一章 煌朧の櫂
新宿の裏路地での一件から数週間が過ぎた。
蒼真は、あの黒頭巾の男が現れて以降、師弟関係を結ぶことになった。
「おまえの名は瀬川蒼真」
男はある日突然、蒼真の自宅を訪ねてきて言った。
「俺の名を知っていたのか」
「ああ。そして、おまえの持つ力も察している」
「この力、呪いとしか...」
「いや、それは力なる物の一部を垣間見たにすぎん」
その男、源内龍一と名乗る陰陽師は、蒼真の念能力を"マナの目覚め"と表現した。
生まれつき備わる"マナ"が覚醒したことで、様々な異能を発現できるようになるというのだ。
「お仲間もいれば、指導者となれるかもしれん。その可能性は十分あると見た」
「仲間?指導者?」
「ああ、つまりな...」
龍一は、蒼真を連れて都内の裏路地にある一軒家へと案内した。
そこは、特殊な能力を持つ者たちの集まる場所だったのである。
一軒家に足を踏み入れた途端、蒼真は異空間に迷い込んだかのような非現実的な光景に気付いた。
広間には幾つもの梵字や陣が描かれ、宙に浮かぶ経本の行く末を視線で追うだけで目が回りそうだった。
「ここは一体...」
「ようこそ、煌朧の櫂へ」
龍一に促されて広間の奥へと進むと、そこには30人ほどの独特な体形や風体の者たちの姿があった。
まずは龍一に挨拶をした男女数名、そして異形の者たちがいた。
一見してその異質さに気付けば、蒼真はこの集団こそが、龍一が語っていた"仲間"だと直感した。
「これより、我らの組織の概要を説明せねばならん」
龍一が淡々と説き起こす。
「我らは人外の能力、通称『異能』を保有する者の集まり。世に『煌朧の櫂』と呼ばれている」
すでに聞かされている通りの内容だが、蒼真はその実在を目の当たりにして改めてその非業の存在に違和感を覚えた。
「我らの目的は、異能を持つ同胞の地位向上と保護。そして、一般人の命を異能や外なる脅威から守ることにある」
「外なる脅威?」
「ああ。この世界とは別の異世界から、時に脅威が押し寄せてくるのだ」
龍一の言葉に、蒼真は唖然とした。予想を遥かに超えた、異世界の存在にである。
これが龍一の言う異能者としての使命なのだろうか。蒼真の中で疑問が渦を巻き始めた。
龍一の説明が進むにつれ、蒼真の目の前の集団の様子がより鮮明になってきた。
見れば、若い男女からは一見して普通の人間と変わりがない。しかし、深く眼を凝らすと、その人となりの内に篭る"何か"を感じ取ることができた。
一方で、体躯が普通の人間とは明らかに異なる者たちもいた。鱗に覆われた肌や蛇腹のような身体、緑の芽を生やす者すらいた。あるいは翼を生やしているように見えるものも。
「見る通り、異能の発現の在り方は様々なのだ」
龍一が蒼真の視線に気付き、そう説明を加えた。
「つまり、その能力の質や源泉、覚醒のされ方によって、容姿や形体に違いが出るということか」
「その通りだ。だからこそ、我らの存在は一般社会からは理解されがたい」
龍一はしばし溜息を付いた。その言葉の裏に、何かしらの重みがあることを蒼真は感じ取った。
「しかしそこには重大な使命がある。その使命とはかくかくしかじか......」
龍一の言葉は続き、蒼真の目の前に想像を絶する新たな世界が広がっていった。
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