第五話 希望
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「「「「フィリスさま、おはようございます!」」」」
「おはよう!サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム」
部屋に閉じ込められた日から早いもので9年経ち、私は15歳になった。
あの日の私の願いも虚しく、今日に至るまで部屋からは一歩も出してもらえず、もちろんお父様お母様と一緒に食事をとるどころか、顔を合わせることもない。
8歳になるくらいまでは日に3回届けられていた食事も、10歳になるまでには2回に、12歳になる頃には1回になった。それから今日に至るまで、1日1回具なしのスープとカビの生えたパンが届けられている。
そんな状況でも私が生きてこられたのは、まさに四大精霊のおかげだ。
寒い日にはサラマンダーがあたためてくれたし、ウンディーネが飲み水を出したり身体を清潔にしたりしてくれた。
シルフは身体を乾かしたり部屋の埃を払いってくれたし、ノームは果実や野菜を与えてくれたのだ。
それだけではない。精霊についての勉強や貴族としての勉強まで教えてくれた。
そのおかげで、いつか私が許されて部屋から出る日が来ても、お父様やお母様に恥をかかせることにはならないはずである。
今日も朝食にノームが用意してくれた果物を食べ終わると、おずおずとサラマンダーが話しかけてきた。
「フィリスさま、以前からお断りになられている件なのですが……」
「もしかして精霊王さまからの?」
「はい」
部屋に閉じ込められるようになった6歳の頃から、精霊王から精霊の国で一緒に暮らさないか?と毎年誘われている。
だが、あの頃の優しい記憶が忘れられない私は、今年こそはお父様お母様から許してもらえるのではないか?という未練を捨てられていない。その気持ちは年々薄らいでいくものの、まだ完全に消え去ってはいない。
その未練がある限り、人間を精霊の国に連れて行くことはできないという。
今もまだ未練を捨てきれていない私は、せっかくのお申し出に申し訳なく思いながらも今年もお断りすることにする。
「サラマンダー、本当にごめんなさい。未練がましいのは自分でも理解しているわ。でも、まだ私の中の希望が消えていないの。だって、1年後は私のデビュタントの日だもの」
そう、今日からちょうど1年後、16歳になった貴族令嬢が参加が義務付けられているデビュタントが開かれるのだ。
今年15歳の私も、来年の今日にはデビュタントに参加できる。デビュタントへの参加は親の義務でもあるため、来年にはデビュタントに参加するために10年ぶりに部屋から出ることができるのだ。
いや、もしかしたらデビュタントに参加するために貴族のマナーやダンスの練習などのために今年こそ部屋から出る許可が下りるかもしれない。
その希望が残っている以上、今年も精霊王からのお申し出を断るしかなかった。
「かしこまりました」
私の返答に、サラマンダーは困った子を見るような、あの日のお母様のような眼差しを向けてきた。
「心配してくれているのに毎年ごめんなさい」
私の現状に胸を痛め、何とかしたいと4人や精霊王が思ってくれているのは痛いほどわかっている。
私も今の状態に不満がないわけではないのだ。外に出て大好きなバラのアーチのもとにも行きたいし、好きに走り回りたい。閉じ込められてから続けている可視化訓練の難しさを身にしみて理解できている今だからこそ、6歳の自分に可視化を命じたお父様お母様に怒りもある。
それなのに、私の頭に浮かぶのは、夜になると本を読んで寝かしつけてくれる優しいお母様の顔。
外で遊んだ後に疲れて寝たふりをする私を抱き上げてベッドに運んでくれるお父様の手のぬくもり。
私が拙いマナーで一生懸命食事をする様子を微笑ましげに見つめる2人の瞳。
世界で一番大切な宝物だと言って抱きしめてくれたあの日の幸せな気持ち。
そんな光景ばかり浮かんでしまうのだ。全て諦められたらどんなに楽だろうか。そう思うのに、あの日々を思うと希望を捨てきれない。
それにここまできたら意地もある。見事に可視化を成功させて、驚くお父様お母様に反省し後悔してもらいたい。
「フィリス、お前を疑って悪かった」
「フィリス、あなたは嘘をついていなかったのね。ごめんなさい」
そう言って抱きしめてもらえたら……。そんなことを考えていると、シルフが言葉を発した。
「フィリスさま、私たちに謝る必要などありません。私たちの心は常にフィリスさまと共にあります」
そう言って優しく抱きしめてくれる。
「そうですよ!もちろん心配ですけど、フィリスさまの願いが私たちの全てですから」
ノームはにっこりと微笑みながらそう言って頭を撫でてくれる。
「フィリスさま。フィリスさまが来年のデビュタントを諦めないというのであれば、それでいいのです」
優しく微笑むウンディーネ。
「そうですフィリスさま。さあ、今日も可視化訓練をしましょう!もちろんデビュタントに向けてダンスの練習もしましょうね!」
こちらに手を差し伸べてくれるサラマンダー。
「ええ。今日もみんなよろしくね」
「「「「かしこまりました」」」」
そうして私たちは今日も可視化訓練を始めたのだが、この日を境に、ついに私の部屋に1日1回の食事すら運ばれてくることはなくなってしまった。