんだし、私たちが知ってるような楽しいことを知らないんじゃない?」


 南雲亜久斗は眉をひそめた。


「そうかな……?」


 リリスが人間の遊びを知らない……そんな発想はなかった。だが、たしかに悪魔がゲームや遊園地で遊ぶなんて話は聞いたことがない。


「まあ、他に手がないなら……試してみるしかないか」


 南雲はため息をつきながらも、放課後にリリスと藤沢を連れて遊ぶことに決めた。



---


 放課後。


 3人は商店街のゲームセンターへとやって来た。


 店内はピカピカと光るネオンと、賑やかな電子音で溢れていた。クレーンゲームやレースゲーム、リズムゲームなどが並び、多くの若者たちが熱中している。


「南雲くんもはじめて?」


「うん。実は…。ほら、僕友達いないし」


「だったら、私が友達になってあげる」


 一方で、「ここが……ゲームセンター?」


 リリスは興味津々といった様子で周囲を見回していた。


「どう? こういうの、見たことある?」


 藤沢が尋ねると、リリスは「ないわねぇ」と首を傾げた。


「でも、面白そう」


「じゃあ、やってみるか」


 南雲は100円玉を取り出し、適当にリリスに渡した。


「ほら、試しにやってみろよ」


 リリスはコインを受け取ると、しばらくじっと見つめた後、クレーンゲームの機械に目を向けた。


「この箱に入れればいいのね?」


「そうそう、そしたらクレーンを動かして……」


 南雲が説明しようとした瞬間、リリスは指をひと振りした。


 すると、目の前のクレーンゲームのアームが急に光り出し、中にあったぬいぐるみがふわっと浮き上がる。


「おいおい、それはズルだろ……!」


「え、違うの?」


 リリスはきょとんとした顔をする。


 藤沢が苦笑しながら、「ズルしないで普通にやるのが面白いんだよ」と諭すと、リリスは「そういうものなの?」と首を傾げた。


 それから、3人は順番にいくつかのゲームをプレイした。レースゲームではリリスが圧倒的な反応速度で勝ち、リズムゲームでは藤沢が最も高得点を叩き出し、南雲は散々な結果に終わった。


