エピローグ
※※※
セレンが私の前から消え、早いもので6年の歳月が流れた。
セレンが消えたあの日の深夜、プツッと何か目に見えない繋がりが切れたように感じ、目を覚ましたのだが。
「おやすみアダン、良い夢を」
そう言って私を見下ろし、優しく頭を撫でてくるセレンの手の温もりを感じ眠りにつき、再び目を覚ましたときにはセレンの姿が消えていた。
崩れ落ちた精霊王様の像、消えたセレン。
ああ、だめだったのか。愛し子様をお救いすることができなかったのか。
事態を理解した私は、セレンが恐らく姿を消す前に置いた、セレンが守ってくれていた例の書物を手に大司教様に全てお話しした。
それからのことは多くは語るまい。
コーンウォール公爵家の傍系であったクリスは炭鉱送りとなった。
ローズベリー男爵夫妻は爵位剥奪、平民となったのち処刑。長年の虐待、それも精霊王の愛し子への虐待、それが結果精霊がこの国から消える原因となってしまったのだ。最期は後悔の言葉を口にしていたと言う。
私は脅されていたために真実を口にできなかったということで特にお咎めはなかったが、あの時の決断は本当に正しかったのか、自問自答を続けている。
エマを犠牲にしていれば、このような事態にはならなかったのかもしれないが、エマを犠牲になどできなかった。
ではどうすればよかったのだろうか?もっと日頃から書庫にこもってばかりではなく他人との関係を築き、信頼できる人を増やしておけば何とかなったのではないだろうか?いやそれでも相手は公爵家だ。公爵家に立ち向かうには陛下を味方にするしかない。
しかし、しがない司教の私に陛下と接する機会はほとんどなかった。ではどうしたら?
「罪は私にもある。陛下ですら自責の念に駆られている。みなが後悔し続けている。お前だけではない、共に考え続けよう」
自問自答を続け、自分を責め続ける私にそう言ってくださったのは大司教様だった。
それから、何度か大司教様と陛下の話し合いが行われた結果、精霊が消えたことへの戒め、後悔、過ちを心に刻むために、毎年精霊の消えた日に精霊祭りを開催することになる。
そしてまさに今日、6回目の精霊祭りが行われているのだ。
神殿に国王陛下も含め多くの人々が集まり、精霊への祈りを捧げる。
儀式が終わり、人々が神殿から出て行った後も、私は1人祈りの場に残っていた。
精霊王様、愛し子様をお守りできず申し訳ありませんでした。
愛し子様やお戻りになった精霊達は元気でお過ごしでしょうか?
セレンは元気でいるのでしょうか?
何も言えなかった……。
今までの感謝も言えず、別れの言葉も言えなかった。
四大精霊様のことにあんなにも魅了されたのは、セレン、私が君に魅了されたからだった。
もっと君に伝えたかった。どれほど君を大切に思っていたのか。
「私もよアダン」
……ついに幻聴まで聴こえるようになってしまった。
「幻聴じゃないわアダン。こっちを見て」
ずっと聞きたかった懐かしい声に顔を上げると、ずっと会いたかった人があの頃と変わらない優しい微笑みで私を見下ろしていた。
「セレン!」
私は急いで立ち上がるとセレンを抱きしめた。
「セレン!セレン!」
「ええアダン私よ。会いたかったわ」
聞きたいことは山ほどあったが、私とセレンは抱き合い、しばらくただただ泣き続けた……。
ようやく落ち着いた頃に、セレンが消えた日から今日までの事を語り合ったのだが、まず驚いたのは精霊王様からの御神託についてのことだった。
※※※
「あれはね、我が王の早とちりだったそうよ」
セレンが言うには、御神託のあったあの日、愛し子様は何と若干16歳という若さで精霊の可視化に成功したのだという。
これで堂々と部屋を出ていけるだろうと思っていたら、そのまま部屋に閉じ籠り続け、デビュタントの前祝いを待つと笑顔で話す愛し子様の様子を見守っていた精霊王様は、親の愛を求め続けた愛し子様が、それが叶わぬと分かれば狂ってしまうのではないかと不安になり、御神託で国に保護させようとお考えになったらしい。国に保護されれば国中から大切にされ、愛し子様の心も守れるのではないかと。
