狐
覚醒するとイナダマ様の顔が天井を遮るのが見える。
「おぉ、やっと起きたかいな。コダマよ」
なんだか恥ずかしくなって勢いよく起き上がると床に着けようとした手が何かふわふわとしたものを挟みそれに呼応して見知らぬ痛覚がコダマを襲う。耐えきれず手を離すと体を支えるものがなくなって再び横になる。
「お寝ぼけさんやなぁ。自分のことよくわからんのけ?」
イナダマ様は膝に手を当てて立ち上がると元に戻してあった鏡を俺の目の前まで持ってきてくれた。円盤状のそれには青の女性が写っている。髪も肌も爪も虹彩も全てが青で満たされている。
それこそ女性の肉体であることも違和感であるが、今はそこではない。イナダマ様と同じような耳が尾が生えているのである。相違点といえば彼女が五本の尾が生えていて油揚げのようなこんがりとした色であるが、コダマは一本しかなく南国の水平線のように碧々としている。
それが自身への重圧としてコダマに押しかかる感じる。どこまで行っても「俺はイナダマ様の下についた従者である」ということからはみ出すことはできず、今後の失態は神の顔に泥を塗ることになるのではないだろうかと怖気付いてしまう。
「わっちが言いたいのはそこやない。なんじゃこれは、ほれほれ」
「ひゃぁん♡」
小麦色が碧のたわわに実った二つの袋を揉みしだくと碧は甘い痒さと快感に艶やかな嬌声を我慢できず思わず身を捩ってしまう。
「やっと可愛い姿が見れたわぁ。あんた、ずっと思い詰めた感じしてたやないいの。せっかくの第二の人生っちゅうやつなんやし? 肩の力抜いてええんよ」
「そうは言って——あぁん♡」
「ガハハ、すっかり乙女やね。……あんたは被害者なんやから、もっと被害者ヅラしてええんやで。こっちの調子が狂うわ、ほなわっちは後片付けがあるからそれまでゆっくりしてええよ」
イナダマ様はコダマの尻を包み込むようにして撫でて、先程の調子が嘘だったかのように低い声色で一言だけ残して本殿を出て行ってしまった。
目まぐるしく自分という存在が変わっていくせいで麻痺していたが、記憶が正しければ俺は男であったはずだ。記憶はないのに、車の運転方法とか麻雀のルールとか微分積分とかをなぜか知っている。その真実が背中を叩くたびに恐怖し、震えることしかできない。
「俺は一体何者なんだ」
扉から見える夕焼けが悔しいぐらい綺麗に見えた。
「コダマ、まだここにおったんか。ほれ、わっちの本殿に戻ろうや」
「ええ」
空を眺めているだけでもう太陽は逃げてしまった。普段は体温を下げてくれる夜風も今では汗の一部となって張り付くだけである。
割と長い階段を降りるとカエルの大合唱が閃光弾のように拡散し全身に襲いかかる。圧倒されるコダマを笑い飛ばすイナダマ様はさっさと大股で歩いていく。
「イナダマ様、俺はこれからどうすれば良いのでしょうか」
「それはあんたが決めるもんや。あんたは事故でこうなってしもうたんやから別にわっちについてくる必要もない。これも無責任かもしれへんなぁ」
イナダマ様はそれ以上のことは口にしない。ここからは俺が独断で進まなければいけないのだろう。あの鬼が言ったことが真実ならば「俺は無関係だ」と手を引くのは無責任に違いない。ならば、ならばだ。俺はイナダマ様に従事すべきでその権利を放棄することは到底ありえない。結局、そんな着地点になったのだ。
「イナダマ様に付き従うと言ったら止めますか?」
「わっちは気にせんよ」
「本当に自分に甘いということはわかっていますが、俺にお力添えをさせてもらえませんか」
大股でイナダマ様を追い越して足を180度捻るようにして正面を向く。小麦色の変わらない飄々とした表情をじっと見つめてから腰を折って頼み込む。髪が引き留めていた汗が頬を伝うとコダマの目を滲ませる。からんころんと下駄の音が響き、それがちょうど左耳の横で止まった。