「なんで、僕だけ負け続けるんだ……」


 南雲が頭を抱えると、リリスは「ふふっ」と笑った。


「まあまあ、これはこれで面白かったわよ?」


 そう言いながら、リリスは珍しく素直にゲームを楽しんでいた。



---


 夕暮れになるころ、3人はゲーセンを後にした。


「ねえ、リリスさん。今日の遊び、どうだった?」


 藤沢が最後にそう尋ねた。


 リリスはしばらく考え込み、指を顎に当てながら言った。


「うーん……こういうのも悪くないけど……もっと私を満足させられるものがいいかな」


 南雲はがっくりと肩を落とした。


「やっぱりダメか……」


 契約不履行で命を取られることだけは避けたかったが、どうやら今日の遊びでは満足には程遠いらしい。


「くそ……どうすればいいんだ……」


 南雲は頭を悩ませながら、付き合ってくれた藤沢に「悪いな…」といい別れた後、リリスと共に教会へと帰るのだった。


 南雲は、このとき初めてクラスの子と遊べたことに案外リリスがいたおかげて藤沢と自然に友達っぽくなれたかもと考え、悪くないなと思っていた。


◇ ◇ ◇


 それからというもの、アクトは、晴れて友達となった藤沢と一緒にリリスを楽しませる為、放課後になると一緒に遊ぶ機会が増えていった。


※深夜、アクトがリリスとチェスで対決する描写。

リリスは先に寝落ちしたアクトを見て「(もう飽きたかな)」と内心呟く。


 アクトが、リリスと深夜まで遊んだ日の翌朝。

 亜久斗は目の下にくっきりと隈を作り、ふらふらと歩いていた。その後ろでは、リリスがあくびをしながら浮かんでいる。


「ふあぁ……眠い……」


「お前が言うな……」


 南雲は疲れ切った声で返した。


 昨日の夜、南雲は契約不履行を避けるためにリリスを楽しませる手段を必死に模索した。その結果、深夜までチェスやゲームをし続ける羽目になったのだ。


 どれも決して退屈な遊びではなかったが、リリスの満足度は微妙だった。


「うーん、まぁまぁだったわね」


 結局、彼女を完全に満足させることはできず、南雲は睡眠時間を削っただけで終わったのだった。


(……こんなのが続いたら、マジで死ぬ)


 重いため息をつきながら学校に着くと、すぐに藤沢ユキが近づいてきた。


「おはよう、南雲くん……って、すごい顔してるね」


 藤沢は心配そうに南雲の顔を覗き込む。


「どうしたの?」


「……昨日、リリスを楽しませるために一晩中ゲームしてたんだよ」


「えぇ……」


 藤沢はそっと南雲を見て、「そ、そうなんだ……」と驚いた表情を浮かべながら席についた。



---


 授業が始まると、南雲は早々に机に突っ伏した。


(……無理だ、眠い……)


 黒板の文字がどんどんぼやけていく。


 先生の声が遠のいていき、南雲は意識を失った。



---


 そして、放課後――


 南雲は机の上で顔を上げ、大きく伸びをした。


「……寝すぎた……」


 辺りを見渡すと、ほとんどの生徒はすでに帰っていて、教室には数人しか残っていなかった。


「南雲くん、起きた?」


 藤沢が隣の席で微笑んでいた。


「……あぁ、もう放課後か」


 南雲はぼんやりとしながら伸びをして、鞄を手に取る。


 すると、突然ポケットの中のスマホが震えた。


「……ん?」


 取り出して画面を見ると、そこには「御剣迅」の名前が表示されていた。


(迅……!?)


 南雲は慌てて通話ボタンを押し、耳に当てる。


『よぉ、アクト。元気にしてるか?』


「う、うん。で、何の用?迅……」


『帰ってきたから、あと少ししたら教会に戻る、ってのと。いい忘れてたけど、今日から悪魔退治のスペシャリストがもう1人増えるからー。よろしく!』


 南雲の心臓が跳ね上がった。


「えっ……今日!?」


『おう。驚いたか?』


(やばい……!)


 南雲は額にじんわりと汗をかいた。


 御剣が帰ってくる。


 つまり、リリスのことがバレる可能性が一気に跳ね上がるということだ。


『そういえば、お前、ちゃんと教会を守ってたか? まさか女の子を連れ込んでたりしないよな?』


「な、何言ってんだよ!」


 南雲は即座に否定したが、その瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。


(待てよ……今の俺、悪魔のリリスと平然と一緒に生活してる……)


 御剣にバレたら、確実に怒られる。いや、それどころじゃ済まないかもしれない。


『ハハハ、まぁ冗談だ。じゃあ、後でな』


 御剣は軽く笑うと、電話を切った。


 南雲は青ざめた顔のままスマホを見つめる。


「……やばい」


 リリスのことを隠し通せるかどうか――南雲は新たな悩みを抱えることになった。


◇ ◇ ◇


「藤沢……頼む、リリスを匿ってくれ」


 亜久斗は、真剣な顔で藤沢ユキに向き合った。


 学校の昇降口。放課後の賑やかな雰囲気の中、南雲は焦りながら事情を説明していた。


「迅。えっと、俺の育ての親でエクソシスト。つまり、その、リリスのことがバレたらやばい人が今日、教会に戻ってくる。リリスとの契約のことがバレたら、確実にまずい……だから、しばらくの間、藤沢の家で匿ってくれないか?」


