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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちゅ、水溶性。

 マーフィーの法則ってあるよね。

 トーストを落としたとき、バターを塗った面が下を向いて落ちる確率ってカーペットの値段に比例するじゃん。


 だから。

 どこかのイベントで買ったおしゃれ口紅が水溶性だった。

 そのことに気づくのに最も適切な場面って、ファーストキスの瞬間じゃん。


 どうすんのこれ。


 っていうか、水溶性の口紅なんて絵の具じゃん。

 文房具屋で1色50円で売ってたじゃん。

 残りの1450円は何なんだ! おしゃれ代か! 納得した!


 色の名前が「シャイニングハニーローズグレイス・エターナルベーゼ」だったよね確か。

 名前代だねこれ! お金を積むと名前が長くなるシステム!


 どうすんのこれ。


 こんな状況からでも入れる保険があるんですか!?

 あるんです!!


 いや、あったから何なんだ。

 銀行口座に10万円振り込まれた! やったね! じゃあちょっとエルメスに行って口紅買ってくるね!


 そして、後には口の周りを絵の具でべたべたにしたヨウコが残されたのだ! 完!




 いや、テロじゃんそんなん。

 っていうか何保険なんだ。

『あなたの唇には100円の価値しかないので上限100円だよちゃりん』

 とかされたら立ち直れないが。


 どうすんのこれ。


「アカリの唇……すべすべしてて気持ちいいね」


 ヨウコはいつものはにかんだ笑顔。顔が真っ赤なのが私からも見える。

 さすがに顔にまでは飛び散ってないと思いたい。シャイニングハニーローズグレイス・エターナルベーゼ。


 っていうか多分、そのすべすべは絵の具が溶けてるだけだと思うんだ。

 冬はいつも、唇がかさかさになるし。なんかごめん。

 すべすべっていうかでろでろなんだ。


「あはは……息をいつすればいいんだか分からないね」

 って笑うヨウコ。

 まずい。これは極めてまずい。


 今キスをやめると、食事中のドラキュラみたいな口がお目見えしてしまう。

 もしくはゾンビか。

 どっちにしても討伐対象じゃん。


 絶対に口は見せぬ。

 そんな強い意志を持ってヨウコをぎゅっと抱き寄せる。

「離さないよ、絶対に」


 ヨウコの顔がさらに真っ赤に染まるのが見える。

 いや、だから絵の具は飛び散ってない。原価50円の絵の具はきっと。大丈夫。




「アカリに抱かれると、なんだか安心する」

 うん。いいよ。そのまま目を閉じてて。何ならそのまま寝てくれないかな。

 催眠術の練習しとけばよかったな。

 今からでも練習しようかな。

 5円玉を糸でぷらぷらする練習。


 でも唇が熱くなって、しっとりしてくるのやめてくれないかな!?

 絵の具が! 溶けるから!!


 ――いや。でも待て。

 違う。

 これは!! 唇じゃなくて舌の感触なのか!

 ヨウコが、私の唇を舐めているんだ。


 それはまるで電気に貫かれたような衝撃。

 そうか。これが。


 これが、この窮地から生還する唯一の方法なのか!!


 プランはこう。

 絵の具を舐めつくして飲みつくす。

 以上。


 そうと決まれば話は早い。

「ヨウコの唇も、舐めてみていい?」

「――うん」


 音を立てて唇を吸う。

 ちゅ、

 ちゅ、水溶性。そんな絵の具の味。

 ちゅ、喉の奥がチクンチクンする。きっと絵の具の味。


「なんだか、舌を絡めるキスって難しいね」

 ヨウコが真っ赤なままの顔で笑う。きっと絵の具は以下略。

「そうだね、もっと練習が必要だ」

 舌を絡めるのは難しい。だって私は自分の唇ばっかり舐めてるから。

 正直、段々と舌がつりそうになってくる。


「アカリのキス、なんだか甘いね」

「それがファーストキスの味だよ」

 うん、絵の具の味だよね。あのシャイニングハニーローズグレイス・エターナルベーゼ、確かはちみつの味って書いてあったっけ。

 きっとそのうち、ヨウコの喉もチクンチクンしてくることだろう。

 なんかごめん。


「でも確かに。本当にキスって甘いのかも」

 何故だかりんごの味がしてくる。

「ファーストキスの味、アカリもそうなのかな」

 ヨウコはなんだか嬉しそう。


 私が熱に、もしくは絵の具にうかされているのかもしれない。

 幻覚だとするならば、それはキスのせいなのか絵の具のせいなのか。


 私は夢中になって舐める。

 自分の唇を。


 胸がドクンドクン。きっと絵の具の何か。


 この戦いが終わったら、私、原価50円の絵の具を口紅だって転売して大儲けするんだ……。


 段々と、ヨウコと私の唇の味が同じになってきて……

 やったか…………?