当のご本人はご家族への未練を断ち切ってスッキリされていたようなのだが、どうも精霊王様にはそこが上手く伝わっていなかったようだ。
「そうだったのか。では今は愛し子様は?」
「お幸せそうよ。最近では毎日のように精霊王様に口説かれていらっしゃるけど、ご本人は全然気がついてないの」
そう言ってセレンはクスクス笑う。
「でもセレンはどうしてここに?もしかして、またずっと一緒にいられるのか?」
私の期待を込めたその問いに、セレンは寂しそうな顔でゆっくり首を横に振った。
「契約は断たれてしまったわ。私達精霊にとって、人間との契約は目印や寄る辺のようなもの。これがないと人間の世界に精霊は長期間留まることができないのよ」
「じゃあどうして今ここに?」
するとセレンは、愛し子様との話をしてくれた。
精霊の国に帰ってからも、セレンは私のことを心配してくれていたらしい。
そんなある日、1人泣いていたセレンに話しかけてきたのが愛し子様だったという。
「アダンとの話をね、静かに聞いてくださったの。偽者の愛し子が現れた時、知っていたのにエマのことで脅されて真実を言わなかったアダンのことを謝ったらね、愛し子様なんて言ったと思う?偽者なんかいたんですか?ですって」
何も知らなかったことに驚いたセレンはその時起きていたことを全て話し、私が口をつぐんだ事を改めて謝罪してくれたという。しかし、それを受けた愛し子様は。
「アダンさんに申し訳ありません。私がもっと早く可視化を成功させて名乗り出ていれば、苦しませずに済んだのに。まさか私のために苦しまれている方がいるとは考えてもいませんでした」
そう言って涙を流していたという。そしてセレンの話を一通り聞いた愛し子様は、精霊王様を説得し、精霊を守りながら人間を恋しがる精霊に人間と会わせる方法について話し合いを行われたそうだ。
その結果、契約を再度結ぶことは許されなかったが、年に1度だけ愛しい人間がいる精霊のみ人間界に降りることを許されたという。それが今日、精霊祭りの日ということだった。
「じゃあ来年も会えるのか?」
「ええ。来年の今日、またあなたに会いに来るわアダン」
もう一生会えないと思っていたセレンに年に一度会える……何とありがたいことだろうか。
それから私とセレンは日付が変わるまで一緒に過ごした。そして、別れの時というのはあっという間に来てしまう。
「もう行ってしまうのか?」
わかっているが、つい聞いてしまった。そんな私の頭を、セレンはクスリと笑って優しく撫でてくれる。
「ええアダン、来年も楽しみにしているわね」
そう言って私を抱きしめてくれた。私もセレンを抱きしめ返す。
「セレン、君と出会えて本当によかった。あの時、私を選んでくれてありがとう」
声が震えてしまう。
「アダン、こちらこそ。私がアダンを選んだように、アダンも私を選んでくれた。あなたを愛しているわ……私の愛しい子」
そう言うと、セレンは私の額に口付けを落とし、日付が変わるその瞬間に姿を消した。
※※※
それから毎年、精霊祭りの日に過去に契約していた精霊が自分のもとに来てくれた、という話がポツポツと聞こえるようになった。
それを聞いて、いつか自分も契約していた精霊と会えるのではないかと精霊祭りの日を心待ちにする者もいる。
ただし、精霊はそれまでしっかりと絆を築いてきた人のもとにしか訪れないのだ。
私の元にはというと……。
「アダン!」
「セレン!」
今年も、きっとこれからも……。
最後までお読みいただきありがとうございました。
至らない部分も多かったと思いますが、ここまで読んでいただけたこと、心から感謝致します。
また、ブックマークや評価、いいね、誤字報告もありがとうございました。
アルとメリアの怪異奇譚
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