 藤沢は驚いたように目を瞬かせる。


「え、そんなこと急に言われても……」


「ダメ…か?」


「ダメじゃないけど、……リリスさんが私の家でおとなしくしてるとは思えないし」


「その辺は……なんとかするから。迅にリリスがいい悪魔って説得したら必ず迎えに行くから」


 南雲が懇願するような目で見つめると、藤沢は「しょうがないなぁ、まぁ、今日はお父さんとお母さん帰りが遅いし…。それに、普通の人には見えないなら」とため息をつきながら頷いた。


「わかった。私の家で預かるよ。でも、ちゃんとすぐに迎えにきてよね?」


「ありがとう、藤沢……助かる」


 南雲はほっと胸をなでおろした。


 これで、少なくとも御剣にリリスが見つかる心配は減る。


 あとは、うまく誤魔化してやり過ごせばいい。

 リリスはこれまでの悪魔と違い人間に対して無害であると信じるアクトはなんとか、師である迅を説得しようと考えていた。

 アクトにとって、リリスがいなくなることで今の藤沢との交友関係が崩れるのが本当は嫌だったのだ。


-◇ ◇ ◇


 まだ日が落ちる前の時刻。

 南雲は緊張した面持ちで教会へ戻ってきた。


 静かに礼拝堂の扉を開け、中を確認する。


(……迅は、まだ戻ってきてないか?)


 慎重に中へ入り、そっと扉を閉めた。


 だが、その瞬間――


「おう、こんなとこにいたか」


 背後から聞こえた声に、南雲の心臓が跳ね上がった。


「うわっ!?」


 慌てて振り向くと、そこには新婦服姿の御剣迅が立っていた。


 その隣には、赤髪が特徴的な女性シスターが並んでいる。


 彼女は冷静な表情で南雲を見つめていた。


「お、おかえり、迅……」


 南雲は引きつった笑みを浮かべながら挨拶する。


 御剣は怪訝な顔をしながら南雲を見た。


「なんで礼拝堂から帰ってきたんだ?」


「え?」


「いつもは普通に玄関から帰ってくるだろ。なんでわざわざこんなところから?」


 南雲は一瞬言葉に詰まり、頭の中で必死に言い訳を考えた。


(やばい、どうする……?)


 そして、適当にひねり出した言葉を口にする。


「そ、それは……ジンたちを驚かせるためだよ!」


 御剣はじっと南雲を見つめ、ふーんと呟いた。


「まぁ、いいや。紹介するよ。こっちの綺麗なお姉さんは、姫川。俺の後輩エクソシストだ」


「は、はじめまして南雲亜久斗です。」


「……。よろしく」


 姫川は冷たい目線でアクトのことを見ていた。アクトは少し萎縮しながら手を引っ込め、一先ず挨拶が終わったので安心する。


 だが、次の瞬間――


「ところで、俺がいない間、悪魔退治は大丈夫だったか?」


 御剣は鋭い視線を向けてきた。


 南雲は息をのむ。


「う、うん……平気だったよ」


 平静を装いながら答える。


 御剣はしばらく南雲を見つめていたが、やがて「ああ、そうか」と納得したように頷いた。


 しかし――


「じゃあ、なんで教会の結界が破られてるんだ?」


 その言葉に、南雲の全身が凍りついた。


(――っ!!)


 すっかり忘れていた。


 リリスが現れたとき、教会の結界は破られてしまった。そのまま修復されていないことを、完全に失念していたのだ。


 御剣は鋭い目で南雲を見つめる。


「何か知ってるか?」


「え、えっと……」


 南雲は必死に言い訳を考え、適当に嘘をつく。


「あ、悪魔が教会に現れたんだ! けど、僕が倒したから……すっかり言うのを忘れてたよ!」


 御剣は少し考え込んだような表情を見せる。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「なぁ……アクト」


