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六、乙姫①

廊下が何やら騒がしくなっていたが、私は一人寝室に戻った。昼間から寝室に戻ることはまずなく、メイドたちが掃除をしている最中だった。ぱたぱたとベッドメイクをしているメイドに後ろから声をかける。


「ここはもういいわ。少しやりたいことがあるから、みんな外してくれる?」


城内とはいえ私が一人で行動することはあまりないので、メイドが尋ねた。


「姫様、お一人ですか?すぐに侍従を呼びます」


「いいのよ。少し一人でゆっくりしたいの。何かあれば声をかけるわ。それまで誰も部屋に入れないで」


私はそう言うとメイド達を部屋から追い出し、ベッドに浅く腰かけた。ベッドサイドの引き出しを開けて、電話を取り出すと軽く握った。鼓動が早くなっているのがわかる。これは、この国の未来を左右するとても大切な電話なのだ。ルークはああ言うがこの機会を逃すと、次はいつになるかわからない。箱舟が国内にいる人間にも脅威になるという認識が生まれた今を逃すわけにはいかない。


確かに西の国に行くのは危険が伴う。しかし、大事を成し遂げようとする時に身の安全など構っていてはうまくいくものも失敗してしまう。危険は承知だ。それに私にとって今回の出来事は大きなチャンスでもあった。


(箱舟以外の方法で和平を進める。その為に箱舟を停止させる)


これは随分前から考えていたことであった。この事は父はもちろん大臣級の人々、自らの側近やメイドにも話したが、返ってきた答えは皆同じであった。


『今のままでいいではありませんか』という、解決を後回しにする対応だ。


もちろん私だってわざわざ大騒ぎをして事を荒立てたくはない。しかし、私は思うのだ。戦争において、攻められる側には全く責任はないのだろうか。今回のような侵略戦争で、例え向こうが仕掛けてきた場合であったとしても、攻め込まれたらこちらが反撃をするのは当然だし、撃ち合いが始まれば双方に死者が出る。戦争なんて元を正せば、攻められる側はその国力の弱さが強者を引き寄せて戦争となっている。双方が強国であればそう簡単には戦争は起きない。西は自分たちにほぼ被害が出ないと踏んだから攻めてきたのだ。西は箱舟はもう起動しないと考えていた。しかし実際には箱舟は健在であった。


今回被害を受けた西はあれ以降攻め込む気配がない。おそらく、あそこにいた兵は全滅したのだろう。このままこの件が収まれば、だから箱舟は必要なのだという理屈になりそうだが、そもそも我々は完全に箱舟を制御できていない。原理も構造もよくわかっていない。あれは、


“勝手に動く”のだ。


そんなものを国防の要にしていいのだろうか。そしてそもそも、あの火力のエネルギー源が何であるかすら、(少なくとも)私は教えられていない。お父様はあれが勝手に周辺国を攻撃し始めたら、どのようにするつもりでいるのだろうか。こちらが撃てば撃ち返してくる。周辺国が同盟軍を組んで反撃してくれば、さしもの箱舟もいつまで持つかわからない。いくら何でも無限に弾があるわけでは無かろう。箱舟はこの国の平和を維持する兵器ではなく、周辺国を脅かす兵器なのだ。これは似ているようでまるで違う。こんなものを持っている国と、腹を割って話し合い、協力して発展していこうと考える国がどこにあるだろうか。


あるはずがない。となれば、結局この国は孤立し、衰退する。技術は発展せず、経済が弱まり、人口も減る。

そうなればこの国は終わりだ。

そもそも、あの箱舟は一体、


(何を撃っているのだ?)

我々はそれすら分かっていない。


そこまで考えたところで、私は手元にある電話を見つめる。

どれほどの時間そうしていただろうか。何かを思いめぐらせるわけでなく、ただ真っ白な頭で電話を見つめていた。

そして、軽くため息をつくと意を決して電話をかけた。


一、二度のコールで相手はすぐに出た。


「…はい」


「乙姫です」


「お電話、お待ちしていました」


電話の相手は西のノア王子だ。乙姫の声も緊張している。言葉もよそよそしくなる。


「今からそちらにうかがいます。お分かりの事と思いますが、非公式の訪問ですから出迎えは無用です。私は非武装の部下二名と車でまいります」


「承知しました。では、打ち合わせ通り、国境を越えてすぐの教会でお待ちしています。この三日間、内装工事という名目で信者の出入りを禁じています。実際に工事の人間を出入りさせているので、今のところ村人も怪しんでいない様子です。乙姫様がお着きになる前に工事の人間は引き払わせます」


「ありがとう、ノア王子。では二時間後に」


そう言うと私は相手の返事を待たずに電話を切った。こういう電話は短いほど安全だ。

とりあえず着替えなければならない。向こうでは何が起こるかわからない。ドレスでは走ることなど到底無理だし、何より目立つ。私はひときわ明るくふるまって侍女を呼び戻した。


