第三話 暗雲
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4人との精霊契約を結んだ私は、4人に庭園を案内していた。
「バラのアーチもだいすきなんですが、このラベンダーもとてもいいかおりなんです!お母さまがポプリにしてまくらもとにかざってくれるので、ねむるときも、いいかおりがするんです」
「フィリスさまはラベンダーもお好きなのですね」
「はい!」
私の拙い話もお父さまやお母さまのように嬉しそうに聞いてくれる4人。私のこともいっぱい知って欲しいし、4人のこともこれからいっぱい知っていきたいな。
そう考えていると遠くから足音が聞こえてくる。足音近づいてくる方向に目を向けると、お父さまが使用人を連れて鬼気迫る様子で全力疾走してきていた。
あまりの迫力に固まっていると、私の前まで来たお父さまはゼーゼーと肩を上げ下げしながら呼吸を整えている。
「お、お父さま?だいじょうぶですか?」
「あ、ああ。はぁはぁ……私は……大丈夫だ」
大丈夫じゃなさそう。しばらくゼーゼーしていたお父さまは、落ち着くと私に話しかけてきた。
「フィリスや、精霊と契約したと聞いたが本当か?」
「はい、ほんとうです」
私は後ろにいる4人を振り返る。4人は誇らしげな様子で頷いていた。
「では、一体どんな精霊と契約したんだ?」
先程からお父さまの様子に鬼気迫るものがあるのだが、なぜなのだろうか?
「火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊です。4人ともとてもうつしくて、とてもやさしい精霊たちです」
そう私が応えると、お父さまはブルブルと震え出した。よく聞こえないが、落ち着け……とか早まるな……とか何かぶつぶつと呟いている。
その様子に少し恐怖を感じていると。
「4人と契約をしたということなんだな?」
念を押すように尋ねてくるお父さまに、コクリと頷きながら応える。
「はい、4人とけいやくしました」
私がそう応えると、お父さまは私をばっと抱き寄せた。
「よくやったフィリス!!何と言うことだ!!我がローズベリー男爵家から精霊王の愛し子が出るとは!!」
先程からよく聞くいとしごとは一体なんなんだろう?今が確認する良い機会なのではないか?そう思った私が質問をしようとしたとき、抱きしめられていた体勢が解かれ、私の両肩に手を乗せたお父さまが嬉しそうに言った。
「ではフィリス、精霊王の愛し子の証明をしなさい。今すぐ精霊を可視化するのだ!」
「かしか?」
お父さまは何を言っているんだろう?ポカンとお父さまを見つめていると。
「この人間は何を言っているんだ?精霊の可視化なんて6歳でできるはずないだろう」
後ろにいるサラマンダーが呆れたように呟いた。
「まったくね。今までの最短記録が確か20歳ではなかったかしら?」
「ええ、その通りよ」
ウンディーネやシルフの会話から察するに、お父さまの言うかしかというのは、そう簡単にはできないようだ。精霊達の会話を聞きながらそんなことを考えていると。
「フィリス?何をやっている?早く可視化しろ!精霊王の愛し子は精霊を可視化できるんだ!可視化さえできればお前が精霊王の愛し子であると証明することができる!さあ早く!」
「えっでも」
どんなに急かされてもできないものはできない。
期待の眼差しでこちらを見つめてくるお父さまに何て言えばいいのか戸惑っていると次第にお父さまの表情が変わってきた。
「フィリス?出来ないのか?まさか4人と契約したというのは嘘なのか?」
先程の気色ばんだ表情から一転して、こちらを疑うような、怒りを含んだような表情のお父さまに恐怖を感じ、言葉が出てこない。
「フィリス?どうなんだ?嘘つきではないのであれば今すぐ可視化をして証明しろ!!」
ついに怒鳴り始めたお父さまの様子に思わず涙がこぼれる。
「なっこの人間!フィリスさまに何と無礼な!!」
「ダメよノーム!気持ちはわかるけど、フィリスさまが望んでいない以上、この人間を攻撃してはいけないわ」
ノームとシルフの会話が聞こえてくる。でもどうしよう……こんな様子のお父さま初めてだ。怖くて声が出てこない。
そんな私の様子がますます気に入らない様子のお父さまがまた怒鳴ろうとしたとき。
「あなた!どうされたのですか!フィリスが泣いているではありませんか!」
騒ぎを聞きつけたお母さまが駆けつけてくれたようだ。パッと私とお父さまを引き離して庇ってくれるお母さまの背中を見て、今度は安堵の涙が溢れる。
私を庇うお母さまに、お父さまは必死に状況を説明し始めた。
話を聞いていたお母さまは4人と契約したという話が出ると、こちらをばっと振り返る。
「本当なのフィリス⁈本当に4人と契約を?」
お母さまの問いかけにコクンと頷くと、お母さまはお父さまの方に目線を戻し、話を続けた。
しばらく聞いていたお母さまは、再度こちらを振り返る。その顔は先程とは違い、お父さまのように疑いや怒りが滲んでいるように思えた。
「フィリス、お父さまの言う通り、嘘でないなら可視化をしなさい。さあ、今すぐに!」
さっきまで私の味方になってくれたと思っていたお母さまも、お父さまのように私にまくし立ててくる。
その様子にますます言葉が出なくなった私は、震えながらも必死にブンブンと首を横に振った。
お父さま、お母さま、できないよ。かしかなんてよくわからないよ。精霊たちも、6歳で出来ないって言ってるよ。頑張ってできるように練習するから、そんなふうに怒らないで。
そう思いながらも声が出ないので必死に首を振っていると、お父さまが叫び出した。
「気狂いだ!!フィリスは気狂いになってしまった!!」
きぐるい?
「そんな!!一体どうしたら?」
お父さまの言葉に泣き崩れるお母さま。
何がおきてるの?きぐるいってなんのこと?呆然としているとお父さまが使用人に向かって指示を出し始めた。
「6歳でこんな嘘をつくとは気が狂ってしまったに違いない!!部屋に閉じ込めておけ!!」
「かしこまりました」
サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム。4人が一生懸命何かを言ってくれているのはわかるが、頭に入ってこない。
頭が真っ白になっている間に使用人に両脇を抱えられずるずると引きずるようにして連れて行かれると部屋に放り投げられてガチャっと鍵をかけられてしまった。
「フィリスさま!人間たちめ!フィリスさまに何という仕打ちを!!」
「おいたわしやフィリスさま」
4人の精霊たちも私の部屋まで着いてきてくれていた。そして4人とも涙を流しながら私を心配してくれている。
私を心配して涙を流してくれる4人の姿を見て、私もまた涙が溢れてきた。
いったいなにがおきたの?ついさっきまであんなに幸せだったのに。
4人に寄り添われるようにして泣いていた私は、まさかそれから10年も部屋に閉じ込められることになるとは、この時は思ってもいなかった。
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