「な、なに?」


「教会の結界を破れるのは、お前が対処出来るレベルの悪魔じゃない。最上位悪魔クラスの力がないと、この教会の結界は破れないんだ」


 御剣の鋭い指摘に、南雲は息を呑んだ。


「そんな悪魔がこの町に出たこと自体信じられないが……しかしな、アクト。そこで一つ疑問なんだが。何故、お前はまだ生きている?」


 御剣の疑念は、確実にアクトへと向けられていた。



 南雲亜久斗は、喉が渇くのを感じた。


 御剣の問いに、返事ができない。


 教会の結界を破れるのは最上位悪魔――それなのに、自分は無傷で生きている。


 それを説明できる理由は、一つしかない。


(僕は……リリスと契約してしまった……)


 だが、正直に話せばどうなるか。


 確実に、御剣はリリスを封印しようとする。


 南雲がどう答えるべきか考えを巡らせていると、不意に隣から冷たい声が響いた。


「……最悪」


 赤髪のシスター――姫川が、低い声で呟いていた。


「まさかとは思ったけど……本当に、悪魔と契約してるなんてね」


 彼女の目が鋭く細められ、南雲を射抜く。


 その次の瞬間、姫川は素早く手を伸ばし、南雲の制服の袖を掴んだ。


「ちょ、姫川さん!?」


 驚く南雲を無視して、姫川はぐいっと引き、彼の腕を確認する。


 そこには、黒く刻まれた契約の痕があった。


 姫川の顔が怒りに染まる。


「……アンタ、自分が何をしたか分かってるの!?」


「そ、それは……」


「悪魔と契約したエクソシストなんて、前代未聞よ! それも、最上位悪魔と……!」


 姫川は歯ぎしりをしながら、強く南雲の襟を握る。


「アンタ、本当に最低ね。迅がいないからって、こんなこと……!」


 怒気がこもった言葉が、南雲の胸に突き刺さる。


 南雲はただ、必死に生き延びようとしただけだった。


(でも……確かに、僕はエクソシストとしては終わってるのかもしれない)


 南雲は、唇を噛みしめながら視線を落とした。


 すると――


「まぁ、落ち着けって、姫川」


 御剣が、軽く笑いながら南雲の肩をポンと叩いた。


「そんなに怒るなよ。こいつが生きてただけ、まだマシじゃないか」


 姫川はハッとして、御剣を見つめる。


「でも……!」


「お前が何を言いたいかは分かるがな。今は責めても仕方がない」


 御剣の言葉に、姫川はしぶしぶ手を離した。


 南雲は、胸を押さえながら小さく息をつく。


 御剣は、優しくも冷静な目で南雲を見つめていた。


「南雲、その悪魔は今どこにいる?」


 その問いに、南雲はギクリと肩をこわばらせた。


「とぼけるなよ。お前が悪魔を匿ってることは分かってる」


 南雲は歯を食いしばる。


「リリスは、いい悪魔なんだ!僕の命だって取らなかった!それに、リリスがいたから僕は、初めて友達が出来たんだ!」


 御剣は軽くため息をつくと、肩をすくめた。


「いいか?悪魔の本質は悪だ。あいつらは、自分が満足できればそれでいい、そういう生き物なんだ。ここで変に隠しても意味はない。最上位悪魔がこの街にいる以上、どこかで被害が出る可能性があるんだ」


 御剣の言葉に、南雲は観念したように視線を落とした。


 藤沢の家に匿っていることを話すしかない。


 そうしなければ、御剣たちは必ずリリスの居場所を探し出すだろう。


「クラスメイトの……藤沢って子の家にいる」


 その言葉に、御剣の表情がわずかに曇った。


「まいったな……一般人を巻き込んでしまったか」


 御剣はそう言い放ち、南雲に居場所を案内するように促した。


 南雲は仕方なく、御剣と姫川を連れて藤沢の家へと向かうことになった。



---


 藤沢の家の前に立ったとき、南雲は違和感を覚えた。


 まるで、人の気配がないような――そんな妙な不安が胸をよぎる。


 南雲は唾を飲み込みながら、そっとドアに手をかけた。


「藤沢……?」


 呼びかけながら家の中へ入る。鍵はかかっていなかった。


 次の瞬間――


 南雲は息をのむ。


 廊下の床が、べっとりと赤黒い血で染まっていた。


「なっ……!?」


 全身に冷たい汗が流れる。


 この血は……まさか……!


