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六、乙姫②

ヒシが追い付く前に、私達は裏口の通用門から城の外に出ていた。船着き場の端に小さな小舟が見える。一応エンジンはついているが、湖に浮かんでいる貸しボート位の大きさだ。


男が、

「あれで行きます」


と言う。

こんなものがここから向こう岸まで無事に進むのかと心配になったが好き嫌いは言っていられない。

ドレスでなくてよかったなと思いながら舟に乗り込むと、舟はゆっくりと岸を離れた。いつも乗る船とは違う小舟で岸を目指すが今日に限って波が荒く、何度か危うくひっくり返りそうになる。


「大丈夫ですか?もうしばらくご辛抱ください」


同行者の言葉に目で答えながら船の縁にしがみつく。


後ろで城の通用門がガタンと閉まる音がする。きちんと閉まっているか確認していなかった。後ろを振り返る余裕がないが、風で閉まってくれたのだろう。全くこんな時にと海を呪った。


段々と向こう岸が見えてくる中でこの後の段取りを考えていた。西のノア王子との話し合いの目的は、箱舟無力化を前提にした和平交渉だ。今の彼は、私の思い出の中にある子供の頃のノアではない。隣国の王子であり、当然だがこちらとは利害を共にする関係性ははない。向こうの利益がこちらの損失になることもある。もちろんの事だが、どう行動すればこちらに損害が出るのかをわかりやすく話してくれるほど、向こうも愚かではないだろう。そこは油断してはならない。


(あの砲撃があった以上、もはや友ではないのだ)


「姫様、少し頭を低くしてください」


そう言われて我にかえると、もうそこまで岸が迫っている。行き交う人の顔も見えるほどだ。この状況を人に見られるのはあまり好ましい事ではない。不自然ではない程度に身を低くして顔を隠すようにした。桟橋ではなく浜の方に舟をつけると、待っていた者に舟を託してすぐ横の森に小走りで駆け込む。森に入ってしまえば目立つこともない。


「車は?」


「あちらです。しばらく歩きます」


しばらく無言で歩いていたが、先頭の男がこちらを振り向いた。


「姫様、やはり今回の事はせめて竜宮城の中には知らせておいた方がいいように思うのですが」


返事をせずに前を向いて歩いていたが、彼が続けた。


「つけられているかもしれません」


はっとして周りを見たが、それらしい人影はない。


「あまり周りを見ないで前を向いて下さい。気が付かないふりをしてください。作戦を中止しますか?」


「いえ、行きましょう」


彼の指差す方を見ると、ごく一般的な黒いセダンがとまっている。周囲を見渡してから乗り込んで、車を発進させると少し心も落ち着いた。密閉された空間というのはこういう時には便利なものだと思う。


「どう?まだついてくるかしら?」


「わかりませんね。でも、ここから郊外に出ると車や人の数もぐっと減ります。尾行されればすぐにわかります。向こうもそんなへまはしないでしょう。しかし、それでも追ってくるとすれば、向こうもそれなりの覚悟でしょうね。あらかた西なのでしょうけれど、彼らも一枚岩ではないですから色々な奴がいます。話の分からない革命家崩れが出てくると厄介です。相手の正体がはっきりしないのは気持ち悪いですね。西の人間というのも100%ではないですし」


つけられている。そんな話が、どこか自分とは関係のない遠い世界のおとぎ話のような気がして、窓から空を見ながら聞いていた。こんな風に、車の中で身をかがめて、まるで逃亡犯のように身の危険が迫って、体を固くして息を殺しているというのに。


車は郊外の田園風景を抜けてぐんぐんと森の中へと走っていく。私達を乗せた車はやがて途中から脇道へと入っていった。車内は周囲の異変に耳をとがらせていて静かだ。この場所へは以前も来たが、明るい時間に来るのはこれが初めてだった。小川の横を抜け、小さなかわいらしい花の咲く森を抜ける。のどかでいい所だ。こんなところに、戦争のことなど考えずにサンドイッチでもぶら下げて国民が来られるようになる日が、いつか訪れるといいなと思う。出来れば、私の生きているうちに。


もはや道もないようなところで車を降りて、森の中を歩いて国境を超える。西との国境も全てにおいてバリケードがあるわけでは無い。このように何の目印もないような所もあるのだ。

時間通りに約束の場所につくと、西のノア王子はすでに着いていた。工事のレンガや木材が積み上げられた横で、教会の牧師と話をしている。

ノア王子は小走りで駆け寄る乙姫たちに気が付くと軽く手を挙げて会釈した。彼の中ではまだ私は友人なのかもしれない。そう思いながら王子の前に立つ。牧師が一歩下がって会釈する。 私は王子に声をかける。


「お待たせしました、ノア王子」


「我々も今来たばかりです。さあ、中へどうぞ」


王子も何人か引き連れていたが、そのうちの一人の横をすり抜けて教会の中に入る時、腰に銃を携帯しているのが見えた。しまったと思ったが今更もう遅い。


(甘いな、私は。友人だと思っていたのは私の方だったか)


人目を避けるためとりあえず中に入ると、ノア王子ではなく牧師の方から話を切り出した。


「遠路ご苦労様です。先日の箱舟の砲撃は誠に残念です。こちらの軍は若者を中心に多くの死傷者を出しました」


「そちらが国境を越えてきたのよ。撃たれて当然でしょ。お茶でも出されると思ったの?」


牧師を睨みつけると牧師は曖昧に苦い顔をした。


(これだから牧師は嫌いだわ。自らの行いを顧みようともしない)


