九、乙姫②
私達は100メートルほど歩かされて、茂みに隠してあった幌付きのトラックの荷台に乗せられた。おそらくはこのトラックで男たちはここまで来たのだろうが、死者やけが人を見捨ててきたので乗る人数が減り、私達が乗るには十分な広さだった。兵の一人が農夫の格好になって運転席に乗り込み、他の兵たちは皆荷台に乗り込んだ。
トラックの荷台に乗せられると、その奥のワイヤーに一列につながれた。更に口は布で塞がれ、目隠しをされ、最後に大きな麻袋を頭からすっぽり被らされてしまった。遠目に見れば何か荷物を運んでいるトラックにしか見えないだろう。
荷台の上で袋をかぶせられながらマックスの事を考えていた。
(マックス少佐と言っていたな。確かに見た顔なのだけれど…西の軍人の知り合いなどいない)
暫く考えたが、マックス少佐について思い出すことは諦めて、自分の身の安全について考えていた。私達をあの教会で拉致したという事は、私が教会に来ている事を王国側が知らないという事実をマックス達はつかんでいる。『どうせしばらく出られない』と言っていたという事はその場所はすぐには見つからない、マックス達にとって安全な場所という事だろう。ただ、箱舟にやけに詳しい口ぶりだったが、箱舟の攻撃を受けるという事は予測できていなかった。という事はマックス達も箱舟を完全に理解しているわけでは無い。
なぜ撃ってきたのだろうか?これは大きな疑問だった。箱舟はいわば防衛システムのはずだ。外から国内に侵入者があった場合にそれをせん滅するのが役割だ。つまりは、王国内の有事に備えている。それが、領地の外に向かって砲撃した。しかも、
(私がいるところに向かってだ…)
『箱舟は乙姫と繋がっている』と言っていた。ならば護衛のようなものではないのか?
随分と手荒な護衛だなと思った。危うくこっちが死にかけた。そう思いながら、軽く身をよじった。すると、案外と縛っている縄がゆるい事に気が付いた。おそらく姫という事であまり強く縛ることにためらいがあったのだろう。
上手く動けば、逃げることが出来そうだと思ったが、縄を抜けたところで武器もない自分が太刀打ち出来るわけもない。そう考えたところで、ふと思った。
(ノア王子の護衛が持っていた銃はどうなった?取られていなければ、こちらにも武器はあるのか…)
ただ、あまり焦っても良くないように感じて、私はとりあえず縛られたままじっとしておくことにした。幸い上半身が麻袋に押し込められている。私はそっと右手だけを縄から抜き取り、目隠しをずらした。麻袋の荒い網目から外の様子が見える。海岸線を走っている。倉庫群だ。
トラックは西に向かって走っていった。王国と西の国との国境からどんどん遠のいて箱舟の監視できる範囲から離れていった。
同じ頃、一発だけ発射した箱舟はその後砲身を西に向けたまま移動を開始した。西との国境まで来ると再び八つの目がチカチカ点滅を始める。やがて一点に定まると、カタカタと砲台を回転させ、西の国の南の海岸線の辺りに向かって照準を定め、そこで止まった。
箱舟は列車のように長い形をした兵器で、その中に丁度収まるように巨大な砲身が入っている。今のように箱舟本体が南北の向きに停車した状態で砲身だけが西を向いていると、その砲身の長さがよりはっきり分かる。
結局箱舟は国境で止まって、西の国に砲口を向けたままピクリとも動かなくなった。日頃はゆっくりなりとも移動していた箱舟が止まった。それはつまり、
“何か目的があって止まっている”という事だ。
やがてトラックは海岸沿いの倉庫の前で止まった。体育館位の大きさの比較的立派な倉庫だが、少し古い。もう何年も使われていない様子だった。私は慌てて目隠しを元に戻し、右腕を縄の中にねじ込んだ。
「降りてください。皆さんにはこの倉庫でしばらく過ごしていただきます」
私達はここで頭からかぶっていた麻袋と目隠し、口を覆っていた布を外された。ここで叫んでも誰にも聞こえない、そういう場所だという事だ。そして、そのまま倉庫の中に連れていかれた。
銃を構えた兵たちに囲まれながら、私達はゆっくりと倉庫の中を見渡す。
予想に反して中には様々な設備があった。普通のビルにして4階建て位の高さの建物だが、1,2階にあたる部分は広いホールのような作りになっていて、壁際には機関銃や小型のロケット砲、数台の戦闘車両が置かれている。また、射撃の訓練などの設備も見える。上を見上げるとすぐそこに天井がある。おそらく3,4階にあたるところに部屋があるのだろう。
マックス少佐が部下に指示する。
「上にお連れしろ」
横を見ると壁際に階段があり、私達は全員その階段から上の階に連れていかれた。
上に上がると、中央にまっすぐ廊下があり、その左右に部屋が振り分けられている。そのどこかに行くのかと思ったが、私達はさらに上の階に連れていかれた。
階段を上がったところに女性兵士が立っていた。さっと敬礼すると私だけを一番奥の部屋に連れて行った。
「乙姫様をどうする気だ!」と、ノア王子が女性兵士に叫んだ。
彼女はノア王子の方に振り返ると、
「どうもしません。ただこちらで休んでいただくだけです」
とだけ言って私を連れて行った。
廊下の突き当りの部屋に私を入れると、女性兵士も部屋に入ってドアを閉めた。
牢屋のような所を想像していたが、机やベッドもある普通の部屋で、奥にはシャワールームまである。
女性兵士は私を椅子に座らせると、そこで縄をほどいた。
「このような手荒な真似をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
そう言うと深くお辞儀をした。目の前で改めて見ると思ったより若い。自分より2,3歳上だろうかと感じた。
「私はライリーと申します。ここで乙姫様の監視とお世話をさせていただきます」
私はライリーと名乗る女性をまじまじと眺めた。軍服を着ているが、あまり軍人という感じがしない。着こなせていないのだ。
(軍人ではないのか?)
とりあえず、男ばかりの監視の中で牢屋にでも入れられるのだろうと考えていた私は内心ほっとした。少しはまともな時間が過ごせそうだった。
「これから私達をどうするつもりなの?」
「それはマックス少佐に聞いてみないとわかりません。私達も、彼から計画の全てを聞かされているわけでは無いので」
「でも、作戦の目的位は聞いているんでしょ?最終的にはどうしたいの?王国と戦争して勝ちたいの?」
「戦争をするつもりはないと思います」
「じゃあなんのために箱舟を手に入れたいなんて言っているの?」
「それは…外交の為としかお答えできませんが、でも、あれで人を殺そうとは思っていません」
それだけ言うと、ライリーは黙り込んでしまった。
ふと壁を見ると、明かり取りの為の小さな窓が上のほうに付いていて、その窓から空が見える。
今のこの状況を一刻も早く王国に知らせなければならないが、どうやって知らせればいいのか、日のかげってきた空を見ながら考えていた。