「迅……!」


 南雲が震える声で振り向くと、御剣と姫川もすでに異常を察知し、鋭い視線を周囲に向けていた。


「落ち着け、アクト」


 御剣の静かな声が響く。


 南雲はごくりと唾を飲み込み、血塗られた廊下の先を見つめた。


(藤沢……! 無事でいてくれ……!)



 廊下に足を踏み入れた瞬間、アクトは息を呑んだ。


 赤黒い血の跡が点々と床に広がっている。


 乾きかけた血の色は、事件が起こってから少し時間が経過していることを示していた-


 アクトは叫びそうになるのを必死にこらえ、喉を強く締めつけた。


 背後で御剣迅と姫川も廊下の惨状を見つめ、険しい表情を浮かべた。


「おい、アクト。俺が先に進む。お前は下がれ」


 そのとき――


 紙ヒコーキがどこからともなく飛んでくる


「っ!?」


 同時に、廊下の奥の暗がりから、小さな影が現れた。


 小さな翼を持った黒い小悪魔が、宙に浮かんでいる。


 それに対して、御剣が即座に動く。


「チッ……!」


 御剣の手が一瞬だけ光を帯び、小悪魔の存在が弾け飛ぶ。


 悲鳴を上げる間もなく、小悪魔は消滅した。


「大丈夫だ。この紙に悪意はない」


 御剣は紙ヒコーキを拾い上げ、広げる。


 そこには、不気味なほど丁寧な悪魔の文字が並んでいた。



---


『アクトへ

1人で地図の場所まで来てね。そしたら、藤沢ちゃんは助けてあげる』


「…だとよ」


 御剣が読み上げ、その内容にアクトの拳が震える。


「……っ」


 御剣は静かに言う。


「とりあえず、近くまでは一緒に移動するぞ。アクト、勝手な行動はするなよ」


 その言葉に、アクトはギリギリと奥歯を噛みしめながら、うなずいた。


「……わかった」


 アクトは拳を握りしめ、覚悟を決めた。


 必ず、藤沢を助ける。


 そのために――リリスと決着をつける。


◇ ◇ ◇


 暗闇に浮かぶ、藤沢のかすれた声。


「どうして……?」


 血を滴らせながらも藤沢ユキは、十字架に縛りつけられたまま、震える声でリリスに問いかけた。


 彼女の目は、まだ信じられないという色を帯びている。


「リリスさん……南雲くんの、為って……私たちと遊んで……あんな風にしてたのに……」


「ふふっ」


 リリスは微笑みながら、藤沢の頬にそっと手を伸ばす。


 白い指先が、藤沢の涙をぬぐう。


「これが私の本性よ」


 リリスは妖艶に微笑んだ。


「ユキちゃん、貴女はまだ私のことを“人間の感覚”で見てたんでしょう? でもね、私は悪魔よ。面白ければ、それでいいの。善も悪も、そんなものに意味はない」


 その言葉に、藤沢は愕然とする。


「……そんなの……」


「教えてあげるわ」


 リリスは藤沢の髪をそっと指でつまむ。


「人間って、壊れやすいのよね。絶望した瞬間が、一番綺麗なの」



---


 場面は変わる。


 丘のふもとで、アクトを送り出したばかりの御剣と姫川が立っていた。


 アクトを送り出した直後だった。


 姫川は腕を組み、不安そうな顔で御剣を見る。


「ねぇ、本当に1人で行かせて大丈夫なの?」


「平気だよ」


 御剣はあっさりと答えた。


「なんせ、俺の弟子だからな」


 姫川は納得がいかないように眉をひそめた。


「でも、相手は最上位悪魔よ? アクトはまだ見習いで――」


「お前、アクトのこと過小評価しすぎだな」


 御剣は軽く肩をすくめる。


