第十一話 四大精霊(ある司教視点)
私の名前はアダン。物心ついた頃から四大精霊様に魅せられ、司教となった今も神殿の書庫で四大精霊様に関する書物を日々読むのが私の日課であり、我が人生といってもいいだろう。
今から1年前、250年ぶりに精霊王の愛し子が現れた!と国中が騒然となった。かくいう私も興奮した1人である。
なぜなら愛し子様は四大精霊様と契約を結んでいたからだ。
無論、大司教様に頼み込み、愛し子様と大司教様がお会いする際に連れて行ってもらった。
王宮で始まった王太子妃教育の間を縫って、ようやくお会いできたのは、国から愛し子様のことが発表されたデビュタントの日から半年以上も経ってから。
幼い頃に四大精霊様に魅せられてから早いもので30年、書物でしか見たことがなかった四大精霊様のお姿をこの目で見られるまたとない機会に、私の心臓はこれ以上ないほど高まっていた。
そしていよいよ、そのお姿を拝見した私が感じたのは……。
こんなものなのか?
という失望感だった。四大精霊様のお姿は、書物にあった通りの姿だったとは思う。
燃えるようなうねる赤い髪に赤い瞳を持ち火を司る大精霊"サラマンダー"
さらりとした肩の長さの青い髪に青い瞳を持ち水を司る大精霊"ウンディーネ"
腰まであるサラサラの緑の髪に緑の瞳を持ち風を司る大精霊"シルフ"
小麦色に輝く逆立つ髪に金の瞳を持ち地を司る大精霊"ノーム"
確かに、その姿は書物に描かれていた通りだ。しかし、四大精霊様の可視化された姿を見た人々は、考えるよりも先に自然とこうべを垂れた……と記されていた通りにはならなかった。
四大精霊様の素晴らしさを表現するために少々大袈裟に書いただけだったのか?いや、それにしては普通すぎる。見目がいいだけの人間のようではないか。これならセレンの方がよっぽど四大精霊らしい。
セレンは私の契約した水の上位精霊だ。そもそも私が四大精霊様に魅せられたのは、セレンとの出会いがきっかけだった。
※※※
普段その姿を見ることができない精霊は、気に入った人間の前でだけ姿を見せ、名を教えてくれる。
6歳になった私は、セレンを一目見て瞬時に人間ではないと気がつき、自然と涙が溢れてきた。
これが精霊なのか。
直感的に人間ではないとわかる気配。清らかな、触ってはいけないような、あまりにも美しい、畏怖すら感じるその存在に、ただただ涙が止まらなかった。
彼女はそんな私ににこやかに微笑みかけ、ゆっくりと口を開く。
「我が名はセレン」
精霊の名乗り。私はこの美しい精霊に認められたのだ、契約者に相応しいと。
そう思うと何とも言えない感動で、ますます涙が溢れてきた。その様子を困ったように、でも愛おしそうに見守ってくれる精霊。
「ぼくと契約してくれるの?」
何とか絞り出した私の声に、精霊は微笑み返してくれた。
こうして私はセレンと契約を結んだのだ。仲良くなったセレンに、その時のことを話すとクスクスと笑いながらこう言われた。
「アダンは感じやすい人間なのね。上位精霊の私の気でそんな風に感じたのなら、四大精霊様や我が王にお会いしたら卒倒するかもしれないわ」
そのセレンの言葉を受けて、四大精霊様や精霊王様に興味を抱き、色んな書物を読み漁った。
精霊王様についての書物は少なく、またその姿を描いた書物に至っては無いのだという。しかし、四大精霊様については複数の書物があった。
それからは寝ても起きても四大精霊様のことを調べ、神殿にしかない書物の存在を聞き、今や司教になっている。
※※※
セレンとの出会いを思い出し、ますます目の前にいる四大精霊様に違和感を抱いた。
そんな私の様子を見て、大司教様は。
「ずっと憧れ続けていた存在を前に感情が追いつかないようだな」
と笑っていた。私は曖昧に笑みを浮かべ誤魔化す。
「貴重なお時間をいただきありがとうございました。それではまた」
※※※
大司教様と共に部屋を後にし神殿に着くと、私はすぐに神殿の書庫に向かった。
書庫に入り、誰もいないことを確認すると鍵を閉め、セレンを呼ぶ。
「セレン、コーンウォール公爵令嬢のお側にいたのは本当に四大精霊様だったのか?」
そう私が言うと、セレンは私を見定めるように見つめて。
「アダンはどう思ったの?」
ああ、偽者だったのか。
セレンの表情と言葉で、あれはやはり偽者だとわかってしまった。ということは、コーンウォール公爵令嬢も愛し子を偽っているのだ。
「精霊達はみんな気がついているはずだ。なぜ誰も、愛し子と四大精霊が偽者だと言わなかったんだ?」
四大精霊を偽られて、ましてや自分達の王様の愛し子だと偽られて精霊も面白くないはずでは?
