二十五、箱舟①
装甲列車からジャックが箱舟に照準を合わせたまま銃座に座って指示を待っている。ジャックが狙っているのは八つの目の一つだ。だがそれは科学院のヒューゴから指示された場所ではなく、ノアに渡されたメモに書いてあった、ライアンから指示された場所だった。ヒューゴとライアンで箱舟の弱点と言われた場所が違っていた。
「ホントにこっちでいいんですかね?」
「わからん。だが、あの時の様子からするとライアン王の方が箱舟に詳しいのは間違いない。俺たちはこっちに賭けるしかないだろ」
そう言ってハリー大尉は手元のメモに目を落とす。メモには急いで書いたらしき図面と但し書きが添えられていた。メモによると箱舟上部の八つの目のうちの一つだけが形状が違うという。その目が青色から黄色(再起動モード)になった瞬間に数秒間箱舟が止まるのでその時に撃ち抜けという。モニターで拡大して観察すると確かに一つだけ形が違う目があるが、それを狙って撃ちぬくのは至難の業だ。何しろ今箱舟は王城の壁を登っており、盛大に揺れている。何秒止まっているかも分からないので、止まってから狙いを定めていては間に合わないかもしれない。軌道の上を走っている時とはわけが違うのだ。
それに…、目の前にある箱舟の八つの目の状態は前提と違う。そもそも真っ暗に消灯していて色も何もあったもんじゃない。さらに、一つ形が違う目が、既に割れて穴があいているのだ。昨日はあんな穴はなかった。そんな簡単に壊れる代物か?あの目はここにある改造砲でも2発は当てないと撃ち抜けないのではなかったのか?
ハリー大尉はもう一度手元のメモに目を落とす。
(どうしろって言うんだ…ライアン…)
ジャックが横でスコープを眺めながらつぶやく。
「こうやって改めて見ると小さいですね、あの目」
「しかも見るからに硬そうなんだけどな…でも、割れてるな…」
「向こうの硬さが分かりませんが、とにかく言われたところを撃ち抜けると信じるしかないですね。ここは銃を作った科学院のおやじたちを信じるしかないです」
「自動モードで狙えそうか?」
「無理です。動きが速すぎます。狙うなら手動です」
「ポンコツめ。一発撃ったら次の弾の装填まで何秒だ?」
「弾というか、充電ですね。20秒です」
「そんな遅いのかよ…」
ジャックがスコープを覗き込みながら答える。
「俺全部当てますよ。姫様を救う方法がそれしかないなら。それでだめなら…、全員で箱舟に乗り込みましょうよ。ライアン王がいるなら中に入れます。中で撃ちまくったらさすがに沈むでしょ。ここで姫様を守れなくて何が王国の兵隊ですか」
ハリーが頷く。装甲列車の室内は緊張で静まり返った。
ノアが城の窓から身を乗り出すと、壁をよじ登ってくる箱舟が見えた。あの巨大な箱舟が取り付いても倒れないこの城もすごいが、乙姫の居場所を突き止めて真っ直ぐ登ってくる箱舟も恐ろしいものだ。
今はまだ下の方にいるが乙姫の所までたどり着くのにそう時間はかからないだろう。周囲の兵達が一斉に発砲してるがあんな武器では傷一つ付けられないのは撃っている兵達も分かっているだろう。ただ、このまま指をくわえて眺めているわけにもいくまい。耳をつんざく発砲音の中、ガシャンガシャンと盛大な音を立ててクモのようによじ登ってくる箱舟は、人に等しく訪れる死のように確実にこちらに近付いてきていた。地響きがして天井のシャンデリアが揺れ、細かい埃が落ちてくる。乙姫の危機に大臣のオスカーを先頭にして兵達も部屋にどかどかとなだれ込んできた。皆一斉に窓から下を見下ろす。箱舟は攻撃を受けているが歩みを遅くする気配がない。振り返ってノアが叫んだ。
「乙姫様、ここにいては危険です。どこかもっと安全な場所へ!」
兵達も乙姫を安全なところに移そうとしたが、乙姫はそれを手で制した。
「あの箱舟の暴走の原因が私で、それによって国が混乱をしているのなら、事態の責任は私にあります。私が愚かだったと認めざるを得ません。私はもっと自らの立場を理解し、多くの人の意見に耳を傾けるべきでした」
そう言ってノア王子の方を見る。
「私はノア王子の事は何一つ覚えていません。これはきっと罰なのでしょう」
周囲の者たちの表情に悲壮感が浮かび上がる。
「ノア王子」
ノアが窓に手をかけたまま乙姫の方を見る。
「周りの者にあなたの事を聞いても、あまり詳しくは語りたがりません。きっと私とあなたは、ただの友人関係ではなかったのでしょう」
ノアはただ黙って乙姫を見ていた。大臣のオスカーが乙姫を避難させようと近付く。
「ねえ、オスカー。私のことが心配なんでしょ?」
「はい、もちろんです」
乙姫が微笑む。
「ありがとう。でもね、私もみんなのことが心配なの。だからわかって。私はここから逃げちゃダメなのよ」
「しかし…」
そうオスカーが言った瞬間、箱舟がひときわ激しく動き、乙姫達のいる塔が大きく揺れた。大きな音を立てて何カ所かガラスが砕け、オスカーですら立っていられないほどであった。オスカーが乙姫を安全な壁際に寄せた後、よろめきながらも必死で窓際にたどり着いて下を見下ろすと、箱舟が窓から数メートル下あたりで妙な動きをしていた。暴れているのだ。よく見るとドアが半開きになっている。