「確かに、アクトはまだまだ未熟だ。だけどな、アイツには“意地”がある。そう簡単にはやられないさ」


「……それは信頼しすぎじゃない?」


「違うな」


 御剣は微笑む。


「信頼してるんじゃなくて、試してるんだよ」


 姫川は目を細めた。


 御剣が弟子にどこまでの期待をしているのか、彼女にはまだ完全には理解できなかった。



---


 そして、再び場面が変わる。


 丘の上にそびえる、朽ち果てた建物。


 割れたステンドグラスから月明かりが差し込み、廃墟の床に長い影を落としている。


 その奥。


 リリスは、十字架に縛られた藤沢の隣に立ち、扉の方へと視線を向ける。


 音もなく、ゆっくりと開かれた扉の向こうに、強い決意を宿したアクトが立っていた。


「……藤沢を返せ」


 アクトは静かに言った。


 リリスは口元に指を当て、楽しげに微笑む。


「あら、来たのね。いい子」


 藤沢はかすれた声で、アクトに呼びかける。


「アク……ト、くん……来ないで……」


 アクトの喉が強張る。


「藤沢……!」


「ふふっ、さて、どうしようかしら」


 リリスは藤沢の髪を軽く引っ張りながら、彼女の顔を覗き込む。


「ねぇ、アクト。本当にこの子が大事なの?」


 アクトは拳を握りしめた。


「……ああ」


 その一言を聞くと、リリスの微笑が深まる。


「ふーん……じゃあ、これでお別れね」


 リリスの手がわずかに動いた。


 その瞬間、藤沢の心臓は大きく抉られる――そして、そのまま意識を失った。


「……っ!」


 アクトの思考が一瞬、停止する。


 藤沢が無防備にぐったりとした姿を見て、彼の心臓が締めつけられる。


 リリスは、そんなアクトの様子を見てクスクスと笑った。


「いいわ、その顔。絶望する瞬間が一番美しいのよね。これで契約完了にしてあげる」


 アクトの拳がギリギリと音を立てるほどに握り締められる。


「……お前……」


 怒りが湧き上がる。


 アクトはリリスを真っすぐに睨みつけ、震える声で言った。


「お前は…絶対殺す!」


 リリスの瞳が細められる。


「へぇ……アクトって、そんなイイ顔も出来るんだ」


 次の瞬間、アクトは床を蹴り、リリスへと飛びかかった。


◇ ◇ ◇


※戦闘描写は省略しています。


 前回に比べ、遥かに善戦したアクト。

 だが、リリスの圧倒的な力の前に次第に追い詰められていた。


 リリスは余裕の笑みを浮かべながら、アクトの攻撃をかわし、反撃を繰り出す。


 吹き飛ばされ、床に転がるアクト。


「もう終わり?」


 リリスがつまらなそうに言いながら、ゆっくりと歩み寄る。


 しかし――


「……いや、俺の勝ちだ。来い!」


 アクトは何かの秘策を出すように、指示を出す。


 その瞬間、僅かに空間が震える。


 そして、 左右から、巨大な蛇の形をした悪魔と、斧を構えたミノタウロスの悪魔が姿を現し、油断していたリリスの隙を突き、捕縛する。


「へぇ……」


 リリスの目がわずかに細められる。


「使い魔を使うなんて、やるじゃない」


「借り物だけどな」


 アクトが低く呟くと、蛇の使い魔がさらにリリスの足元へと絡みつく。


「ふふっ、なるほどね」


 リリスは余裕の表情を崩さないが、その瞳にはわずかな興味の色が宿る。


「(今だ!)」


 アクトは全力で駆け出し、短刀を構える。


 リリスが拘束され、動きを封じられた一瞬――