ここで王子がやっと口を開く。


「あの時は申し訳ありませんでした。先日お話しした通り、あれは軍の一部の勝手な行動で、我が国の総意による行動ではないのです。そこは何卒ご理解ください。

ところで、こちらで箱舟無力化の計画を持ってきました。あとで地図で説明します。ですが、下手をすれば乙姫様は反逆罪ですよ。そちらの部下の方もその辺は分かっているはずです。少々その…、急ぎ過ぎではないでしょうか?」


王子の言う事は正論だ。本来は国内で話し合いの上で処理すべき案件だ。外国の、それも抗争中の国の力を借りるなど、王が知ったらどう思うか。

その場がしんと静まり返って、教会の中が外と違ってひんやりと寒い事に気が付く。


王子の言葉が静かに響く。


「和平は一方の都合だけで進めてもうまくいきません。お互いのタイミングを合わせないと。うちの軍の若い者は今落ち着きがありません。箱舟が無力化すれば、今回のように勝手に動くものがまた出てきます。そうなれば、間違いなく戦争です。箱舟の無力化と周辺国の武装解除を同時にするのが必須です。箱舟が活発になったからこそ、時間をかけたほうがいいのではないですか?」


「時間ならこれまでも十分かけてきたわ。これから先、更に時間をかけても特に状況に変化はないでしょうね。父は箱舟存続の考えだし、家臣もそれに続いている。もう何年もこのままよ」


「我々の情報は違いますよ、乙姫様。グランデレ王は箱舟を封印なさるお考えだ」


意外な話に驚きながら反論する。


「私には一言もそんなことは言っていなかったわ」


「よく話さないからではないですか?」


「話なら何度もしてきたわよ。でも私ばかりが話して、お父様はいつも黙ってばかりだったわ」


王子が乙姫をじっと見据える。


「乙姫様の話すとはどういうことですか?よく話すとは、時間をかける事だけではありません。議論を掘り下げる作業です。お互いの論点の分岐点を協力して探し、分岐点での理解に理論的なミスはないか、思考の背景の違いは何か、そういったことを相手を敬いながら探ることです。ただ相手を打ち負かそうというのは話し合いとは言わないのではないですか?」


乙姫はこれまでの父との話し合いの場面を思い出す。


(相手を敬ってはいないか…)


「あの箱舟は…」


そこで言い淀む。ここから先は機密事項だ。


「謎の多い兵器なのです」


「謎、というと?」


「以前お話しした通り、どういう構造でどのように動いているのか、実は我々は何もわかっていないのです。自分の意志で動き、敵を補足し、攻撃する。砲弾は自ら補充し、故障や傷は自ら補修する。しかも、あの圧倒的な火力です。そして、あれは兵器であり、技術です。今もわが国ではあの箱舟の技術の解明をしようと躍起になっている。つまり…」


ノア王子たちは皆黙って乙姫の話に耳を傾ける。


「いったん技術が解明されれば、その技術がいずれ外に漏れていくでしょうね。そうなるとこの大陸の各国が箱舟を持つことになる。今はいいわ。制御できないのだから。でも、もしも自由に操れる技術を手にした国が現れたら。そしてその国の指導者が正しい人ではなかったら…この一帯の人類は終わりかねないわ」


私はぎゅっと手を握りしめる。


「わかって。箱舟の全てがわかる前にあれを葬りたいの」


そのまま私が黙り込むと、そこにいた全員が考え込んでしまった。


「そうですか…。ですが姫様、戦争に大きいも小さいもない。

箱舟を今のままにしておけば、ちょっとした武力衝突がおこる。しかし、箱舟を今無力化すれば、結局それ以上の大きな戦争がここで始まるかもしれません。戦争は、国にとっては大小は大きな問題ですが、国民にはそんなことはどうでもいい。自分や自分の大切な誰かが死ぬか死なないか、それだけなんですから。国家間の問題解決のためには戦争で市民が犠牲になっても仕方ないという考え方はおかしい。それは分かっていただけますよね」


「もちろん」


「その時はどうなさるおつもりですか?」


「その時って?」


「箱舟の無力化、王国と西と周辺国の武装解除が同時に行えなかった時の事です」


「その為の話し合いに来たの」


「…わかりました」


ノアはそれだけ言うと部下に目配せをする。一人がテーブルに地図を広げる。箱舟の軌道が書かれた王国と西の国境近辺の地図だ。王子が咳払いを一つしてから説明を始める。


「これまでの歴史の中で箱舟本体への攻撃は何度も行われてきましたが、そのすべてが失敗に終わっています。あれは従来の攻撃では破壊できません。ですから本体の攻撃は無意味です。そこで…」


ノアが地図の一点を指す。


「ここに仕掛けを作ります。箱舟の軌道上です。今の箱舟は遅い時でも二日で王国を一周します。箱舟が海辺を過ぎたところでしばらく国境近くの崖を通ります。我々は崖の軌道に細工を加えます。箱舟は軌道上しか動けませんから、もしも軌道が崖の外に曲がっていけば箱舟もそのまま崖の外に向かい、そして崖の下に落ちます」


「軌道なら曲がらないわよ。昔そちらの兵士が軌道に爆弾を山積みにしたけどびくともしなかった」


「知っています。ですから今ある軌道の上に我々の作った別の軌道を乗せて、その上に坂を乗り上げるような形を取ります。そしてそのまま崖の外に誘導して落とします」


(なるほど、それなら確かに行けるかも知れない。しかし、そう簡単にうまく行くだろうか。相手はあの箱舟だ。こちらの細工に気が付かないとは限らない)


私はノア王子の指差す地点をじっと見つめていた。

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