「あら人間の遊びに目くじらを立てるほど、精霊は無粋ではなくてよ」
「遊び?」
「ええ」
……違う。この言い方から察するに精霊達は。
「呆れているのか」
私の言葉にセレンは正解だと言わんばかりの満面の笑みになった。
「ほとんどの精霊達は本当に国家規模の人間のお遊びだと思っているわ。でも、精霊の中には遊びではないと気がついてるものもいるわね、私みたいに」
ああ、そういうことか。
遊びだと思っている精霊達は、わざわざそれを指摘するのは無粋だと口をつぐむ。
そうでない精霊達は、自分達の王の愛し子を自称し、四大精霊を自称する者達、それに騙され本気で敬っている人間達に怒り、呆れているから何も言わないのだ。なぜ偽者だと気がつかないのだ?と。
なんということだ。そもそも四大精霊様は愛し子様としか契約を結ばない。コーンウォール公爵令嬢が愛し子様でないということは、四大精霊様は現在は精霊の国にいらっしゃるということだ。
ああ、お会いできると楽しみにしていたのに、やはり生きている間にお会いすることはできないのか。
落胆する私に、セレンがクスリと笑うと優しく頭を撫でてくれた。
私が落ち込むと、セレンはこうやって私の頭を必ず撫でてくれる。そうすると段々雑念やモヤモヤした気持ちが洗い流されたかのようにスッとするから不思議なものだ。
「ありがとうセレン」
「いいのよ」
さて、やることは決まった。気がついてしまった以上黙っておくことはできない。私が真実を明らかにしなければならないのだ。
だが、偽者だと証明することはそう簡単ではない。たとえば、私がいくら偽者だと叫んだところで、国中の人間が本物だと思っている以上、誰も信じてはくれないだろう。
かと言って、四大精霊に力を見せて本物だと証明してみろ!と言った日には、無礼なことを言ったと、その場で捕えられてしまう可能性が高い。
さてどうしたものかと悩んでいると。
「そもそも偽者を用意するならなぜ女にしなかったのかしらね?」
とセレンが言った。
女?どういうことだ?
ポカンとする私を見て、セレンはあら知らなかったの?といった様子で衝撃の事実を口にした。
「我が王の愛し子様の性によって、四大精霊様のお姿が変わるのよ?愛し子様が男であれば四大精霊様のお姿も男、愛し子様が女であれば四大精霊様のお姿も女になるの」
そんなこと、どの書物にも書かれていなかった。書物に描かれていた四大精霊様はみな男の姿だったからだ。
フェアリアル王国の歴史の中で、判明している愛し子様は3名は、そういえば全て男だった。だが、セレンの口ぶりでは女の姿で現れた四大精霊様もいたということか?
「もしかして、フェアリアル王国には昔、女の愛し子様がいたのか?」
セレンにそう尋ねると、セレンは頷いた。
「ええ、我が王の最初の愛し子様がそうだったわ」
これだ。この事実が明らかになれば、奴らが偽者だと証明することができる。
だが、それには証拠が欲しい。できれば初代愛し子様について描かれた書物が。
そして私はそれから書庫で書物を探し続けた。何年もここに通っている私でも、ここにある書物全てに目を通したわけではない。
私が初代愛し子様についての書物を見つけ出したのは、それから3ヶ月後、偽者の愛し子に国中が沸いた日から9ヶ月経った頃だった。
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