 アクトの刃が、リリスの腹に突き刺さる。


「っ……!」


 黒い血が滴る。


 リリスの口元から、鮮血が滴る。


「……やるじゃない」


 しかし、彼女の声には怒りの気配はなく、むしろ楽しげだった。


 アクトは荒い息をつきながら、ナイフを引き抜く。


 勝負はついた。


 アクトはリリスを見据え、静かに言った。


「死の淵に立った気分はどうだ?」


「悪くないわね。で、どうするの?」


「見逃してやる。その代わりに、俺と契約をしろ」


 リリスの瞳が揺らぐ。


「契約?」


「ああ」


 アクトは拳を強く握る。


「俺の命と引き換えに、藤沢を助けろ」


 一瞬の沈黙。


「けど、外にはこの子たちを従えるエクソシストがいるんでしょ?それに、私傷ついてるんだけど?」


「それくらいの傷、お前ならどうってことないだろ。あとは、迅たちと好きに戦えよ。もし、お前が断るなら、俺はお前を殺して、別の悪魔に頼むだけだ」


 リリスの瞳が、ゆっくりと細められる。


 そして――


「わかったわ……契約してあげる」


 リリスは、微笑んだ。


 その瞬間、アクトの意識が遠のいていく。


 最後に聞こえたのは、リリスの囁く声だった。


◇ ◇ ◇


 アクトは、ゆっくりとまぶたを開いた。


 天井の木目がぼんやりと視界に映る。


(……ここは……教会……?)


 意識が朦朧とする中、体を起こそうとすると、すぐ隣からもぞもぞと何かが動く気配がした。


「んー……」


 アクトは反射的に横を見る。


 そこには、元気な姿のリリスがいた。


 しかし、以前とは違い、彼女の首には使い魔の証である首輪がついていた。


 アクトは目を見開く。


「な……お前、俺の命を奪ったんじゃないのか?藤沢、藤沢はどうなったんだ!」


 リリスは欠伸をしながら、のんびりとした口調で答える。


「アクトの命なら、ちゃんと対価として頂いたわよ?」


「は?」


「もしかして。アクトったら、何も覚えてないの?」


 アクトは「あっ」と小さく声を漏らし、意識を失う直前の出来事を思い出した。


 リリスとの契約。そして――藤沢の救出。


 全てが終わり、今ここにいる。


 アクトはゆっくりと起き上がる。


 そんな中――


「よぉ、起きたか?」


 部屋の扉が開き、エプロン姿の御剣が姿を見せた。


「いやー。まさか、アクトがリリスに契約を持ちかけて、藤沢ちゃんと命を半分に分けちゃうとはねー。しかも、その最上位悪魔のリリスはなんと、アクトの使い魔。これじゃあ、見習いエクソシストを卒業させたほうがいいかなー」


 御剣はニヤニヤと笑う。


 すると、廊下の奥から姫川の声が響く。


「おーい、アクト。藤沢さんがお前の迎えに来てるぞ。早く飯食って、支度しろ!」


 アクトは布団を払いながら返事をする。


「わ、わかったよ!」


 急ぎ支度をし、食卓に並べられたパンを一枚手に取ると、玄関へと向かう。


 扉を開けると、そこには藤沢が立っていた。


「南雲くん!」


 彼女は安心したように微笑む。


 アクトは藤沢の顔を見て、小さく息をついた。


「悪い、待たせた」


 そして、2人と1匹の悪魔は学校へと向かうのだった。

 こうしてアクトたちの日常が、もとに戻るのだった――。


END



【主要キャラクター】


・南雲 亜久斗


本作の主人公。見習いエクソシスト。


年齢: 15歳(清堂中学に通う)




