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番外編 ローズベリー男爵の後悔①

番外編



 私はどこで間違えたんだろうか?気づけるタイミングはいくつもあったはずだ。


 それなのに気づかなかった。


 フィリスが精霊王の愛し子なのではないかと舞い上がり、可視化ができないことに落胆し、嘘をつかれたと怒りが込み上げ、部屋に閉じ込めた。もしもそれが本当に嘘であったとしても、私だけはフィリスの気持ちがわかったはずだ。私だけはフィリスに寄り添うことができたはずだったのに……。


 16歳になったフィリスの姿を私は知らないし、この先も成長したフィリスを見ることはない。私の中のフィリスはいつまでも6歳のフィリスのままだ。「お父さま!」と私と同じ銀の髪をたなびかせ、妻に似た菫色の瞳をキラキラさせながら私に駆け寄ってきた、あのときのフィリスの……。



※※※



 私はローズベリー男爵家の後継者として生を受けた。


 両親の愛を一身に受け、無事に精霊契約を結べる6歳を迎えると、自分はどんな精霊と契約を結べるのだろうかと毎日を楽しみに過ごしていた。フェアリアル国民は10歳を迎えるまでに皆精霊契約を結ぶのだ。


 しかし6歳になっても、7歳になっても、8歳になっても私の前に精霊は現れなかった。


 そしていよいよ10歳を迎える前日。


「どうしてあの子はまだ精霊契約を結べないのかしら?明日で10歳になってしまうわ」

「うーむ……。フェアリアル国民は例外なく10歳になるまでに精霊契約を結ぶものだ。きっと今日がその日なのだろう。楽しみに待っていようじゃないか」


 そんな両親の会話を聞いてしまい、もし今日精霊契約を結べなかったら両親を失望させてしまうのではないのかという不安や焦りから、部屋に閉じ籠り泣きじゃくる私に乳母がある提案をしてくれた。


「ポール様、もしもの時はトマがポール様のお力になります」


 トマは私より3歳年上の乳兄弟だ。トマは風の上位精霊と契約をしていて、精霊に命じて風を起こすところを何度か見せてもらったこともある。


 乳母の提案はこうだった。今日、9歳最後の日に精霊契約を結べなかった場合、風の精霊と契約を結んだと両親に嘘をつくこと。それ以降はトマが自分の契約精霊に命じて、トマの精霊が私の命令を聞いてくれること。そのためにもトマを私の侍従にした方がいいこと。


「でもトマはいいの?僕のためにそんなこと」

「ポール様のお力になれるのは光栄なことですから。もちろん今日、ポール様ご自身が精霊契約を結べることを心から願っていますが、もしそうならなかった時は私にお力添えさせてください」


 不安に苛まれていた私にとって、それはこれ以上ないほどありがたい申し出だった。


「でもすぐバレちゃうんじゃないかな?お父様やお母様、使用人たちの契約精霊が僕の嘘をすぐ教えちゃうんじゃ……」

「そこはご安心ください。私の契約精霊は風の上位精霊。この男爵家の誰よりも強い精霊なんです。私の精霊が言えば他の精霊も黙っていてくれますよ」


 そう言うものなのだろうか?何か引っかかる気がしたが、それよりも今自分を救ってくれる甘い提案に私はのることにした。


 そして結局10歳になるまでに精霊契約を結べなかった私は、その日から『風の上位精霊と契約したポール・ローズベリー男爵令息』になったのだ。


 トマは私の侍従となり、トマの精霊は姿は見えずとも私の命令は聞いてくれた。私が命じた通りに風が巻き起こる様子は心が踊る一方、本当は自分の精霊ではないという事実が常に私の心に影を落としていた。



※※※



 婚約者を決めることになる16歳になっても私の秘密はバレていなかった。最初のうちは私の嘘を自らの精霊から教わり指摘してくる者も現れるのではないか?と常に不安に苛まれていたのだが、不思議とそんなことは起きなかったのだ。


 しかし、さすがに国内の貴族を娶っては私が精霊と契約をしていないことがバレてしまう可能性もある。


 そこで国外から迎え入れたのが他国の男爵令嬢だったクロエだ。我が国では政略結婚もあるが、恋愛結婚も許されている。我が男爵家も特に政略結婚の必要はなく、両親からは好きになった相手を伴侶に選んでいいと言われていた。