「これから着替えて少し市内を見て回りたいわ。気分転換がしたいの。あまり面倒なことになりたくないので、軽装で出るから準備してちょうだい」


「かしこまりました。王都の方にはこちらからご連絡差し上げておきます」


「いや、それには及ばないわ。ちょっとふらりと見てくるだけだから」


侍女はいぶかしげな顔をしたが、承知いたしましたとだけ答えた。

着替えていると別の階からか、どたばたと大騒ぎするのが聞こえる。


「何の騒ぎ?」


「はい、例の砲撃の被害を受けた渡り鳥がもう一羽運び込まれたそうです。その治療で何かあったのかもしれません」


「あれからずいぶん時間もたつわよ。無事なの?」


「どうやら命に別状はないようです。意識もあるとのことです」


助かりそうだという話は私をほっとさせた。

ここのところ様々なことが起こって、皆落ち着かない。こういう話は人の心に温かい落ち着きを取り戻す。明日にでもその鳥と話をしてみるかと思った。


着替えを済ませると侍従を二人呼んだ。今日のために密かに城から呼び寄せておいた者だ。日頃は外出の際の従者という名目でそばに置いている。今後の行動の中で何か危険な目にあった時には守ってもらわなければならない。彼らは文人ではない。軍人だ。だが、城にいる時にはニコニコして城の者と話をしており、彼らがまさか軍人だとは誰も気が付いていない。


「姫様、銃はどうしましょうか?」


「やめておきましょう。向こうも一国の王子よ。私はともかく、あなたたちはボディーチェックを受けるわよ」


「そうですね…。では丸腰でお供します」


そう言うと二人は敬礼をした。


「その敬礼を向こうでしないでね。軍人だとばれると面倒だわ」


はっとした顔と苦笑いで二人は手を下ろす。


「失礼いたしました」


「二時間後に前回と同じ国境を越えたところの教会で会う予定よ。とりあえずここから海を渡って車に乗るわ。すぐに出発したいけれど準備は大丈夫?」


「大丈夫です。では、向こう岸の車庫の者に連絡します。今はまだ日も高いので人目につきます。村はずれの森に車を移すので、船を降りたらそこまでは歩きになります。少し時間がかかるので、すぐ出発しましょう」


男達は先に部屋を出ていった。私が部屋を出る間際、ふと振り返るとテーブルの下に座ってこちらを見ている猫と目が合った。


「姫様、行くの?」


「うん、すぐに戻るわ」


「ホントに?」


それには答えずに宝石箱からネックレスを取り出す。


「これって内緒なんだよね」


私は首の後ろでネックレスの金具をとめながらふっと笑う。


「そうね」


「みんなに姫様の行き先を聞かれたら、私は何て言えばいいの?」


「そうね…デートに行ったとでも言っておいて」


「デートしたことないじゃない」


「うるさいわね」


そう言って少し笑うと、小さな声で最後に一言呟いて、部屋を後にした。


とても小さな声であったが、耳のいい猫のベルには、乙姫の言葉がはっきりと聞こえた。


3人が急いで出口に向かう途中で、ルーク達とばったり出くわした。包帯やら抱えているが、目を引いたのは隣にいたミゲルだった。まだ寝ていなければならない彼がこんなところをうろついていいわけがない。私はミゲルに声をかける。


「寝ていなくていいの?」


横からルークが答える。


「大丈夫です。それより姫様。ミゲルの仲間が担ぎ込まれました。意識はあるらしいので様子を見に行くのです。姫様もお会いになりますか?」


「今はいいわ。ルーク、あとはよろしくね」


それだけ言うと上の階の出口に向かう階段を急いで上がっていく。今はのんびり立ち話をしている時ではないという感じだ。


この態度にルークは首をかしげた。普段の姫様なら一緒に病室に飛んでいくはずだ。声をかけないとむしろ叱られる。その為にわざわざ遠回りをして姫様の部屋の近くの廊下を通ったのに。それが、今はそれどころではない、という態度だった。まさかとは思うが今から西の王子に会いに行くのかといぶかしんだ。引き返してどこに行くのか訊きたかったが、今は怪我人が優先だ。とりあえず急いで病室に向かった。ここまで走ってきたが、病室の前は静かだ。意識はあると言ってもまだ何も検査をしていない。目の前で熱など測ってもらっている様子を見ながら、ルークの中には何とも言えないざわざわする違和感があった。

これは一体何だろうなと思っているところで、ヒシがルークを見つけて声をかけてくる。


「あ、先生。新しい患者さんの診察、よろしくお願いします」


そう言って熱や血圧など書き込まれたカルテが渡される。周りにいる者も静かに見守っている。

仲間のミゲルが声をかける。


「どこか痛むところはあるかい?」


「羽が、特に右が痛いです。あとは背中が痛いな…」


「ルークさん、右の羽が痛いそうです」


それを聞いてルークがそっと右の羽に触れる。関節の辺りをなでた瞬間、顔をゆがめる。


「そこ痛いです」


「…もうちょっと見ないとわからないが、この腫れ方は折れているな。検査室に運ぼう」


そう言って顔を上げたときに、乙姫の侍女と目が合った。とても気の毒そうに患者を見つめている。

乙姫様が上に上がっていったのに侍女がここにいる。


(どこかにお出かけになったのか?しかし…上の正門が開いた音がしない。なぜだ?)


胸騒ぎがして、ルークはヒシの耳元に小声で囁く。


「ヒシ、頼みがある。上に行って姫様が裏門から出て行ったか確認してきてくれ。もしも海に出たようなら、追えるところまで追ってくれないかな。ただし、姫様に見られないようにね。ここは私が見ているから大丈夫だよ」


え?という顔をするヒシに、早く行けとルークが目で追い立てる。


なんだかわからないまま、言われた通りにヒシが急いで上の階に上がっていく。

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