箱舟の中でライアンは箱舟のコアを握り、それを引き抜こうとしていた。箱舟のロボットアームが伸びてライアンを押さえつける。
「ぐう・・・」
と、ライアンがうめき声をあげる。ライリーが壁から突き出ていたパイプをもぎ取り、ライアンンを押さえているアームを思い切り殴り、大暴れしながら室内の計器類を片っ端から破壊していく。
「王様を放せ!馬鹿野郎!」
計器類を無茶苦茶に殴りつけるパイプの先から小さい火花が上がる。箱舟は城の壁を上がるどころではなくなり、壁につかまったままゆらゆらと左右に揺れている。暴れながらライリーが叫ぶ。
「ライアン様!早く!」
それに応じてライアンも叫ぶ。
「やっとるわい!このコアがしっかりソケットに刺さってて抜けんのだ!」
箱舟が叫ぶ。
「それは、抜かないでください!」
二人は初めて箱舟の声を聞いた。
ライアンは箱舟の言葉を無視し、顔を真っ赤にして両手で引き抜こうとする。ライリーは振り落とされそうになりながら叫ぶ。
「王様!もうそのデータは諦めましょう!とにかくこいつを沈めましょう!」
そう言いながら暴れるライリーをアームが伸びて追い回す。
「ダメだ!これはただのデータではない!絶対に抜く!」
そうして今や全開となったドアから遥か上にいるグランデレを見上げて、にっこりと笑う。
「このコアの中には私の友だちの奥方がいるんでね…。箱舟が沈めば彼女も死ぬ。僕たちはみんなまだ彼女にお別れも言ってないんですよ!」
そう言ってひときわ力を込める。顔からは湯気さえ立ち上る勢いだ。
「うおーーーーー!」
ライアンは全身の力を籠める。
「ここでやめたらぁぁっ…男がすたるんですよーっ!」
そう言ってまた引っ張る。グオーッという箱舟の叫び声が響く。箱舟は城壁につかまったまま本体を横向きにして体を揺すり、開いたドアからライアン達を振り落とそうとしている。
その様子を上から身を乗り出して見ていた城の面々はあっけにとられた。
「ライアン様!何してるんですか!危ないです!」
皆口々に叫んだ時には、既にグランデレは窓のふちに足をかけて飛び降りようとしていた。
「お父様!」
「ライアンはソフィアを抜き取ろうとしている!あれは、私の役目だ!」
そう言うとグランデレは窓から飛び降りた。その場にいたものは突然の事に声も出なかったが、グランデレは箱舟のドアのすぐそばの壁面に飛びついた。
「ライアン!」
「おお!グランデレ!こいつが頑固で抜けないのです!」
グランデレは箱舟の内部に滑り込むとライアンの横についた。
「これか?」
「そうです、ソフィア様です」
グランデレは思いっ切りコアを引っ張った。ライアンも手を貸すが抜けない。
「か、かたい…」
そこに大きな衝撃音がして、今度は上からノア王子が落ちてきた。
「手を貸します!」
その頃箱舟の下では誰かが落ちてきてもいいように、大きな布をサーカスの落下防止ネットのように広げて待ち構えていた。誰も落ちないに越したことはないが、普通は落ちる状況であった。下にいる者たちから箱舟の様子ははっきりとは見えない。しかし、戦っているのは分かった。
「頑張れ!」
誰かがそう叫ぶと、あっという間に大声援となって皆わーわーと大声を張り上げながら箱舟とグランデレ達を見上げていた。
その頃装甲列車はこの様子を見ながら、なお標的をどこにするか迷っていた。
「あの穴は恐らくライアン王があけたものだろうな。だとすればなぜライアン王はあの穴をあけたのだ?」
「ここは弱いからここじゃないって知らせるためですかね」
「じゃあどこなんだよ…あそこじゃなきゃ他にどこなんだよ…」
ジャックは既に箱舟に照準を合わせている。目標は予定通り一つだけ形の違う、割れている目だ。
「いつでもいけます」
「まだ撃つなよ」
ハリーはじっとメモを見る。箱舟にばれないようにこのメモを渡したんだよな…。
その時箱舟の下で、わあっと歓声が上がった。
グランデレがコアを抜いて中から出てきたのだ。
その時、箱舟の動きが止まって、八つの目が黄色に点滅した。
ジャックが叫ぶ。
「撃ちます!」
しかしそれをハリーが制する。
「待て!」
その時ハリーには光の加減で、ライアンからのメモに爪で書いた引っかき傷が見えた。いや、傷ではない、文字だ。
『 L 』
ハリーが叫ぶ。
「左だ!形が違うやつの左の眼を撃て!」
「了解!」
ジャックは一つ左の眼を撃ち抜いた。当たっているが、まだひびが僅かに入っただけだ。
急速に充電する音が室内に鳴り響く。2発目まで20秒かかる。
ハリーは確信する。間違いない、あそこが急所だ。箱舟はじっとしている。永遠とも思える20秒の後、ジャックが再び打ち込むと、箱舟はがくんと脱力した。
「やったか?」
目が再び光ることはなかった。
しかし、暫くして箱舟は再び王城の壁を登り始めた。
「あれじゃなかったのか?」
ジャックがスコープから目をはなしてハリーに叫ぶ。
「あと3発です!あそこであってるんですか!?」
「あそこだ。もう撃つな。弾を温存しておけ」
箱舟は今度は今までと違ってゆっくりと、城壁を登り始めた。