 そのため、他国から観光に訪れていた時に知り合ったクロエを伴侶に迎える事にしたのだ。美しい菫色の瞳にミルクティー色のサラリとした髪を持つクロエは他国でも引き手数多で婚約者もいるに違いないと思っていたのだが、幸運な事になぜかクロエには婚約者がいなかった。


 その理由がわかったのは結婚してしばらく経ってから。クロエはあまりにも幼かった。無知と言えばいいのか、無垢と言えばいいのか、貴族令嬢としてはあまりに欠けていたのだ。


 だが私にはそれでもよかった。国内の貴族令嬢を娶れば私の秘密がバレる可能性があるが、他国の令嬢はたとえフェアリアル王国に嫁いできても精霊契約を結ぶことはできないため、私の秘密がバレることはない。


 それだけで私にとってクロエは何物にも変え難い価値があるのだ。


 結婚してしばらくは中々子宝に恵まれなかった。だが私が20歳、クロエが19歳の時に待ち望んでいた子供、フィリスが生まれたのだ。

 

 クロエの菫色の瞳に私の銀の髪を受け継ぐフィリスは本当に愛らしく、何に変えても守りたいと心から思った。


 両親もフィリスをそれはそれは可愛がっていたが、フィリスが2歳になった時、不運な事故で亡くなってしまった。そして私は22歳の若さでローズベリー男爵になったのだ。


 突然引き継ぎもなく男爵になった私は毎日必死に領地経営にあたり、クロエやフィリスの世話はクロエの実家から連れてきた使用人達に任せていた。


 フィリスが5歳になった時からつけた家庭教師だけはさすがにフェアリアル王国の者にしたが、それ以外のフィリスの世話は、全員クロエの連れてきた使用人で固めていた。私自身の周りには常に事情を知っているトマがいて、クロエとフィリスの周りも偽る必要のない、精霊契約と無縁の使用人で固めることは私を酷く安心させてくれることだったからだ。


 しかし今思えばそれも間違いだったのかもしれない。



※※※



 フィリスが6歳になる前日、私は如何ともし難い妙な緊張感に包まれていた。


 もし、私の血を受け継ぐフィリスも私のように精霊契約が結べなかったら?


 そんな不安がフィリスが成長していくにつれて大きくなっていたのだ。不安でなかなか眠れず、寝室にクロエを残し執務室で考え込んでいた私に寄り添ってくれたのはトマだった。


「きっと大丈夫です。もしもの時は私もおりますし、水の精霊と契約している私の娘がフィリス様のお力になります」


 トマの言葉はいつも私を安心させてくれる。トマがいたからこそ私は今も後ろ指をさされることなくローズベリー男爵として生きていけているのだ。


「ありがとうトマ。君がいてくれて本当によかった」

「もったいないお言葉です」


 もしもの時はトマの娘がフィリスの力になる……か。


 トマの精霊の力を借りて生きてきた私としては、できればフィリスに私と同じような劣等感や偽りがばれるのではないかという不安を感じながら生きて欲しくない。


 フィリスが精霊契約を10歳になるまでに結べるよう、祈る気持ちでその日は夜を明かし、とうとうフィリスの6歳の誕生日当日を迎えた。


 フィリス……私の宝。生まれた時から何に変えても守ると心に誓った愛しい娘。


 そんな娘に誕生日の翌日、私は今となっては後悔してもしきれない酷い言葉を投げつけてしまったのだ。



※※※



 誕生日翌日、フィリスにつけていた元クロエ付きの使用人の話を聞いた私は完全に舞い上がっていた。


 フィリスが精霊王の愛し子であれば、心配していたことが一気に払拭されるどころか、国中から我がローズベリー男爵家が羨望の眼差しを注がれる事になる。


 そして精霊契約を結べなかった自分も精霊から認められたような、何かから偽ってきた人生への許しを得たような、そんな気さえしたのだ。


 しかし、そんな私の期待は見事に裏切られた。フィリスは精霊の可視化ができなかったのだ。



 私の今までの劣等感や不安を払拭するはずだった『精霊王の愛し子』が幻に終わった……。


 

