第十五話 フィリス・ローズベリー男爵令嬢(宰相視点)
騎士からの報告を受けた私は思わず頭を抱えた。
ローズベリー男爵家。
男爵家唯一の子であるフィリス嬢が10年前から病を抱え、屋敷に篭りきりであることは社交界にいるものなら誰でも知っていることだった。
後継者であるフィリス嬢の病が回復しないことから、最近は養子を探しているという話も耳にしていたのだが……。
報告書に改めて目を通すと、より一層怒りが増す。
自分の娘によくこんな外道な仕打ちができたものだ。
私は報告書と1枚の紙を手に取ると、陛下にご報告するために執務室に向かった。
※※※
「つまり、ローズベリー男爵家の長女、フィリス嬢の姿が見当たらないのだな?」
「はい。フィリス・ローズベリー男爵令嬢は今年で16歳になりました。約10年程前、男爵いわく娘は気が狂ってしまったと……。それゆえに部屋から出さず閉じ込めておくことで娘を守っていたと」
報告書の内容を見る限り、守っていたどころか虐げていたという方が正しいと思うが。
「10年にもわたってか⁈夫人も同意の上で?なんてことだ……宰相、フィリス嬢の気が狂ったというのは事実なのか?」
「陛下、そこでございます。男爵が娘の気が狂ったと思った理由が問題でございました」
私は報告書の内容を陛下にお伝えする。
当時6歳になったローズベリー男爵令嬢は、誕生日の翌日に何もない空間に向かって話しかけ、やり方をまだ教わっていないにも関わらず複数の名前を呼び、精霊契約の文言を口にしたという。
その様子を見た使用人からの報告を受けた男爵は、すぐに愛し子様の存在を思い出し大変喜んだという。
「まさしく精霊王の愛し子ではないか!それがどうして気が狂ったなどと?」
「はい陛下、誠に信じられないことなのですが、男爵夫妻は確認のために精霊の姿を見せろとフィリス嬢に命じたそうです。しかし姿を見ることが出来ず、娘は嘘をついている、気が狂っているのではないかと」
私の言葉に陛下は青くなっていた顔を赤くし、語気を荒げた。
「暴論ではないか!なぜそうなる!まだ6歳だぞ⁈精霊の可視化がその年齢でおいそれと出来てたまるか!」
「おっしゃる通りで。ですが男爵夫妻は知らなかったそうです。すぐに出来ると思っていたのに見せてもらえないからと嘘と決めつけ、わずか6歳で嘘をつくような気狂いは閉じ込めておけと」
幼い子供でも嘘をつくことはあるだろう。だからといって気が狂ったのだとは、普通は思わないのではないだろうか?
しかもこの場合、フィリス嬢は嘘をついてなどいなかったのである。
なぜなら報告書によると、10年間一歩も部屋の外を出ることがなく、ここ1年に至っては食事すら与えられていなかったにも関わらず、ドアの外からは元気に話をしている様子が確認されていたからだ。
そんなこと、精霊の力なくしてできるはずがない。10年も部屋に閉じ込められ、そこで全てのことをしないといけなかったとなると病気にならない方が難しい。
部屋を清潔にすることができる水や風の精霊、食べ物を与えることができる土の精霊、寒い時期を乗り越えるために暖を取らせる火の精霊がいなければ、6歳の子供が10年過酷な状況で生き残ることはできなかったはずだ。
だがドアの外から耳を当て、1日1回フィリス嬢の様子を確認していたというメイドが、気狂いは治らずとの報告を男爵に毎日あげていたというのだから、ほとほと呆れ果てた。
「そ、そんな愚かな者がこの国におったとは!それも2人も!いや屋敷の使用人もか!なぜ誰もその状況をおかしいと思わなかったのだ!いや今はそれどころではない!フィリス嬢は一体どこに消えたのだ!」
「はい、ご令嬢の監禁部屋に騎士が突入した時にはその姿がなく、こちらの書き置きが」
そう言うと私は1枚の紙を取り出して陛下にお見せした。
紙にはこう書かれていた。
"精霊王さまのお国で暮らします。さようなら フィリス"




