第六話 決意(ローズベリー男爵視点)
デビュタントの開催される今日、国中の貴族が会場に集まっていた。
無論、私も妻同伴のもと参加している。デビュタントか……来年あの気狂いもデビューさせねばならないことを考えると今から気が重くなる。
横にいる妻に目をやると、妻も同じことを思っていたのか扇で隠しながらではあるが、ため息をついていた。
6歳になった翌日から部屋に閉じ込めて早いもので9年。その間は一歩も部屋から出していないし顔も見ていない。最近は食事の量も1日に1回にし、極限状態で反省を促すが、メイドからは今日も気狂いは変わらずという報告を受ける。
我がローズベリー男爵家の跡取りが気狂いになった以上、別の跡取りが必要だと頑張りはしたが、ついぞ授からなかった。
かくなる上は養子を取るしかないだろうと、最近は養子の選定に忙しくしている。
そんなことを考えていると、入場を告げる声と共に国王陛下、王妃、オリバー王太子がその場に現れた。いよいよデビュタントが始まるのだ。
陛下の合図を受け、男爵家から順番に、子爵家、伯爵家、侯爵家のご令嬢が扉から入りカーテシーを披露していく。
そして一番最後にコーンウォール公爵令嬢が入場すると、会場は騒然となった。
さらさらしたミルクティー色の髪に菫色の瞳を持つ美しい令嬢……を囲むように侍る4人の麗しい男性の存在に……。その4人の男性の姿は、伝承の四大精霊の姿そのものだったのだ。
燃えるようなうねる赤い髪に赤い瞳を持ち火を司る大精霊"サラマンダー"
さらりとした肩の長さの青い髪に青い瞳を持ち水を司る大精霊"ウンディーネ"
腰まであるサラサラの緑の髪に緑の瞳を持ち風を司る大精霊"シルフ"
小麦色に輝く逆立つ髪に金の瞳を持ち地を司る大精霊"ノーム"
コーンウォール公爵令嬢を囲む4人の姿はまさしくそれであった。
「あれはまさか四大精霊様では⁈」
「コーンウォール公爵家のご令嬢が精霊王の愛し子様であったのか!」
「でもなぜ今まで公表されなかったのでしょうか・・?」
目の前の光景に呆然としていると、ざわめく会場をものともせず、コーンウォール公爵令嬢は4人と共に悠然と歩いていく。
陛下の前でカーテシーを披露すると、陛下は頷き立ち上がった。
「デビュタントを迎えた諸君、おめでとう。そなた達の未来が精霊と共に輝かしいものになることを願う。さて、今日の良き日に、みなに伝えたいことがある。コーンウォール公爵令嬢、ここへ」
国王陛下の言葉を受け、コーンウォール公爵令嬢は4人と共に階段を登る。登りきったところで待ち構えていたオリバー王太子の手を取り横に並ぶと会場に顔を向ける。
「この度、コーンウォール公爵家の長女ベネディクト・コーンウォール令嬢が精霊王の愛し子であることが判明した!それによりオリバーと婚約を結び、ベネディクト・コーンウォール公爵令嬢は王太子妃となることが決まった!」
会場は一気に喜びの声に溢れる。精霊王の愛し子は常に現れるわけではなく、コーンウォール公爵令嬢は250年ぶりに現れた"精霊王の愛し子"なのだ。
続く国王陛下の言葉によると、多くの人が精霊と契約を交わす6歳の時に複数の精霊と契約が出来たことで精霊王の愛し子では?と公爵家は湧いたものの、それが幼子の証言のみというのでは信用に欠ける。契約はしたものの、四大精霊をなかなか可視化できず、ようやく可視化できるようになったのが今から1ヶ月前であったこと。それにより客観的にも精霊王の愛し子であると証明できる状態になったためここにきてようやく公爵家から国王陛下にその事実が伝えられ、めでたく"精霊王の愛し子"の誕生、オリバー王太子との婚約がなったということであった。
「あなた!」
妻の言葉でハッと意識が戻る。すると妻は私の腕を引っ張りながら、拍手が鳴り響く会場の端へと移動した。
「あなた、コーンウォール公爵令嬢が精霊王の愛し子だということは、やはりフィリスは?」
「ああ、やはりあやつは気狂いで間違いない」
やはり私は間違っていなかった。あの時部屋に閉じ込めたのは正解だったのだ。そうしなければ行く先々で精霊王の愛し子を自称し、ローズベリー男爵家に泥を塗っていただろう。
「あなた、どうしましょう。来年はあの子もデビュタントに参加させないといけないんですよ?」
そうだ。デビュタントは貴族令嬢の義務であり、貴族令嬢をもつ親の義務でもある。貴族令嬢は例外なく、16歳になればデビュタントに参加しなければならないのだ。
生きていれば……な。
「私に考えがある。今から1年もあるんだ。その間にあいつには病気で死んでもらうことにしよう」
「病気で?」
訝しげにこちらを見る妻に、ニヤリと笑いながらこたえてやる。
「ああ。すでに9年、病気で閉じこもっていることにしているからな。1日1回の食事でしぶとく生き残ってはいるが、それもなくなればどうなるか……」
「なるほど。ではそのようにしましょう」
一応、1日1回食事を与えていたのは過酷な状況で自らを顧みて正気に戻るかもしれないという期待を捨てきれなかったからだ。
だが、そんな期待は最早捨て去るしかあるまい。あやつを生かしておけば来年我が男爵家は大恥をかくこと間違いなしだ。
※※※
その後、屋敷に戻った私はすぐに家令を呼んだ。
「サム、あれへの食事はもう用意する必要はない」
「……かしこまりました。ではそのように」
頭を下げるとサムはサッと執務室から出て行った。
これでいい。2、3日後には結果が出るだろう。
そう私は考えていたのだが、食事を与えなくなってからも、なぜかあやつはしぶとく生き続けていた。