 そう思った私が次に感じたのは激しい怒りだった。


 10歳の時から嘘をつき続けた自分を棚に上げ、そんな自分の劣等感を払拭してくれると期待した娘に嘘をつかれたことが許せなかった。自分の罪を娘に暴かれ笑われているように感じ、急に娘を化け物か何か悍ましい物のように感じてしまったのだ。


 その後のことは……。


 フィリスに暴言を吐く前に戻れたらどんなにいいだろうか。なぜあの時あんな決断をしてしまったのか……。



※※※



 それから10年の月日が流れ、国中の精霊が消えて3ヶ月が経った頃、我が男爵家に国からの調査が入った。


「フィリス・ローズベリー男爵令嬢にお会いしたい」

「娘は人様にお会いできる状態ではありません」


 娘は病気で、とてもじゃないが人前には出せないと何度言っても会わせろの一点張りで、仕方なくフィリスを閉じ込めている部屋に案内した。


 10年ぶりに会う娘……私の罪を再び暴かれるような、古傷を抉られるような、そんな不快な感情が込み上げてくる中フィリスの部屋の扉を開くと、中にいるはずのフィリスの姿はどこにもない。


 騎士が部屋の中を隈なく探している様子をただただ呆然と眺めていると、1人の騎士が「ご説明願えますか?」と言って紙を差し出してきた。



"精霊王さまのお国で暮らします。さようなら フィリス"



 そう書いてある紙を見て、綺麗に整えられた部屋を見て、今までの数々の疑問が頭に浮かんできた。



 誰にも教わっていないのに精霊契約の動作をしたフィリス。



 部屋にずっと閉じ込めていたにもかかわらず、メイドからの報告によれば一度も病気らしい病気をしたことがないフィリス。



 日に1度の食事しかせず、この1年はその食事すらないのに生きていたフィリス。



 疑問を感じた私がメイドに部屋の中に入ってフィリスの様子を確認するように伝えようとする度にトマから止められ、違和感を見て見ぬふりしてきた。


 そうだ、私が何かに気がつきそうになる度にトマが止めたのだ。なぜそんな……いや、そもそもトマに確認したことがある。フィリスは精霊王の愛し子なのかトマの契約精霊に聞いてみてくれと。その時トマは確かにこう言ったのだ。


「ポール様、フィリス様は精霊王の愛し子ではないそうです」と。


 私の後ろに控えているトマにその時の事を確認しようと振り返ると、トマは醜く歪んだ笑みを浮かべて私を見下ろしていた。


「トマ……?まさか、違うだろう?君が私にそんな嘘をつくなんてことは……。フィリスは精霊王の愛し子じゃない、精霊はそう言っていたんだろう?」


 藁にもすがる思いでトマの言葉を待つ。違うと言ってくれ、フィリスはただの気狂いだと……そうでないと私は、私のしたことは……?


 しかしトマから返ってきた言葉は私が一番聞きたくない言葉だった。


「自分の娘によくあんなことができましたね。それも精霊王の愛し子相手に」

「何を言っている⁈違うと言っていたではないか!そう言ったのは他でもないトマ、お前だったではないか!」


 トマに掴み掛かるも騎士に剥がされ、私とトマ、クロエや使用人達は皆それぞれ尋問を受ける事になった。


 尋問ではこれまでに何があったのか事細かく聞かれ、もはやこれまでと観念した私は、それまでついてきた私自身の嘘も含めて全てを正直に話すことにした。


 話していくにつれ、己がフィリスに対してしてどれほど非道な行いをしたのか、己がどれほど取り返しがつかないあやまちを犯したのかを自覚し、胸が焼かれるような、張り裂けるような痛みに涙が止まらなくなってしまう。


 あまりにも苦しくて、上手く言葉を出せなくなってしまった私は「今日はここまで」と騎士達に両脇を抱える形でそのまま連行され、独房に入れられた。


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主人公の不自然さに気づかなかったのは男爵家自体が精霊に無縁だったからかぁ。すべての国民が精霊と契約する中で男爵だけが契約できなかったのは何か理由があるのか?娘が愛し子である事の反動?トマは一体なんの目…
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