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第十七話 別れ


「私ね、4人のことが大好きよ」


 そう言うと4人は嬉しそうに目を輝かせた。


「悲しい時、嬉しい時、苦しい時、悔しい時、心細い時、不安な時、どんな時も私に寄り添ってくれた4人のことを、本当に大切に思ってる」


 今までの10年の間のことを思い出しているのか、それぞれが思い出に浸っているような表情をしている。


「そんな4人を自慢したかった。どんなに素晴らしい4人なのか、みんなに知ってもらいたかった。どれだけ私が感謝しているのか、どれだけ大切に思っているか……」


 4人は静かに私の話を聞いてくれている。


「だから可視化の成功は本当に嬉しかった。これで4人の素晴らしさをわかってもらえるって。でもね、気が付いたの。私、一体誰にそれを伝えようとしていたのかしら?って」


 6歳から10年間、部屋に閉じ込められていた私が関わってきた人は少ない。


 この10年間、関わりがある人間は部屋に食事を投げ入れてくるメイドが1人。といっても、ここ1年はその関わりすらなくなったのだが。


「お父様とお母様に認められたい……認めてもらってから外の世界へ出て4人の素晴らしさを伝えたいって、それだけを考えて生きてきたわ。でも、可視化が成功して、思ってしまったの。なぜ私は両親に認められることにこだわっていたのかって」


 幼い頃の記憶。あの記憶を忘れたわけではない。しかし、今の私が昔を懐かしむように思い出すことは、4人との出来事ばかりだった。


 私の7歳の誕生日を祝おうと、メイドが投げ入れたパンをノームの用意した果物でたっぷり飾ってくれたものの、パンが果物の汁でビチョビチョになってしまい、ションボリしてしまった4人の姿。その気持ちが嬉しくて、泣き出した私の姿に、勘違いした4人が必死に慰めようとしてくるのがおかしくておかしくて……。


 私がお父様お母様の事を思い出して涙が止まらなくなってしまった時は、4人で私を囲み、ずっと抱きしめてくれた。私たちがいます、私たちはフィリス様を大切に思っています、そう言ってくれる4人の温かさを感じて気が付いたらいつも寝てしまっていた。


 ダンスやマナーが上達すると、これでもかと褒めてくれたし、勉強でつまずいた時も根気強くわかるまで教えてくれた4人。

 

 そんな4人のことを私は……。


「烏滸がましいかもしれないけど、家族だと思っているわ。私にとっての家族は、サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム、あなた達4人なの。そう、私の家族は4人」


 お父様お母様は、家族であって家族ではない。それに気が付いてしまった。


「そしたらね、あの2人に認められることにこだわっていた自分が急に恥ずかしくなってきたの。もう私は子供じゃない、デビュタントを迎える一人前の大人なのにって」


 私の言葉を聞きながら、4人は涙を流していた。まるで子供の成長を喜ぶ親のように。


「そしたらね、国民に4人の素晴らしさを伝えたいって思っていた気持ちも、なぜかスッとなくなってしまったの。本当にそんなこと、4人は望んでいるのかしら?って。どうかしら?」


 すると4人はみな、揃って首を横に振った。そして涙を拭ったサラマンダーが口を開く。


「フィリス、私たちの望みはフィリスの幸せだけだよ」


 ウンディーネが続く。


「国民に私達を知ってもらいたいと考えたことはないわ。もちろん、フィリスがそれを望むならそれでもよかったのだけど」


 ウンディーネの言葉にシルフとノームも頷いた。


「みんな、ありがとう。このことに気がつくのに10年もかかってしまったわ。ここまで付き合わせてしまってごめんなさい」


 私が頭を下げると、慌ててそれを止める声がする。


「フィリス、謝ることはないわ。フィリスには10年必要だったの。それだけのことよ」

「シルフ……」


 頭を上げると4人は優しい眼差しで私を見つめてくれていた。


「10年でよかったよ!これが50年とかだったらフィリスも後悔してもし足りなかったんじゃない?」


 ノームの言葉に、66歳になった自分の姿を想像して思わずクスリと笑ってしまう。


 そして私はスッと背筋を伸ばすと、4人に磨き上げられたカーテシーを披露する。


「四大精霊の皆様、長きに渡り私にお付き添いいただいたこと、改めて感謝申し上げます」


 すると4人は出会ったあの時のように、サッと私の前で跪いた。


「「「「もったいないお言葉にございます」」」」


 そして最後のお願いをすることにする。


「皆様に最後のお願いがございます。デビュタントの前日までこのままこの部屋で過ごすことをお許しいただけないでしょうか」


 その言葉にポカンとこちらを見上げる4人に対して、私は悪戯っぽく微笑み返した。



※※※



 そしてあっという間に1週間が経ち、いよいよデビュタント前日になった。


「フィリス、行こうか」

「ええ」


 私は今日、精霊の国に旅立つ。もちろん持ち物はない。この身体ひとつで精霊の国へ行くのだ。


「フィリスの与えた最後の機会も自ら捨てるなんて本当にどうしようもない奴らね」

「ふふ、そうねウンディーネ。でももういいの」


 フェアリアル王国では、デビュタントの前々日に家族揃ってデビュタントの前祝いをする風習がある。前日はデビュタントに向けて体調を整えるために前祝いは控え、その代わり前々日に大々的に前祝いをするのだ。


 6歳までは大切に育ててくれた両親への最後の機会として、精霊の国に行くのをこの日まで待った。


 デビュタント前々日、待てども待てども私を呼びに来る者は現れない。


 遂に日付が変わったのを合図に、微かに残っていた未練も綺麗に消え失せ、精霊の国へと旅立つことができるようになった。


「フィリス緊張している?」


 ノームが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「そうね、緊張していないと言ったら嘘になってしまうわね。でも、緊張よりも期待に胸が膨らむわ」


 10年ぶりの外の世界。しかもそれはこの国ではない、精霊が住まう国への旅立ちなのだ。


「じゃあ行きましょう」


 シルフが手をかざすと、不思議な空間が現れた。


 私は一度振り返り、部屋を見渡す。


「さようなら」


 誰に聞こえるでもなく別れの挨拶をすると、その空間へと足を踏み入れる。



 さようなら、もう二度と会うことはないでしょう。


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