第九話 御神託(大司教視点)
デビュタントでコーンウォール公爵令嬢が精霊王様の愛し子様であることが発表されてからまもなく1年が経とうとしている。
1年前、250年も現れなかった愛し子様に、まさか自分が生きている間にお会いできるとは夢にも思っていなかった。それがわかった時は神殿中、いや国中が沸いたものだ。
今日も精霊たちのお力をお借りすることに感謝を捧げる祈りを行おうと、祈りの場に向かう最中のことだった。
「我が愛し子を直ちに保護せよ」
頭に直接響くような、心に直接語りかけるような、不思議な声。
これが精霊王様のお声であると脳が理解するよりも前に、私はその場に跪いていた。
それからどれくらい経ったのだろうか?身体が動かせるようになった頃に、ようやくそれが精霊王様からの御神託だったのだと気がついた時には、神殿は混迷を極めていた。
私と同じように跪く、あるいは平伏していた神官たちも突然の御神託に困惑しながら次々と立ち上がる。そして私のすぐ後ろにいた神官が口を開いた。
「大司教様、どういうことなのでしょうか?精霊王様の愛し子であられるコーンウォール公爵令嬢を直ちに保護せよというのは……?」
「うむ……四大精霊様のおかげで愛し子様の身は安全に違いないと思っていたが……精霊王様からの御神託だ。何か我々には考えも及ばぬ危険が愛し子様に迫っているのかもしれぬ。急いで国王陛下へお伝えしなければ!」
愛し子様にもしものことがあれば……。
※※※
私はすぐに王城に向かうと、御神託の内容を陛下にお伝えした。
すると、顔を青ざめさせた陛下は直ちに王宮で王太子妃教育を受けていた愛し子様の元へと急ぐ。私を含め宰相や護衛、報せを受けたオリバー王太子殿下も陛下の後を追った。
愛し子様、どうかご無事で!
そう願いながら愛し子様の元へ駆けつけると、ちょうどダンスの練習をされているところだった。
「おおよかった!ベネディクト嬢、無事だったか!」
私もほっと息を吐く。
自分の元へと鬼気迫る表情で駆けつけた私達の様子に最初は戸惑われていた愛し子様だったが、御神託の内容をお伝えすると困惑されていた。四大精霊様も御神託について、何のことかわからないという。
念の為、これからしばらくの間は王宮で過ごすようにとの陛下のお言葉に頷かれた愛し子様を、オリバー王太子殿下がエスコートしながら貴賓室へ移動する。
貴賓室に着くと、愛し子様にサッと紅茶が用意された。ソファに腰掛けられた愛し子様は、慣れた様子で優雅に紅茶に口をつける。それを隣で静かに見守っていたオリバー王太子殿下が口を開いた。
「ベネディクト、四大精霊様には及ばないが、私も含め、上位精霊と契約を結ぶ者達で必ず君を守る!」
「殿下……私のためにありがとうございます。何が起こるのか恐ろしいですが、殿下にお守りいただけるなんてとても心強いです」
見つめ合うお2人の姿のなんと美しいことか。お2人は婚約を結ばれてから今日まで交流を深め、真に心を通わせていると陛下からお聞きしていたが、誠であったのだな。
「君は精霊王の愛し子であると共に私にとっても最愛の人だ……。必ず守り抜いてみせるよ。それと、婚約を結んで1年経つんだ。そろそろ名前で呼んで欲しい」
オリバー王太子殿下のそのお言葉に、愛し子様は頬をバラのように染められた。
「……はい。オリバー様」
恥ずかしそうにそう名前をお呼びになる可憐なお姿に、思わずといった様子でオリバー王太子殿下の頬も赤く染まっている。
この美しい光景を絶対に守り抜かなければならない。神殿の総力を挙げて、四大精霊様と共に愛し子様をお守りしなければ。
そう決意した私は、上位精霊と契約をしている司教や神官を4名王城に待機させる許可を陛下からいただくとその場を後にした。
神殿に戻り司教や神官の中でも選りすぐりの4名をすぐに王城に向かわせ、自らは精霊王様への祈りを捧げに祈りの場へ向かう。
「あの……大司教様」
祈りの場にもう少しで着くというところで、1人の司教に話しかけられた。四大精霊様について書かれた書物を好んで読み、四大精霊様について研究をしている者だ。
「どうした?何かあったのか?」
「いえ……あの、愛し子様のご様子はいかがでしたか?」
司教は四大精霊様にしか興味がないと思っていたが違ったようだな。
「安心しなさい、愛し子様はご無事だった」
「さようでございますか。では、四大精霊様に何か変わったご様子はありませんでしたか?」
こちらが本題のようだな。
「特にお変わりなかった」
「本当ですか?御神託については?」
身を乗り出し掴みかかってきそうな勢いで問いただしてくる。
「ご存知ないらしい。精霊王様の御心は四大精霊様にもわからないと」
「そんな……!!」
司教の顔がみるみる青ざめていく。
「愛し子様が心配なのはわかる。だからこそ今我々にできることをするのだ。今私にできるのは精霊王様に祈りを捧げ、愛し子様の無事を祈り続けることだ」
「いえお待ちください!大司教様、お話したいことが!」
必死の形相でそう言ったかと思うと、突然司教がその場に崩れ落ちるように倒れてしまった。
「司教?どうした!しっかりしろ!」
国の一大事に気絶してしまったのか。私は私の契約している風の上位精霊に頼み、司教をベッドに運んでもらった。
その間にも私は祈りの場で祈りを捧げる。
国中の精霊がいなくなったのはそれから1週間後、今年のデビュタントが行われる前日のことであった。