「わっちはあんたにそういうことをしてもらいたいわけやないの。失態とか失敗とかを拭い去るためにやっただけなんよ。そこまで気にされたらたまらんわ。わっちはただ神としての責任を果たしただけでそれ以上でも以下でもないんや」
「イナダマ様のせいじゃないです。全部、俺が——」
「——残念やけど、これからはわっち抜きで頑張りぃや」
胸から何かこぼれていく感じがする。イナダマ様の言い分もわかるけれどなんか嫌だ。俺の中ではイナダマ様が悪いなんてことはなくむしろ騙された自分が悪いのであって彼女が負い目を感じる必要はないのだ。
お願いだ、行かないでくれ。
居場所がない。これからどこに向かうべきなのだろうかさっぱりわからない。実に情けないことだが、彼女のもとにいられない以上それ相応の準備は少なからず必要なので次に日が昇ってくるまでは手を借りなければならない。
「見ず知らずの俺を助けてもらいありがとうございます」
「良いのよ、みんなイナダマ様に助けられているんだから。あの方は感謝なんてしなくていいって言ってるけどねぇ、それが普通じゃないんだから。私たちも助け合わなきゃねぇ」
イナダマ様の神としての働きによってか、俺の存在はすぐに受け入れられた。白いTシャツと薄い色のジーンズを拝借してもらい、狐の化かしで尻尾を隠し、耳は帽子で覆った。(耳を隠すほどの力は持ち合わせていない)出発の際は誰に挨拶をする必要もない(そもそも知人がいない)ので黒のキャップを深く被り、鍔で視界の半分を隠して歩みを始めた。
一つ山を越えるとすぐにコンクリートの群れが見えてきた。下り坂に引っ張られるのに耐えながら坂を下るとすぐに人数が増えてきた。地方都市ということもあって碧い髪が珍しいのか視線が痛い。
ひとまず、そこらじゅうを歩いて回るがこの辺りは商業施設が多くどこかに居座っていたらそれこそ誰かに指摘、さらに悪いことには通報されかねない。身分すらない今の俺にそんなことになってしまった後など想像もつかないのだ。孤立は自由だがどうにも虚しい。人との関わりを断った目的のない旅など徘徊に等しいだろう。
村を離れてからずっと足を動かしていたので、住宅街の方にあった公園で休息を取ることにした。誰もいないのは幸いだがそれが発展した住宅街の空虚さを倍増させてくれる。
「お一人ですか?」
その言葉に顔を上げるとそこにはレジ袋を持った冴えない青年がこちらを覗き込んでいた。彼は一度息を呑むと深呼吸をしてから隣のベンチに座った。
「まあ、そうだよ。色々あってね、孤立してしまった」
「……このあたりの人じゃないよね」
「もちろん、あんまり俺みたいなやつは見かけないでしょ? 偶々、一山超えたところで休息に寄ったのさ。まあ、邪魔だったらすぐに退くよ」
「邪魔だなんて、そんなわけはない。こんなに堂々と住宅街の公園でベンチに座っている若者なんてなかなかいないから気になって話しかけただけだよ」
そんな風にして俺は一人の男子大学生——枚原健二と邂逅した。彼はどこにでもいるような中肉中背の若者であり、お世辞にも陽気とは言えない。
彼はレジ袋から出したガラナを取り出し、キャップを回し炭酸を少し抜いて口にする。それは私に夏を誇張させ、頭の蒸し暑さが際立ってくれ、日光が青い肌を焼く。
「ええっと、行くところがないなら一晩ぐらい泊まっていきませんか?」
俺はただ何も言わず、頷いた。
青の女性を引き連れて、僕の足は自宅の方に向かっている。
アパートの金切り声を上げる階段を上がって枚原と書かれた表札が掛けられた部屋に入る。安い賃貸のせいか暑さはほんの少ししか和らぐことはないがそれでも日陰にいる分体感温度は著しく低下してくれた。
「ありがとう、少し休んだら出ていくから安心してくれ」