 気が付くと、私は真っ白い場所にいた。見渡す限り真っ白くて、他は何も見えない。


「気づきましたか?」

 目の前に、突然女性が現れる。全身真っ白い服を着ていて、保護色になって何も見えない。


「あなたは死んだのです」

「話が唐突過ぎるな!?」


 私の魂の叫びを無視してその女性が言う。

「ですが、あなたはまだ死ぬべきではありませんでした。手違いのお詫びを――」

「何でもいいから私の口紅を普通のやつに戻して、あと口も拭って」

「分かりました。それでは」

 ガイダンス中のボタン操作を受け入れてくれるタイプのナビダイヤルだな。有難いな。


「あなたにチートスキルを差し上げます」

 いや、何となく想像してた展開だけど、弱スキルでも何でもいいから口を拭って。


「あなたのスキルは『地ならし』」

 なんかよく分からない光で私の顔が照らされる。

「発動すれば、口紅に潜む幾千万の粒子が唇と顔を全て平坦に」

「結局この絵の具を使い続けろってことだよね!??」


 その女性は笑う。「ここは『道路』」

 これ話が通じないタイプだ。近寄っちゃいけないやつだ。


「とても長い時間、工事を続けていて……塗って、塗って、塗って……その本当の姿を見た者はいない」

「誰かの化粧が濃いって話??」


 もうその話題、いいから!!




 って叫ぶと、何故か私はヨウコに膝枕されていた。

「良かった……アカリ、気づいたんだね!」


「……ヨウコ? 本当に?」

「本当に決まってるよ! 大丈夫?」


 目の前にいたのは、口の周りというか顔の下半分が絵の具ででろでろになった存在。

 いわば討伐対象。

 さすまたを買ってなかったのが悔やまれる。


「アカリ、突然倒れたんだよ」


 喉の奥がチクンチクン。きっと絵の具の味。

 胸がドクンドクン。きっと絵の具の何か。

 謎の毒物なんじゃないかこれ。


「アカリの視界の端で5円玉をぷらぷらさせる練習をしてただけなのに」

「お前がやったんか!!!!」


 何でもいいからまず絵の具に謝れ。


 でも。

 あれ?

 私は違和感をおぼえる。


 目の前には口の周りがでろでろになった討伐対象。


「念のために」私は、確かに自分の口紅を舐めて取りきったはず。「ヨウコの口紅の色、教えて」


「えーっと……コーラルスターライトドロップ・エスパスドリーム……」


「お前も塗ってたんか!!!!!!」


 そんなお金を積んで名前が長くなるタイプの口紅屋、他に知らない。


「塗ってる?? 私も、アカリも、なにも塗ってないよ??」

 なんというパワープレイ。

 っていうか、目が泳いでるし。


「多分、悪い夢でも見たのかな? 幻覚かな」

「っていうか5円玉を取り出すのやめて??」

「大丈夫だよ。さっきのは練習だから」

「本番になるとどんな効果に変わるのか教えてほしいな!?」


 私と思考が完全にかぶっているのもアレな感じだけど。

 段々とツッコミが渋滞してきたので無視する。

 

 シャイニングハニーローズグレイス・エターナルベーゼとコーラルスターライトドロップ・エスパスドリーム。

 混ざった色はよく分からないどどめ色みたいになってて。


「まぁいいか。それもきっと、私たちの色だよね」

 熱くとろけるくらいに溢れた口紅はシャイニングハニーローズグレイス・エターナルベーゼ・コーラルスターライトドロップ・エスパスドリーム。

 そう。こんな色、真似する人はいない。


 そんなふうに、なんとなく良い感じの回想を流せばきれいに終わると信じているよ。


「ちなみに」ヨウコが呟く。

「はい」

「さっき、口の周りをずっとぺろぺろしてたよね」

「はい」

「その後、アカリはしばらく寝てたよね」


 目の前には顎までを血塗られた討伐対象。

 私は倒れていて、シャイニングハニーローズグレイス・エターナルベーゼ・コーラルスターライトドロップ・エスパスドリームは重力に逆らって自由への進撃を開始した。


 こっそりとスマホのインカメラで自分の顔を見てみる。


「地ならしが発動してしまった!」


 夢の外にまで干渉するなんて、凄いチートスキルですね!!

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