性格: 臆病で慎重派。純心。諦めが早い。


困ると、自分を守る癖がある。精神年齢が幼い。




背景: 孤児として育ち、御剣迅に拾われてエクソシストの道を歩む。御剣が海外に行ったことで教会を1人で任されることになった。




特殊な境遇故に、なかなか友達が出来ず、同年代と上手く話すことが出来なかった。




契約: リリスに襲われた際、死の恐怖から契約を結んでしまう。契約条件は「リリスを満足させること」。




戦闘スタイル: 短刀をメインに戦う。


戦力を補う為、知恵と使い魔を駆使して戦う。




・リリス


人間と敵対する、最上位悪魔。


姿: 悪魔。アクトの周囲を浮遊している。


※男でもなんでもいいです。




性格: 享楽主義者。退屈が大嫌いで、面白いことを求める。基本的には飄々としているが、本性は冷酷。




契約: 「アクトが自分を楽しませる」ことが条件。退屈を嫌い、人間の絶望する姿を楽しむ傾向がある。




背景:強力な結界の清堂教会に興味を持ち、襲撃した。






・藤沢 ユキ


亜久斗のクラスメイトの女子。


年齢: 15歳




性格: 優しく面倒見がよい。




特徴: 平凡な一般人




関係: アクトの秘密を知り、リリスとの関係を見守る立場になる。




事件: リリスに囚われ、亜久斗の前で殺されてしまう。






・御剣みつるぎ 迅じん


優秀なエクソシストであり、アクトの師匠。


年齢: 20代後半


性格: 自由奔放で飄々としているが、鋭い洞察力を持つ。




背景: アクトを孤児の頃から育て、エクソシストとして鍛えてきた。悪魔討伐のため海外へ行っていたが、物語中盤で帰還する。




特徴:悪意を敏感に察知する特殊能力を持つ。




立場: アクトの成長を見守り、彼の判断を尊重する。




・姫川


御剣の後輩であり、優秀なエクソシスト。


年齢: 20代前半


性格: 責任感が強く、規律を重んじる性格。厳しい態度を取るが、根は優しい。




背景: アクトの契約を知った際には激怒するが、御剣の判断を尊重し、最終的にはアクトを認める。






【世界観・設定】




・清堂市せいどうし


物語の舞台となる都市。


普通の人間には見えないが、悪魔の活動が活発になっている。




・清堂教会


アクトと御剣が暮らすエクソシストの拠点。


悪魔避けの結界が張られているが、リリスのような最上位悪魔には無効。






・契約の痕


悪魔と契約した証として、腕に刻まれる印。


アクトはリリスとの契約により、この痕を持つ。契約完了時に消える。






・使い魔


エクソシストが使役する悪魔。


アクトは、御剣から貸し与えられた蛇型の悪魔とミノタウロスの悪魔を戦闘に利用する。


最終的に、リリス自身がアクトの使い魔となる。






【物語の展開】(ダイジェスト)




1. リリスとの契約


 → アクトがリリスに襲われ、恐怖のあまり契約してしまう。






2. 南雲の日常とリリスの影


 → リリスのせいで普通の生活が送れなくなる。藤沢に相談する。






3. 学校生活とリリスの悪戯


 → アクトの説明で藤沢がその存在を知る。






4. 御剣の帰還とリリスの避難


 → 御剣が帰ってくることを知り、アクトは藤沢の家にリリスを匿う。






5. リリスの誘拐


 → 藤沢の家に血の跡が残り、藤沢が囚われてしまう。






6. リリスとの対峙


 → 廃墟でアクトがリリスと対峙。藤沢が死目の前で殺され、アクトが絶望する。






7. アクトの逆転


 → 御剣から借りた強力な使い魔2体を駆使し、リリスを拘束。形勢逆転し、契約を提案。






8. リリスとの新たな契約


 → アクトは命を対価に、リリスへ藤沢を助けるように頼む。






9. エピローグ


 → 藤沢の無事を確認し、アクトは日常へと戻る。



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