「コダマさん、女性にこういうのは申し訳ないですが、シャワーを浴びてきてくれませんか? 正直、なんか獣臭いです」
僕は地べたに座り込んでからコダマさんにそう告げると彼女は袖や脇のあたりを鼻をすんすんというようにして臭いを確認する。コダマさんは僕の指摘に照れを見せることもなくその仕草に恥を一切見せない。
「そうか? まあ、一日中歩いたからな」
「この夏に水なしで、当てもないのに何してたんですか」
「まあ、その。色々あるんだよ、色々と」
彼女は目を逸らすようにして呟く。
しまった。この話題は彼女の地雷だったのだろうか。部屋に入ってから帽子を脱ぐ素振りもないし、本当にコダマさんは謎に包まれた女性である。
「そうですか、わかりました。ひとまずシャワーでも浴びてきてください」
コダマさんを押し出すようにしてシャワールームに送り出す。アメニティとバスタオル、そして替えの服だけ説明して僕はリビングに(とはいってもワンルームだからリビングと表現して良いか悩ましいところである)戻ってレポートだけ終わらそうとノートPCを開いた。
この卒論さえこなすことができれば卒業することができるのだがこれが悩みの種の一つである。卒業してしまえばその先が就職、これが困難極まりない。
これから秋に入るに従って企業を探し、冬になってその企業の説明会に行ったりエントリーシートを出したりして夏に回る頃には面接、もう一度秋に差し掛かる頃には内定が決まってしまう。
万が一とは言わずそれ以上の確率で、もし一社でも内定をもらうことができなければ、道東の方の実家に舞い戻り家業の農家を継がねばならない。元からスペックの高い姉は順当に大企業に就職することができたせいで、必死にしがみつき追加合格でなんとか大学に入れた僕に実家帰りという切符が回されてきたのだ。
そんな悩ましいこともこの卒論を書き終えなければ始まらない。実に厄介である。高校の国語教師に勧められ読んだ寺田寅彦の『化け物の進化』に感銘を受けてからというもの、僕は科学と妖怪という表裏のような関係でありながら実はその二者が似たような存在であるということについて卒論に杭を打っていた。
化け物の存在を打ち倒す科学という典型的な凡人の構図は滑稽なものである。彼が話す通り『もし昔の化け物が実在でないとすれば今の電子や原子も実在ではなくて結局一種の化け物であると言われる。』はずでその類の科学者でない限り原子の存在を目視することはそうそうなく、一般人なら尚更だ。
だからこそ、僕は「お化けなどいない」と臆病者を嘲る科学の申し子(笑)を軽蔑するし、そのような者は科学を盾に話を展開する資格はないと考えている。
しかし、この話をそのまま卒論に載せてしまっては卒業証書を受け取れるはずもなく、ただひたすらコンピュータの前で唸ることしかできないのだ。
「枚原、上がったぞ。爽快な気分だ」
一度手を止めて声がする方を向くと枚原はコダマの姿に息を呑んでしまう。それは一糸纏わぬ姿をしたコダマが仁王立ちをしていたからであるがそれ以上の衝撃が恥じらいと劣情を加速させてくれる。
「服を着てください!」
「暑いんだけど」
「あなた女性でしょう! 恥じらいとか配慮とかいろいろ、考えてくださいよ」
彼女は口を尖らせながら風呂場の方に姿を消してくれた。
一つ、ため息をすると先ほどの卒論の続きなどまっさらに吹き飛んで、その代わりにあの人とは思えないがそれでも十二分に艶やかな肌色が脳を埋め尽くす。衝撃のせいかそれとも彼女の美貌のせいか狐の耳と尾が生えているように見えたぐらいだ。
「おうおう、そんな動揺するもんじゃないだろうがよ。俺の裸体を見たぐらいで」
「あなたには小さなことかもしれませんが僕にとっては大問題です」
