自覚
兄貴の中庭突撃事件の日の夜。寮の食堂で夕食を食べた後、自分の部屋に戻る。
あれ、鍵がかかってない。食堂に行く時には閉めたはず……
まさか、泥棒が!?
俺は覚悟を決めて部屋のドアを勢いよくあけ、部屋の中にいた人影に向かって拳を振り下ろそうとした。
あれ?なんか見覚えが……
「ちょ、ちょっとアーツ!落ち着いて!俺だ!お前のお兄ちゃんの、フィーリウスだ!」
「なーんだ、兄貴か……って、なんで鍵かかってたのに入れてるんだ!そもそもなんで部屋の場所知ってるんだ!!」
「落ち着けよー。とりあえず、差し入れのケーキだ。これでも食べながら、ゆっくり話そうぜっ。」
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俺は仕方なく紅茶を入れ、兄に振る舞う。
「んー!やっぱりアーツの入れる紅茶はうまいな!」
「話そらさせねぇぞ。質問に答えろ。」
「アーツ、怖いよ?落ち着いて?」
兄はケーキを一口食べてから話し始める。
「普通にアーツのクラス行って、聞いたんだよ。」
「クラスの奴ら、勝手に教えやがって……!許さねぇ。……で、部屋の鍵は?」
「それは、その。針でちょちょいとやったら開いたというか?」
「泥棒の手口じゃねえか!校長に泥棒として突き出すぞ!」
「だってぇ〜、アーツが全然話してくれないんだもん〜。お兄ちゃんにも構ってよ〜!」
俺は無視してケーキを食べる。
「……これ美味いな。」
「でしょー?最近有名な店があってね!そこから買ってきたんだよ〜!すーっごい行列だったんだから!」
「そうか。買うの大変だっただろ。ありがとな。」
「いや、顔パスですぐに買えちゃった☆」
「……そういや、一応王子だもんな。」
「一応ってなんだ!ちゃんと王子してるし!」
「じゃ、質問にも答えてもらったし。ケーキ食べたら帰ってくれ。」
「やっぱりアーツ、お兄ちゃんに冷たくない?まだ俺も聞きたいことあるんだけどー。」
どうせ答えなきゃ帰らないだろうなぁ。……はぁ、めんどくせぇ。
「何が聞きたいんだ?」
「おっ、珍しく聞いてくれる!じゃあ聞くけど……アーツ、あのイリスちゃんっていう子好きでしょ。」
…………!?
「……はぁ!?馬鹿なこと言うな馬鹿兄貴!お、俺がイリスのこと、す、好きだなんて……」
「そんな顔真っ赤にさせながら言っても説得力ないぞー?」
「う、うるせぇ!」
「それにさ、イリスちゃんも言ってたじゃん。お側にいたいって。あれ、完全にプロポーズじゃん。」
「いや、あれはイリスが素直な気持ちを言ってくれただけで……って、盗み聞きしてんじゃねーよ!!」
「てへっ」
殺そうかと思った。
「……とにかく、イリスに対して恋愛感情とか……そんなの、持ってないし。兄貴の気のせいだよ。」
「……そっかぁ。じゃあよかった。」
「えっ?」
「俺がイリスちゃん、狙っちゃおうかなー?って思ったからさ。」
「っ!」
「アーツが好きなら、諦めようかと思ってたんだけど……"ただの友達"らしいしね。」
「…………」
「それだけ。じゃ、ケーキ食べ終わったし、帰るねー。紅茶、ごちそうさまー。」
「…………やだ。」
「ん?」
「やだ!イリスが兄貴と付き合うなんて、俺は認めない!」
「…………」
「よくわかんないけど、イリスが兄貴と付き合ってるって想像しただけで、なんか……胸がモヤモヤするって言うか……苦しくなるって言うか。」
俺にはよくわかんないけど。
「とにかく、嫌だ!」
「……っふ!あっはは!!」
「何がおかしいんだよ!」
「アーツ、それが恋ってやつだ。アーツは、イリスちゃんに恋してるんだよ。」
「……恋。」
俺が、イリスに……?
「あー、やっと聞けたよ〜。それが聞きたかったんだ!満足したから帰るよ。」
兄貴はドアノブに手をかける。
「あ、安心して。俺はアーツのこと、応援してるから!じゃ、おやすみ〜。」
そう言って、兄貴は部屋を出る。
扉が閉まった時、俺は察した。
「あの馬鹿兄貴、嵌めやがったな……」
またしばらく口聞いてやんねー。
「……そっか。」
俺、イリスに……
恋、してるんだ。
そう思うと、しっくりときた。
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「あっ、アーツ様!おはようございます!」
「おはよう。」
「……?」
アーツ様、今日なんだかぎこちない……もしかして私、何か失礼なことしちゃったのかも。どうしよう。
やばい。まじでやばい。昨日一睡も出来なかった。それにさっきの挨拶。なんだよ!めっちゃぎこちなかったじゃねぇかぁぁぁ!
意識しない様にって気をつけてだけど、そう思えば思うほど意識してしまうぅぅ……
俺はどうすればいいんだぁぁあ!!
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いつもの様にお昼は中庭に向かう。そして、イリスがいる。そう、いつもの様に。
……いつもの光景なのに、やばい。めっちゃ緊張する。
「アーツ様?大丈夫ですか!?」
「えっ!あ、うん。ダイジョブダイジョブ!」
「ご飯全然食べてないじゃないですか。体調でも悪いのですか?」
「いや、ほんとにだいじょ……」
ピタ、っとイリスの冷たい手がおでこに触れる。
やばい。心拍数がやばい。
「やっぱり、熱あるじゃないですか!とっても熱いですよ!今すぐ救護室に行きましょう!」
「いや、大丈夫だよ、これは……」
「ダメです!立てますか?」
そう言って、リリスが体を支えようとしてくれる。
無理無理無理!体密着するじゃん!そんなの耐えられない!
「ひ、1人で行けるから!支えなくても大丈夫だから!」
「ほんとですか?でも1人は心配なので、ついていきますね。」
そうして俺は救護室に行き、体調不良で早退した。