枚原は続けて彼の寝着を着用したコダマにその耳はなんだというように問うと彼女はやらかしたというように呆けた顔で頭部と臀部のそれに触れる。彼女は鼻息を勢いよく鳴らすと尾の方は煙と共に消すのだが、耳の方はそうもいかなかったようで両手でそれを隠そうとするが大きな耳は手で覆うことができていない。
「見ての通り。俺は妖怪とかその類の何かだ」
コダマは開き直ってそんなことを言う。
「自分でもわからないんですか?」
「ああ。元は人だったけど、それこそ妖怪に取り憑かれてから人からかけ離れていった。そいつのせいで人だった頃のことはとうに忘れてしまったよ。今はもう男だったということぐらいしか覚えていないし、色々混じったせいでどう分類するべきかもさっぱりだ」
これ以上悪くなることはないがと彼女はそう言って独白を締め括った。訳ありなのだろうと思っていたがそんなにファンタジーなことになっているとは思っておらず、人外にも関わらず人間社会に生きるというのは窮屈なのではないかと疑問に思ったがそれは彼女がどうにかすべきことだと飲み込むことにした。
「俺は出てくよ。お前も化け物とは一緒にいたくないだろう?」
「いいや、ここにいてくれて構いません。妖怪も科学も自然も人間も皆同じだと、そう思っていますから」
彼女の宝玉のような瞳にそれに見合わない僕が写っているのがはっきりとわかった。
かくして俺は枚原に経緯を説明することにした。一度存在のないものになったこと、神の遣いになったこと、今はただの逸れものであること。全ては自業自得なのだ。
「コダマさん、人は間違うものです。重要なのはこれからどうするかだと思いますよ。僕が言えたものではないですが」
彼はそう言ってまたまっすぐと俺の胸を空くような視線を向ける。
「流石に、俺も無一文で何もせずに居座るつもりはない。家事でも手伝わせてくれ。あと、敬語はやめてくれ。恩人に謙ってもらうほど偉くなった覚えはない」
「助かるよ、今は卒論を書くのに一分一秒と無駄にしたくないからね」
彼は手元にあるノートPCを人差し指で軽く二度三度叩いてそう言った。
「そうか、期限は近いのか?」
「余裕はあるけど、先延ばしにしていてはシワが寄ってくるだけだけだからね」
「不可能に近いだろうが俺に協力できることがあれば言ってくれ」
コダマは胡座をかいて右膝に頬杖をつく。そんなことをしているうちに泥のように眠ることになってしまったのである。
春夏秋冬が経つうちに俺と健二との関係は確実に深いものになっていった。彼がバイトをしてくれたことと俺の衣食にあまり金が掛からなかったこともあって生活が悪くなることはなかった。最初は拙かった料理もメキメキと腕を上げ、たいていのことではレシピを見ないまでに成長している。
健二のところに居候する前とは違って休養する暇があったおかげで体力も十分に回復した。人通りが多くその分の穢れを祓っているうちに苦手だった妖術(?)も多少なりとも扱いは慣れた。そのおかげで耳も誤魔化せるようになったがこの辺りに噂が立ったのは心外である。
しかし、そんな生活も永遠に続くはずもない。健二は実家に戻ることになったという。そろそろ潮時かと思ったが健二とそのご両親の計らいで俺は彼の実家にお邪魔することになったのだ。
引越し当日は彼の叔父である蔵馬さんがファミリーカーほどの大きさの乗用車で迎えにきてくれた。
到着してすぐにご両親に挨拶をして玄関を潜った。荷物を用意された部屋に移し、すぐに一階に居る健二とその両親が話しているところへ戻ると彼の元にはセーラー服姿の少女が彼と肩同士を触れるようにして座っていた。
「コダマです。よろしくお願いします。家事でも農作業でもお手伝いできることがあればぜひ、よろしくお願いします」
「ええ、よろしくねぇ」
「健兄、この人何?」
今度は彼の腕を抱くようにして少女は言う。彼女の名は新田真綾。健二とは昔からの仲であり今日は彼が戻ってくると聞いて待っていたらしい。
「コダマ、健二にはよく世話にさせてもらったよ。記憶喪失の一文無しで困っているところを助けてもらってね。よろしく」
そんなことを言うと新田はなんだか不機嫌そうな顔で健二を盾のようにして隠れてしまった。嫌われてしまったのだろうか。あとは健二の父親にも一つ挨拶をしたのだがうんともすんとも言わず新聞を捲るだけであった。追い出されてしまってはどうしようか、と思っていたが案外そのようなことはなく受け入れてくれたのだろう。
日が傾く頃にはカエルの合唱が外気を支配し、ここは人の領域ではないと警告するように聞こえる。いつもは深夜帯にパトロール(という名の徘徊)をしているのだがあのアパートの周辺に対してこの辺りは人は疎か神社もないので、祀られている神に挨拶をする必要も人を穢れから守る必要もないのだ。
それでも深夜帯まで起きているのは日課であるので眠ることなどできずにただ天井を眺めるしかないのだ。窮屈だがいつ人が入ってくるかもわからないので耳と尾を晒すわけにもいかない。
人を超えてもなお人の目を気にすることになるのだ。
それならば外に出て仕舞えば解放できるだろうと思い、腕の力で立ち上がり、窓から軽く飛び上がって停めてあったトラクターのそばに着地した。幸い、目と鼻は利くので暗くてこの場所に辿り着けないなんてことはない。
結果的にパトロールをすることになったが周りを漂う虫がうざったらしくてしょうがない。尾を振り回し、耳を倒すようにして穴を塞ぎ虫が入らないようにすると幾分かマシである。
そこで二十分ほど歩いて折り返して少し経った時、黒い大型の何かがこちらに迫っているのが見えた。それが街灯の下を通過した時にその正体はすぐにあらわになる。八つの目に四つ位の足短い茶色の毛が生えた節足動物——体長二メートルほどの化け蜘蛛である。
蜘蛛もこちらに気付いたのかカサカサとこちらに急接近してくるのだ。俺の頭目掛けて飛んでくるが重心を後ろに倒し、両腕を並べるようにして顔を守ることで防御し蜘蛛の軌道を上に逸らす。
蛇のような呻き声を出すそれは尻をあげて糸を出す。何発かは余裕で避けるることができたが着地した時の踏み込みの隙を狙われ両足と地面を接着するように蜘蛛糸が張り付いた。
すぐに妖術で焼き払うもその隙に蜘蛛はコダマの顔に張り付いて妖狐の体制を崩す。そのまま蜘蛛は首に牙を立てると音を立てながらコダマに体液を注入する。
当然、彼女はそれに抵抗し鬼由来の怪力で片手で二本、合計四本の足を引きちぎって蹴り飛ばす。すぐさま狐火を飛ばしそれの肉体に火をつける。体を転がして火を消そうともがく蜘蛛を視野の狭まった目で捉えてすぐさま首をもぎ取る。
「くっそ、毎回こんなのばかりだ。本当についてない」
コダマは文句を垂らしながら目の濁った蜘蛛の腹を踏み潰すとついに空気に混じるように消えていった。しかし脈打つような熱が止むことはなく体の節々は動くたびに軋む。
喉は乾くし、屍のような呻き声しか上がらない。
蛞蝓のようにのろまな脚をなんとかあげて訳もわからず前に進む。こんなに体は悲鳴をあげているのに脳は鮮明に動かすことができるのだ。今、健二や新田の居る集落に戻っても姿を誤魔化すこともできず捨てられるだけ、そうに決まっている。
諦めと悲観が心を占めていくたびに体は重くなっていく。限界を悟ったコダマはなるべく見つからないように太い畦道を曲がり、山の方へ方向を変えた。
山と麓との間にある身を隠すことができるほどの草むらに身を投じる形で妖狐は意識を手放した。
参考:寺田寅彦『化け物の進化』
著作権フリーなので青空文庫で読むことができます。
ぜひ読んでみてください。